「むださわぎ」

ウィリアム・シェイクスピア/大山敏子訳

ドットブック版 120KB/テキストファイル 83KB

400円

メッシーナの知事の娘ヒアロウはフィレンツェの若い貴族クローディオウと結婚することになった。だが花婿に悪意をいだく者たちの策略でヒアロウの不貞を信じたクローディオウは、結婚式の当日、教会で彼女を拒絶してしまう…脇役の機知問答も楽しいシェイクスピアのロマンティック・コメディの秀作。
立ち読みフロア
第一幕

 第一場 レオナートの邸の前庭

〔メッシーナの知事レオナート、彼の娘ヒアロー、姪のビアトリス、使者と共に登場〕
【レオナート】 この手紙によれば、アラゴンの領主ドン・ペドロが今夜メッシーナに来られるようだ。
【使者】 今はもう近くまで来ておられるはずでございます。私がお別れいたして来た所も三リーグとはなれておりませんでした。
【レオナート】 この戦いでの味方の損害は?
【使者】 全体でもごく僅かで、名のある方はお一人もありません。
【レオナート】 全員揃って《がいせん》とは二重の勝利だ。ここにある通りだと、ドン・ペドロはクローディオという若いフィレンツェの男に多くの栄誉を与えたようだが。
【使者】 十分にみとめられるだけのお手がらがございました、そしてペドロさまもそれを十分に評価されました。クローディオさまはお若いのにも似合わぬご立派なお働きで、お姿は子羊のようでございましたが、ライオンのような勇しさでございました。私がここで今、申し上げます言葉からはとうてい期待もなされないほどのすばらしいお働きでございました。
【レオナート】 たしかこのメッシーナに叔父がいたはずだが、このことを聞いたらきっと喜ぶであろう。
【使者】 その叔父上にはすでに手紙をお届けいたしました。ことのほかお喜びでございました。もし悲しみの《しるし》をお見せになりませんでしたら、そのお喜びはつつしみを越えたかと思われました。
【レオナート】 では涙を流したというのか?
【使者】 さめざめと流されました。
【レオナート】 やさしさの自然のほとばしりだ。そのような涙に洗われた顔ほど真実なものはない。悲しみを笑うより、喜びに泣く方がどれほどしあわせなことか!
【ビアトリス】 お願い、あのモンタント様〔ビアトリスはフェンシングの述語montanto(正面からの一突きという意味)を用いて、ベネディックが自分と機知を正面から戦わせるという口達者な相手という意味で、ベネディックの事をたずねた。もちろん使者にはこのことが全然わからない〕は戦争からお帰りになったかどうか教えて下さい。
【使者】 いえ、そういうお名前の方は存じません、お嬢様。どの部隊にもそんなお名前のご身分のある方はいらっしゃいませんでした。
【レオナート】 だれのことをたずねているのかね?
【ヒアロー】 パドヴァのベネディック様のことなのよ。
【使者】 おお、そのお方なら帰られました、相変らず、陽気でいらっしゃいますよ。
【ビアトリス】 あの方はここメッシーナで広告をかかげて、キューピッドに遠矢強射〔ベネディックはキューピッドよりもよい射手である事を示したかった。つまりレディーキラーであることを〕を挑戦されたんですの。すると、叔父様の家の道化がそれを読んで、キューピッドに代わって署名をして、小さな石弓〔矢じりのにぶい鳥打ちの弓、これはまた道化の持ち物であった。ベネディックが遠矢でキューピッドに挑戦したのに対して、道化は彼を軽蔑して石弓の試合に挑戦した〕で彼に挑戦したってわけ。お願いだから教えて、今度の戦であの方は幾人殺して食べました? いえ幾人殺したか教えて? だって、あの方が殺した分は全部あたしが食べるって約束したのですもの。
【レオナート】 これ、そんなにベネディックさんのことを悪くお言いでない。だがたしかにあの人なら、お前のいい相手だろうね。
【使者】 あのお方は今度の戦でご立派なお働きをなさいました、お嬢様。
【ビアトリス】 食物がかびかけていたんで、それを食べてくれたってわけね。あの方は大食漢で、とても食欲旺盛ですもの。
【使者】 そしてご立派な軍人でもいらっしゃいます。
【ビアトリス】 そう女の人に対してはね、でも殿方に対してはどうかしら。
【使者】 殿方には殿方らしく、男性には男性らしく。あのお方には美徳が全身にぎっしりつまっております。
【ビアトリス】 たしかにそうでしょうよ。ぬいぐるみのようにね。でもつめ物は何かといえば、あの人だって……まあ、やめましょう。お互いにみんな人間ですものね。
【レオナート】 どうか姪のことを誤解しないでほしい。ベネディックさんと姪との間にはいつも陽気な戦争といったようなものがあるんだ。会えばきっと機知の小ぜり合いだ。
【ビアトリス】 かわいそうに、あの人は勝った事なしなの。この前の小ぜり合いでは、あの人の五つの感覚の中、四つまでがびっこをひいて退散、そして今じゃ、残りの一つで身体全部を動かしている始末なの。だからもしあの人が自分の身体をあたためるだけの才覚があるなら、自分自身と自分の馬〔愚か者の意味を含む〕とはちがうのだということを紋章にしるしをつけておくといいんだわ。それが、あの人も理性をもった人間だということを示すのに残されたすべてですもの。今あの人の仲間はだれ? 毎月のようにあの人は新しい友だちと兄弟の契(ちぎ)りを結ぶんですもの。
【使者】 まさか、そんなことは。
【ビアトリス】 それが、その通りなのよ。あの人の誠実は帽子の流行のようなもんで、いつも新しい流行と共に変るんですよ。
【使者】 お嬢様、どうやらあのお方はごひいきの方々の名簿にはのっていないようでございますな。
【ビアトリス】 もちろんですとも。もしのっているなら、部屋ごと焼いてしまうわ。でもお願い、だれがあの人の仲間なの? あの人と一緒に悪魔のところまでも行こうという若い威勢のいい人はいないの?
【使者】 あの方がいちばん親しくしておられますのはクローディオ様です。
【ビアトリス】 おお神様、あの人は病気みたいに、その方にとりついちまうわ! 疫病よりも早くとりつかれると、うつされた人はすぐに気ちがいになってしまうわ。神様、クローディオをお助け下さい! もしベネディック病にかかったら、なおるまでに一千ポンドはかかるわ!
【使者】 お嬢様、私はあなたのごきげんをそこねないようにいたしましょう。
【ビアトリス】 そうなさったほうがいいことよ。
【レオナート】 お前は気のちがう心配〔前のビアトリスの言葉にあるようにベネディック病にとりつかれて気ちがいになるというのを受けて言ったもの。ビアトリスがベネディックに恋をすることはなかろうという意味も含めたドラマティック・アイロニー〕はなさそうだね。
【ビアトリス】 暑さにうだるようなお正月がこないかぎりはね。
【使者】 ペドロ様がおいでになりました。
 〔ドン・ペドロ、クローディオ、ベネディック、バルサザーおよび腹ちがいの弟ドン・ジョン登場〕

……冒頭より

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