「月は地獄だ!」

ジョン・W・キャンベル/矢野徹訳

ドットブック版 224KB/テキストファイル 107KB

500円

40万キロの暗黒の淵を越えて、彼らはついにここまで来た――ここ、灼熱と極寒と、無気圧と真空の月世界へ! だが1年11カ月にわたる調査と探検を無事完了した隊員たちは絶望のどん底につき落された。地球から飛来した帰還ロケットが月面に激突、いまや帰還の望みは断たれた! そして彼らは次の帰還ロケットが到着するまで、さらに2年の歳月を生き抜いていかねばならない! 食料、水、酸素、あらゆる補給物のない月面に取り残されて……。現代SF育ての親ジョン・W・キャンベルが、あくまでもリアルに描きあげた不朽の名作。

ジョン・W・キャンベル(1910〜71)アメリカのSF作家、編集者。マサチューセッツ工科大卒。「アメージング・ストーリーズ」誌からデビュー、専門の科学知識を駆使した完成度の高い作品を多数発表した。1937年から亡くなる直前まではSF雑誌「アスタウンディング・サイエンスフィクション」の編集長を務め、SF黄金時代を築いた立役者。アシモフ、ハインライン、ヴァン・ヴォクト、レスター・デル・レイなど多くの超一流作家を育てた。

立ち読みフロア
五月十六日
 キングとリードが、南西への最後の探検からもどった。ふたりはすばらしい発見をした。すごく豊富なセレン化銀の鉱床で、地球へ銀を持って帰っても儲かるように採掘することもできるだろうと言う。「宝石のような鉱石」の巨大な鉱床なのだ。
 午前はもう半ばを過ぎた。明日は帰還用宇宙船が来るのだ。われわれは「果しなく激しい熱意」をもって、ここからの解放を待ちこがれている。月は、そのおそろしい苛酷さ、寒さ、熱さのすべてにおいて、われわれには美しいものとなった――だが、おそろしくもすばらしい「凍れる地獄」以外の何ものでもない。
 隊員のほとんどが、一日中、宇宙船をさがし求め、仕事は何もしなかった。われわれは、明日だということを知っている。そして、一日でも早いか遅いかは、何か事故がおこったということを意味しているのだ。
 ウィスラーは、明日は大へんなご馳走をすると約束した。われわれはみな、家からのニュースを待ちこがれている。もう二年のあいだ、地球の姿を見もしていないが、すっかり変ってしまっているのかもわからない。地球の人々がみんな死に絶えてしまう原爆戦争がすすんでいるかも知れないのだ。

五月十七日
 宇宙船は今夜到着しなかった。十七日以後にはならないはずなのに。空気の貯蔵量は二カ月分、食料は三カ月分だ。みんな心配している。宇宙旅行計画(インタープラネタリー・スケジュール)は、絶対に正確であることを必要とする。船は「朔望(さくぼう)」〔新月(朔)または満月(望)〕に出発しているべきなのだ。

五月十八日
 外に、帰還用宇宙船が横たわっている。墜落し、粉砕され、赤熱した金属の固まりだ。船は、今日の午後、二十一時間おくれて到着したのだ。
 この意味するところは、われわれにとって、おそろしいことだ。救出飛行が失敗したと地球が知るまでには、すくなくとも満一カ月かかる。そして、つぎの行動が開始されるまでには、すくなくとも、もう一カ月かかるだろう。そして、新しい救援宇宙船が建造されるのは、五カ月以下ではできないのだ。ということは、われわれが救助を期待できるようになるまで、いちおう七カ月ほどは経過するということを意味する。
 だが、われわれには、もう二カ月分の酸素しかないのだ! 食料は割当をすくなくできるが、酸素を節約することは不可能だ。
 今朝、ライスは、宇宙船が地平線の上にちらりと現れたのを認めた。それが、月という衛星にできた、もう一つの小さな衛星になって、「新月」のように明るく輝き、また暗くなり、急速に地平線の下に消えていくのを、全員が見ていた。われわれは、それが地平線からのぼってくるのを見つめていた。今度はずっと近く大きくなり、われわれの心はおどった。千六百キロほどにちかづいたときだった。その尾部が地平線を過ぎたときロケットが噴射した。そして、月面にむかって急速に落下しはじめたのだ。みんなが喚声をあげた。そして、無電技師のライスは連絡をつけようと試みた。十時五十五分、かれは返事を受けとった。船は四百八十キロまでちかづいており、ときどきロケットを噴射させながら、急速にちかづいていた。
 われわれは歓迎の言葉をおくり、ドームから二キロ足らずのところに降下してくるのを見つめていた。船は十一時十二分、わずかに震動しながら着陸した。と、そのとき突然、尾部のロケットが爆発し、船はおそろしい加速度を加えられて八十キロほどまっすぐ上にむかって飛びあがっていった。われわれはみな静まりかえって見つめていた。メイン・ロケットがなぜか事故を起して噴射され、それを切ることができなかったのだろう、ということは容易に察することができた。
 宇宙船は、考えられるかぎりの最高のロケット噴射技術によって、やっと八百メートルほどの高度までおりてきた。だが、位置自動制御装置(サーボ・コントロール)の具合がとつぜん悪くなり、メイン・ロケットの全噴射と月の重力にもかかわらず、宇宙船は基地ドームから四百メートル足らずのところで平原に墜落した。そして、船はすぐに爆発した。十五秒のうちにそれは白熱した残骸とかわり、操縦士たちが生命を失ったことは明らかだった。その残骸はあまりにも熱すぎるため近づくことができず、今日調査することはできなかった。
 ガーナー博士は、そのあとすぐに隊員を召集し、帰還用宇宙船の墜落したことを地球が知るまでに一カ月以上かかること、そして、つぎの船が建造されるまでには、すくなくとも八カ月はかかるであろう、ということを、簡潔に指摘した。そして、提案することがあれば明朝おこなうようにと頼んだ。

五月十九日
 温度=岩で摂氏一三六度
 朝食のあとで会議がおこなわれた。ムーアは、空気清浄度の責任者として、喫煙は永久にやめるべきことを提案した。それは酸素を消費し、空気を汚すからだ。かれは、工程はむつかしいことになるだろうが、岩石のなかの化合物から酸素を得ることはできるだろうと述べた。
 食料補給係としてのぼくは、割当量を大幅に削減しなければならない、ということを言わなくてはならなかった。
 空気はあきらかに最大の問題だった。というのは、われわれの必要とする酸素量を大きく削減することは不可能だからである。すくなくとも、温かさは手に入れられる。水は二カ月分しかないが、ムーアは、その点については救(たす)けてくれる物があると断言した。
 しかしながら、ライスの報告によると、最高に苛酷な条件で二年のあいだ使いつづけてきた蓄電池は、いまにもこわれてしまいそうな危険にさらされているという。もともと照明のために作られたものだが、たえず過負荷で使いつづけられてきたから、だめになるかも知れない。
 トラクター用の燃料は、六十時間分しかない。そして、酸素を抽出するための鉱石を輸送することが、もっとも価値のある使いかただろう。ベンダーは、酸素をあまりたくさん喰いすぎるからといって、トラクターの使用に反対した。だが、実際は、人間が同じだけの仕事をやりとげるときよりも使用量はすくないのだ。
 キングとリードは、会議の席上、もっとも明るいニュースを報告した。ちかくに石膏の大きな鉱床があり、その岩を焼くことによって、水は容易に手に入れることができるというのだ。ムーアは、そういった種類の何かを探し求めていたのである。電気分解によって必要とする酸素は得られるだろう。だが、電池の要求は深刻だ。
 われわれは一日中、石膏を基地にはこび、ライス、ウィスラー、ベンダーの三人は、車輪のついたトレーラーを作りあげた。キングとリードは、われわれに鉱床の場所を教えたあと、必要な電気製水炉を作りはじめた。
 石膏を手に入れるのは実に骨の折れる仕事だった。というのは、爆薬は、非常にかたくふさがないかぎり、空気の存在しないこの世界では役に立たないからだ。それに、爆薬の保有量はほんの少ししかないことがわかった。
 これほどまで荒れ果てた世界で生きぬいてゆくことは困難なことだ。自分が呼吸する空気でさえも、自分で働いて手に入れなくてはならないのだ。

……「空気への戦い」冒頭より

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