「白鯨(上)」

メルヴィル作・高村勝治訳

エキスパンドブック 583KB/ドットブック版 308KB/テキストファイル 258KB

600円

自分の足を食いちぎったまぼろしの鯨を追って、怨念(おんねん)を晴らそうとする船長エイハブ。海と船、1頭のマッコウ鯨をめぐって展開される壮大な人間ドラマ。鯨を語るにも必読。エキスパンドブック版には、ロックウェル・ケントの27点の版画を収録した。
立ち読みフロア
  ぼくはイシュミェルだ。なん年か前……正確になん年だかはどうでもいい……財布(さいふ)にあまり金がなく、いや一文もなく、陸上でぼくの興味をひくものも特にないので、ぼくはしばらく船に乗り、世界の海を見ようと思った。それが、憂鬱(ゆううつ)を追っぱらい、血のめぐりをととのえる、ぼくの方法なのだ。口のまわりがこわばってくるのを感じるとき、心のなかが小雨のそぼ降るしめっぽい十一月になるとき、思わず棺桶(かんおけ)屋の前に立ちどまったり、途中で出あった葬式のあとからついていく自分に気づいたりするとき、そして、特に、憂鬱症が手に負えなくなって、よほど強い道徳的自制心を起こさないかぎり、わざわざ町に飛び出していき、計画的に人の帽子を叩(たた)きおとしたくなるようなとき、……そういうときはいつも、できるだけ早く海へ行くべきときだと思うのだ。これがぼくにとってはピストルと弾丸との代用品なのだ。カトーは哲学的な美辞をつらねて、自分の剣の上にその身を投げだす。ぼくは静かに船に乗る。これは、なんら驚くべきことではない。この気持ちがわかってさえいれば、程度の差はあろうが、たいていの人は、いつかは、ぼくとほとんど同じ感情を大洋にたいして抱くはずなのだ。
  ところで、ここにマンハットーの市が島の上にある。インド諸島が珊瑚礁(さんごしょう)にかこまれているように、その市は波止場でかこまれている……通商の波がそれを取り巻いている。右にいっても、左にいっても、道は海に通じている。その下町のはずれに砲塁があり、その気高い防波堤は波に洗われ、つい二、三時間前までは陸も見えない沖合に吹いていたそよ風に、いま冷やされている。見よ、そこで人々の群れがじっと海を見つめているのを。

……《第一章 まぼろし》より


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