「桃太郎の誕生」

柳田国男著

ドットブック版 435KB/テキストファイル 306KB

700円

昔むかし、あるところに爺(じじ)と婆(ばば)とがあった。爺は山へ木をきりに、婆は川へ洗濯に……だれでも知っているこの「桃太郎」をはじめ、「一寸法師」「瓜子姫」などの「小さ子」物語には、太古からの固有の信仰が秘められ、知られざる謎がかくされている。昔話発生の拠りどころを探り、その構造・分布・系統などをはじめて学問的にとりあげた歴史的名著。知的興奮をそそる日本文化探検の書でもある。

【目次】「桃太郎の誕生」「海神(わたつみ)少童」「瓜子織姫(うりこおりひめ)」「田螺(たにし)の長老」「隣の寝太郎」「絵姿女房」「狼と鍛冶屋の姥」「和泉式部の足袋」「米倉(こめくら)法師」 

柳田国男(やなぎたくにお)(1875〜1962)現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれ。日本における民俗学の開拓者。東京帝大卒業後、農商務省にはいり、仕事の関係で各地を旅行、同時に早稲田大学で農政学を講義する。山地の民俗に興味をいだき『遠野物語』を著わすが、以降は幅広く各地の民俗を研究・調査、「方言」「昔話」「伝説」「童謡」などをテーマにした多くの著作を著わした。  

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 一 知られざる日本

 これは最初はただ自分ひとりの楽しみのために、手をつけてみた研究であるけれども、今に及んでは誰か聞いて下さる方を捜してあるく必要を感ずる。桃太郎の鬼が島征伐などという昔話は、すでにお互いの家の子供すらも、その管理を辞退するほどのたわいもないものではあるが、なおそれがひとり日本現代の一つの問題であるのみでなく、実際はやはりまた世界開闢(かいびゃく)以来の忘るべからざる事件として、考察せらるべきものであった。しかも壮年の学者が全力をこれに傾けてさえも、なお五年や十年では整理しきれぬほどの材料が、われわれの国には保存せられていた。それがこのごろになってようやく明らかになってきたのである。この研究の後半分だけは、ぜひとも志を同じゅうする何人かに引きついでおく必要がある。私がしいてこの不完全なる研究を発表するのも、本願はこれよりほかにはない。
 われわれの昔話の中でも、特に外国におけるこの道の学者を感動せしむべきものは、英国でいう「シンドレラ」、グリム童話の「灰かつぎ姫」、日本で「糠福米福(ぬかぶくこめぶく)」などと呼んでいる物語であった。これがわが国にはいってきてから、いかに短くても千年は越えているだろうと思うが、話はその間にまことにわずかばかりしか変化を受けていない。蜜柑(みかん)の皮を遠くから妹に投げつけたというような、些細(ささい)な点までがなお残っている。そうして北は青森県のさびしい村から、南は壱岐(いき)島の海端にまで数多く分布し、かつ今も生きている。英国の「シンドレラ」研究者、ミス・コックスが、もしこの事実を知っていたならば、彼女の記念碑的名著も必ず若干はその体裁を改めていたことと思われる。故厨川白村(くりやがわはくそん)君などは、日本に彼女の目の届かぬ一隅があることに心づいて、柳田のごときはなぜ早くこれを説こうとせぬかということを、かつて「大阪朝日」紙上で注意せられたこともあったが、実はそのころまではまだ私なども、そう大きな問題とも思っていなかったのである。それに国内の蒐集(しゅうしゅう)が、いっこうに進んではいなかった。今とても決して豊富とはいわれぬが、とにかくに新たな材料によって、その後明らかになってきたことがいくつかある。文学すなわち記録文芸の上では、この話は普通に「紅皿欠皿(べにざらかけざら)」の名をもって知られている。馬琴(ばきん)の『皿皿郷談(べいべいきょうだん)』などはまったくこれによったもので、話を美作(みまさか)の久米(くめ)の皿山(さらやま)の歌に結びつけたのも、かれが独創に出でたる趣向ではなかった。今ある『住吉』『落窪(おちくぼ)』の物語をはじめとして、日本に最も数の多い継母(ままはは)話のもとの種も、おそらくはこれと無関係に生まれでたものではなかった。ドイッのグリム研究者たちが、日本の類話として採録しているのは、御伽草子(おとぎぞうし)の「鉢かつぎ姫」ただ一つであるが、これも姥皮(うばかわ)とか蟇(ひき)の皮とかの形になって、広く民間に行なわれている。ドイツではこれをアルレライラウフ(千枚皮)、フランスではポーダァヌ(驢馬(ろば)の皮)、英国ではまたキャッツスキン(猫の皮)などと称えて、ともに灰かつぎ姫譚から派生した一傍系(ぼうけい)であることは、コックスもすでにこれを述べている。ただかれらはわれわれの草子以外の文芸を知るべきをもたなかっただけである。
 日本民間の口承文芸においては、シンドレラは奥州南部の「糠子米子(ぬがごこめご)」、または津軽の「粟袋米袋(あわぶくろこめぶくろ)」等の名をもって伝わっている。これと並び行なわれている多くの継子いじめの話で、姉妹の名前がお銀小銀、またはお月お星だの葦子萱子(あしこかやこ)だのと、二つ相対するものの名になっているのも、すべて「紅皿欠皿」の系統をつとうて、やや目先きをかえようとしたものらしい。しかもその継子のシンドレラが台所へ追い下され、始終火焚(た)き番をして灰まみれのきたない衣を着ていたという点は、まだこの温暖の国に来ても、脱ぎ捨ててはいないのであった。今までこの説話の研究者たちが、たいせつな分類の標準にしていた一つの点は、幸運な心がけのよい美しい継娘を保護する者が、ある一つの動物であったか、なくなった実母の霊であったか、はたまた当人の守り神であったかで、この特徴の異同によって、個々の民族の伝承する説話の親疎(しんそ)、伝播(でんぱ)の経路を尋ねることができるように考えられていた。ところがその方法のすこぶる心もとなくなってきたわけは、日本にはまさしく右三つの型がともに現存するからであった。前の目安を信頼するとしたら、この国へは三口、別々の隣国から、前後して持ってきたという結論になるので、そんなことは容易に信じがたい。だから尊敬する外国の篤学者でも、おりおりは誤ったことをいうものと承知しなければならぬ。それというのが、渉猟(しょうりょう)は広くても、一つの国民からそういくつもの資料は得られず、得られたものだけによって一応は意見を述べようとするからで、したがって誤謬ははじめから新資料の発見によって、訂正せられるようにできているのである。それを受け売りするほど愚劣なことはない。これからもどんな変わった標本が出てこぬとは限らぬが、とにかくに日本での採集によって知れてきたことは、この世界的に著名なる一つの昔話が、わが国においてもまだ比較的まとまった形で保存せられていたことと、それが継母話のやや残虐にすぎたる一種を発生せしめた以外には、特に他の多くの説話の上に、これという影響感化を与えてはいなかったらしいということとである。

……「桃太郎の誕生」冒頭より


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