「にごりえ・たけくらべ」

樋口一葉/作

ドットブック版 200KB/テキストファイル 84KB

300円

菊の井という曖昧屋の酌婦に身をおとしたお力(りき)の精一杯の生きざまを見事に浮き彫りにした「にごりえ」、吉原遊廓の四季のうつりかわりと暮らしのなかに、美登利、信如、正太郎ら少年少女たちの初々しく幼き恋を、きめ細かな観察と流麗な筆致で描きあげた「たけくらべ」……明治文学の屈指の名作2編を、初の新仮名づかい新漢字表記でおくる。

樋口一葉(1872〜96)東京生まれ。本名は「なつ」。中島歌子に和歌と古典を、半井桃水(なからいとうすい)に小説作法を学ぶ。雑誌「文学界」に寄せた「たけくらべ」で文名を確立。めざめゆく明治の女性の反抗と悲哀をつづって矢継ぎばやに名作を送り出したが、24歳で病にたおれた。

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 おい木村さん信(しん)さん寄ってお出(いで)よ、お寄りといったら寄っても宜(い)いではないか、又素通りで二葉やへ行(ゆ)く気だろう、押かけて行(ゆ)って引ずって来るからそう思いな、ほんとにお湯(ぶう)なら帰りにきっとよってお呉(く)れよ、嘘(うそ)っ吐(つ)きだから何を言うか知れやしないと店先に立って馴染(なじみ)らしき突(つっ)かけ下駄の男をとらえて小言をいうような物の言いぶり、腹も立たずか言訳しながら後刻(のち)に後刻にと行過(ゆきすぎ)るあとを、一寸(ちょっと)舌打しながら見送って後(のち)にも無いもんだ来る気もない癖に、本当に女房もちに成っては仕方がないねと店に向って閾(しきい)をまたぎながら一人言(ひとりごと)をいえば、高(たか)ちゃん大分(だいぶ)御述懐(ごじっかい)だね、何もそんなに案じるにも及ぶまい焼棒杭(やけぼっくい)と何とやら、又(また)よりの戻る事もあるよ、心配しないで呪(まじない)でもして待つが宜(い)いさと慰さめるような朋輩(ほうばい)の口振(くちぶり)、力(りき)ちゃんと違って私(わた)しには技倆(うで)が無いからね、一人でも逃しては残念さ、私しのような運の悪(わ)るい者には呪(まじない)も何も聞きはしない、今夜も又木戸番(きどばん)〔店先で客の来るのを待つ客のつかない女〕か、何(なん)たら事だ面白くもないと肝癪(かんしゃく)まぎれに店前(みせさき)へ腰をかけて駒下駄のうしろでとんとんと土間を蹴るは二十の上を七つか十か引眉毛(ひきまゆげ)に作り生際(はえぎわ)、白粉(おしろい)べったりとつけて唇は人喰う犬の如(ごと)く、かくては紅(べに)も厭(い)やらしき物なり、お力と呼ばれたるは中肉の背格好(せいかっこう)すらりっとして洗い髪の大嶋田に新わら〔新しい稲に熱湯をかけ乾かした髪飾り〕のさわやかさ、頸(えり)もと計(ばかり)の白粉(おしろい)も栄えなく見ゆる天然の色白をこれみよがしに乳(ち)のあたりまで胸くつろげて、烟草(たばこ)すぱすぱ長烟管(ながぎせる)に立膝の無作法さも咎(とが)める人のなきこそよけれ、思い切ったる大形の裕衣(ゆかた)に引(ひっ)かけ帯は黒繻子(くろじゅす)と何やらのまがい物、緋(ひ)の平(ひら)ぐけ〔帯の下に締める細い帯〕が背の処に見えて言わずと知れし此(この)あたりの姉さま風なり、お高といえるは洋銀の簪(かんざし)で天神がえし〔銀杏返しの髷(まげ)の中央に毛をかけ、かんざしで留める〕の髷(まげ)の下を掻(か)きながら思い出したように力(りき)ちゃん先刻(さっき)の手紙お出しかという、はあと気のない返事をして、どうで来るのでは無いけれど、あれもお愛想さと笑って居(い)るに、大底(たいてい)におしよ巻紙二尋(ふたひろ)も書いて二枚切手の大封じがお愛想で出来る物かな、そして彼(あ)の人は赤坂以来(から)の馴染ではないか、少しやそっとの紛雑(いざ)があろうとも縁切れになって溜(たま)る物か、お前の出かた一つで何(ど)うでもなるに、ちっとは精を出して取止めるように心がけたら宜(よ)かろ、あんまり冥利(みょうり)がよくあるまいと言えば御親切に有(あり)がとう、御異見は承(うけたまわ)り置まして私はどうも彼(あ)んな奴は虫が好かないから、無き縁とあきらめて下さいと人事(ひとごと)のようにいえば、あきれたものだのと笑ってお前などは其我(わが)ままが通るから豪勢さ、此身になっては仕方がないと団扇(うちわ)を取って足元をあおぎながら、昔(むか)しは花よの言いなし〔都々逸「馬鹿にしゃんすな昔は花よ、鶯(うぐいす)なかせたこともある」の一節〕可笑(おか)しく、表を通る男を見かけて寄ってお出(い)でと夕ぐれの店先にぎわいぬ。

……「にごりえ」冒頭より


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