シリーズ「鎮魂の戦史」

「ミッドウェー海戦」

牧島貞一著

ドットブック版 201KB/テキスト版 118KB

600円

日中戦争の時代から太平洋戦争の終結まで報道カメラマンとして多くの戦線を目撃してきた著者が、なんとしても正しい記録を残しておきたいという一念から書き上げた迫真のミッドウェー海戦記。淵田美津雄・奥宮正武氏の『ミッドウェー』が大局的な観点からの忠実な戦史であるとすれば、これは個の視点から見すえた「ナマの戦史」である。

牧島貞一(1905〜86)長野県生まれ。飯田中学卒業後、上京して洋画を学び、のち写真に転じ、木村伊兵衛に師事。ついで映画に転じ、同盟通信社、日本映画社に入り、盧溝橋、上海、南京などへの海軍航空隊の爆撃に従軍、太平洋戦争中は、ミッドウェー海戦、ソロモン海戦などに従軍した。戦後はNHK、共同TVニュース、フジテレビなどでニュース制作に従事した。「ニュース映画の撮影」「戦う航空母艦」「炎の海」など多くの著書がある。
立ち読みフロア
「出港用意! 出港用意!」
 艦内の拡声器が叫ぶ。運用科の兵隊がバタバタと、前甲板へ走っていく。錨(いかり)をあげるのだ。
 ときは、昭和一七年五月一五日。
 初夏の太陽は、緑の若葉に照りはえ、海を吹く風はさわやかに頬をなでた。
「目に青葉 山ほととぎす 初鰹(はつがつお)」と、句にあるごとくあかるい、ほがらかな五月の朝だった。
 午前八時、航空母艦赤城は、横須賀軍港を出港した。新聞や、雑誌の口絵で、全国の小学生から、主婦や、おばあさんなどにまで親しまれ、日本海軍のホープとして知れわたっている、この航空母艦は、当時、日本機動部隊の旗艦だった。
 開戦劈頭(へきとう)、ハワイの真珠湾を攻撃して、アメリカ海軍の主力を一挙に撃滅し、つづいて、西方に鉾(ほこ)を転じて、蘭印(蘭領インド)作戦に協力し、オーストラリアのポート・ダーウィンを空襲し、さらに西に進んで、インドの南端、セイロン島の攻撃まで、文字どおり、太平洋からインド洋までをまたにかけて荒しまわり、米英艦隊をして、顔色なからしめた日本機動部隊の旗艦は、この赤城であった。
 青灰色に塗られた、四万二千トンの巨体。このグロテスクな鋼鉄の建造物には、司令長官南雲(なぐも)忠一中将をはじめとして、参謀、飛行隊長から一水兵にいたるまで、ほとんど全員が真珠湾攻撃当時そのままの陣容だった。
 この艦隊は、まるでうそのような話であるが、いまだに一発の砲弾も、一発の爆弾もくわず無きずであった。それほどに戦いは順調に勝利の連続をつづけていた。
 海軍の「戦果」の過半数を独占していた、この艦の将兵の意気は、まさに「天をつく」ということばの通りであった。士官や兵隊たちの考えが「おれたちは戦えばかならず勝つのだ」という自信から「おれたちは、無敵なのだ」という自負心にまで、発展していったのも、いたって無理のないことだった。それほどに作戦は、とんとん拍子にいっていた。
 インド洋のセイロン島爆撃を終わって、赤城が、母港横須賀に帰ったのが、四月二二日。それから、二五日間を兵員の休養と物資の補給とに費して、ふたたび、太平洋を荒しにいこうというわけだ。
 今度、血祭にあげられるのは、ミッドウェー島だ。あのちっぽけな珊瑚礁を占領にいくのだ。そのために、赤城は、連合艦隊に合流すべく、瀬戸内海の秘密基地、柱島(はしらじま)に向かって出港したのだった。
 駆逐艦三隻が護衛についてきた。大島の沖合にでたころ、艦上爆撃機が六機飛んできて、大きく艦の上空で左旋回を始めた。着艦するのだ。
「発着配置につけ。発着配置につけ」
 艦内の拡声器が鳴る。兵隊はいっせいに自分の配置に走っていった。私は艦橋のうしろにある発着艦指揮所へのぼっていくと、もう飛行長増田中佐はそこに立っていた。日に焼けたエビス顔をにこにこさせていたが、チョビひげと精悍な目が、この人の飛行科士官としての過去を語っていた。
「風に立ててください」
 飛行長が艦橋に向かって叫んだ。
 赤城は大きく旋回して、風に向かって走りだした。ぐんぐん速力を増していく。強い向かい風が、猛列な勢いで吹きつけてくる。軍艦旗が破けるようにはためく。速力計が二〇ノット、二四ノットと増すにしたがって、風速計は一〇メートル、一二メートルとあがっていった。
 兵隊は服にいっぱい風を受けて、背中をまるく白い帆かけ船のように、ふくらませて走りまわっている。飛行甲板の一番さきから白い水蒸気が吹きだしてきた。その白い蒸気の流れが、はじめはななめに流れていたのが、艦が旋回するとともに、甲板の中央に描かれた白線と一致して、まっすぐに流れるようになった。母艦は風の方向に正確に、艦首を向けたのだ。そのまま一直線に速力を増していく。二六ノット。風速毎秒一六メートル。
「発着配置よろし!」
 甲板上には、もう一人の兵隊もいない。整備員はみな、甲板の両側にあるポケットに入った。鋼鉄のワイヤーが何本も甲板を横切って張られてある。それが、ガーガー、ガチャンと音をたて、甲板上三〇センチぐらいの高さに、ピンと張られた。
「飛行機収容始め!」
 飛行長が号令をかけると、マストの上にするすると信号旗があがった。編隊をといて、母艦の上を旋回していた艦爆(艦上爆撃機)は、フラップをだし、尾輪のすぐまえにフックをぶらりとおろして、艦の後方から一直線に、甲板めがけて進んでくる。一人の兵隊が眼鏡でこの飛行機をみていて、それを艦橋に大声で報告する。
「フックよろし」
「艦爆向かいました」
「近づきます」
「近づきます」
 ぐっと速力を落とした艦爆は、高度をさげてふわりと甲板上におりた。五、六メートルも甲板上を滑走すると、もうフックが甲板上のワイヤーに引っかかった。
 ガラガラガラ。大きな音をたて、ワイヤーを引っ張って滑走する。一五、六メートルも滑走しないうちに、飛行機は停止してしまった。
「つきました」
 さっきの兵隊が叫ぶ。
 ガチャン、ガチャン、ガチャン。フックのかからなかったワイヤーは、いっせいに緊張をとかれて甲板上におろされた。一人の兵隊がポケットから走り出して、飛行機の尾輪のところへ走っていくと、すぐワイヤーを取りはずした。
 ピリピリピリ。小さな白い旗を持った若い士官が、笛を吹いて搭乗員に合図をする。飛行機はエンジンをうならせながら静かに艦首のほうに滑走していく。もうそのときには整備員が飛び出して、飛行機の翼の両端をにぎって一緒に走っていった。ふたたびワイヤーが張られた。そしてつぎの飛行機を待つのだ。

……冒頭より


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