「モンテ・クリスト伯(1)」

アレクサンドル・デュマ作/泉田武二訳

ドットブック 810KB /テキストファイル 209KB

700円

◆ナポレオンが失脚してエルバ島に流されていた当時の一八一五年二月、ナポレオンの残党たちが政権復帰をめざして各地で暗躍していた時代。青年エドモン・ダンテスは商船「ファラオン号」の次期船長の有力候補として、希望に胸ふくらましてマルセーユに帰港する。そこにはフィアンセが首を長くして彼の帰りを待っていた。だが、足取りも軽く父親とフィアンセのところへと急ぐダンテスの背後には、「ファラオン号」の会計士ダングラールの食い入るような憎悪のまなざしがあった。……ダンテスが知らずして託された手紙が陰謀の引き金をひく。ダンテスはパリで無実の罪を着せられ、死の牢獄「シャトー・ディフ」に幽閉される。囚人三十四号としての十四年の獄中生活! だがダンテスはついにチャンスをとらえて脱獄する。まず知りたいのはフィアンセのこと、父のことだ。せめて獄中で知り合ったファリア神父から聞いたスパダの秘宝を手に入れることができれば……

◆雄大な構想、緻密な構成、多彩な登場人物とがあいまって展開する波瀾万丈の物語。

◆ ドットブック版は豊富な挿し絵いりです。

アレクサンドル・デュマ(1802〜70)フランスの小説家、劇作家。黒人系の血をひき、北フランスのヴィレール=コトレに生まれる。パリに出て法律を学び、能筆を認められてオルレアン公の秘書になるが、18のときに観た「ハムレット」を忘れられずに劇作に打ち込み、29年「アンリ3世とその宮廷」によってデビュー。以後、多くの劇作によって評判をとった。35年頃からは歴史小説に手を染め、「三銃士」(のちに大連作「ダルタニャン物語」として完成)、「モンテ・クリスト伯」などの大作を次々に発表、世界を代表するエンターテイメント作家になった。派手な暮らしでも有名になったが、晩年はひっそりと息子の住む別荘先で亡くなった。

第一巻 目次

一 マルセーユ……帰港
二 父と子
三 カタロニア人
四 陰謀
五 婚約披露
六 検事代理
七 訊問
八 シャトー・ディフ
九 婚約披露の夜
十 チュイルリー宮殿の書斎
十一 コルシカの鬼
十二 父と子
十三 百日天下
十四 怒れる囚人と狂える囚人
十五 三十四号と二十七号
十六 イタリアの学者
十七 僧の部屋
十八 財宝
十九 三回目の発作
二十 シャトー・ディフの墓
二十一 チブラン島
二十二 密輸商人
二十三 モンテ・クリスト島

参考 松岡正剛の千夜千冊『モンテ・クリスト伯』
 

立ち読みフロア

 一八一五年二月二十四日、ノートル=ダーム・ド・ラ・ガルトの望楼が、三檣帆船(さんしょうはんせん)ファラオン号の姿を認めた旨の合図を送ってきた。スミルナ〔トルコの港、現在のイズミル〕、トリエステ、ナポリをまわって帰って来たのである。
 いつものように、ただちに水先案内を乗せた船が港を出発し、シャトー・ディフ〔マルセーユの沖二キロのところにある小島に建てられた城。牢獄として用いられていた〕のわきをかすめて、モルジウー岬とリヨン島の間でファラオン号に接近しようとしていた。
 たちまち、例によって、サン・ジャンの砦〔マルセーユ港の入口にある〕の物見台は見物人でいっぱいになった。マルセーユでは、船の入港、とくにそれがファラオン号のように、この古い港町で建造され艤装され荷物を積みこまれた船、しかも、この港町の船主の持ち船の場合は、いつでも大事件なのだ。
 そうこうするうちにも、船はなお進んで来る。火山活動によってできた、カラザレーニュ島とジャロス島の間の狭い水路もうまく通過した。すでにポメーグ岬も過ぎた。三本のマストの帆、船首の三角帆、船尾の帆に風をはらんで進んでいる。だが、船足はあまりに遅く、憂(うれ)わしげに見え、見物人たちは、不幸を予知するあの本能的な勘(かん)で、船になにか事故が起きたのではないかと思うのであった。しかし、船の専門家たちは、たとえなにかが起きたとしても、それが船自体の事故ではないことを見抜いていた。どこから見ても、船は完全に制御された状態のもとで進んでいたからである。錨(いかり)は投ぜられんばかりになっているし、斜檣(しゃしょう)の索(さく)はすでにはずされている。そして、マルセーユ港の狭い入口からファラオン号を港内に入れようとしている水先案内人のかたわらには、動作がきびきびした敏捷(びんしょう)な目をした一人の青年がいて、船の動きの一つ一つに目を配り、水先案内人の命令の一つ一つを復唱していた。
 群衆の中にただよっていた漠然とした不安の念が、サン・ジャンの見晴し台の上にいた見物人のうちの一人の胸をとくにひどく襲った。このため彼は、船の入港を待ちきれず、小さなボートに飛び乗り、ファラオン号めざして漕ぎ出すことを命じた。ボートはレゼルヴの入江の沖でファラオン号に出会った。
 この男が近づいてくるのを見ると、あの青年が水先案内人のそばの自分の部署を離れ、帽子を片手にやってきて船端に身をもたせた。
 十八歳から二十歳ぐらいの、背が高くすらっとした、黒いきれいな目の、漆黒(しっこく)の髪の青年であった。そして、幼い頃から危険と戦うことにはなれっこになっている者のみが持つ、落ちつきと決断力とを示す態度が、その身体のすみずみにまでみなぎっていた。
「ああ君か、ダンテス」ボートの男が叫んだ。「いったい何が起こったのだ。船全体が、どうしてこんなにうち沈んでいるのだ」
「悲しいことが起きたんですよ、モレルさん」青年が答える。「たいへん悲しいことが。とくに私にとっては。われわれはチヴィタ=ヴェッキア〔イタリアの港〕の沖で、あの立派なルクレール船長を失ったのです」
「で、積み荷は?」せきこんで船主がたずねる。
「積み荷は大丈夫です。この点ではご満足いただけると思います。ただ、ルクレール船長が…」
「船長がどうしたというのだ」見る目にもほっとした様子で船主がたずねた。「あの船長の身に何が起きたというのだ」
「亡くなったのです」
「海へ落ちたのか」
「いいえ。脳炎で、ひどく苦しまれた末に亡くなられました」
 こう言って部下のほうをふり向き、
「そーれ、めいめい投錨の部署につけえ!」
 乗組員たちがこの命令に従った。即座に、この船に乗り組んでいた八人ないし十人の水夫たちが、それぞれに、ある者は帆脚索(ほあしづな)に、ある者は帆桁に、動索に、船首の帆索に、絞帆索に飛びついたのである。
 その若い船乗りは、この作業の始まる様子をちらと無造作に見やって、自分の命令が実行されようとしているのを見ると、また話し相手のほうに向きなおった。

……冒頭「マルセーユ寄港」より


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