「日本の伝説」

柳田国男著

ドットブック版 222KB/テキストファイル 104KB

400円

伝説は、どのようにしてこの日本の国土に芽ばえ、そして育ってきたか。豊富な実例によって、著者は、やさしく、ていねいに説く。「咳(せき)のおば様」「驚き清水」「大師講の由来」「片目の魚」「機織り御前」「お箸成長」「行逢阪(ゆきあいざか)」「袂石(たもといし)」「山の背くらべ」など、きわめて色あざやかな伝説の多くが、整然と網羅されている。「日本の昔話」の姉妹篇。

柳田国男(やなぎたくにお)(1875〜1962)現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれ。日本における民俗学の開拓者。東京帝大卒業後、農商務省にはいり、仕事の関係で各地を旅行、同時に早稲田大学で農政学を講義する。山地の民俗に興味をいだき『遠野物語』を著わすが、以降は幅広く各地の民俗を研究・調査、「方言」「昔話」「伝説」「童謡」などをテーマにした多くの著作を著わした。

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咳(せき)のおば様

 昔は東京にも、たくさんの珍しい伝説がありました。その中で、皆さんに少しは関係のあるようなお話をしてみましょう。
 本所(ほんじょ)の原庭(はらにわ)町の証顕寺(しょうけんじ)という寺の横町には、二尺ばかりのお婆(ばあ)さんの石の像があって、小さな人たちが咳(せき)がでて困るときに、このお婆さんにたのむとじきになおるといいました。大きな石の笠(かさ)をかぶったまま、しゃがんで両方の手で顎(あご)をささえ、鬼みたいなこわい顔をしてにらんでいましたが、いつも桃色の胸当てをしていたのは、なおったお礼に人が進上したものと思われます。子供たちは、これを咳のおば様とよんでおりました。
 百年ほど前までは、江戸にはまだほうぼうに、この石のおば様があったそうであります。築地(つきじ)二丁目の稲葉対馬守(いなばつしまのかみ)という大名の中屋敷にも、有名な咳の婆さんがあって、百日咳などでなんぎをする児童の親は、そっと門番にたのんで、このお屋敷のうちへその石をおがみにはいりました。もとは老女の形によくにた二尺余りの天然の石だったともいいますが、いつのころよりか、ちゃんと彫刻した石の像になって、しかも爺(じい)さんの像と二つそろっていました。婆さんの方はいくぶんか柔和で小さく、爺さんは大きくて恐ろしい顔をしていたそうですが、おかしいことには、両人ははなはだ仲がわるく、一つ所におくと、きっと爺さんの方がたおされていたといって、少し引きはなしてべつべつにしてありました。咳の願がけに行く人は、かならず豆や霰餅(あられもち)の炒(い)り物を持参して、煎(せん)じ茶とともにこれを両方の石の像にそなえました。そうしてもっともよくきくたのみ方は、はじめに婆様に咳をなおしてくださいと一通りたのんでおいて、つぎに爺様のところへ行ってこういうのだそうです。おじいさん、今あちらで咳の病気のことをたのんできましたが、どうも婆どのの手際(てぎわ)ではおぼつかない。なにぶんおまえさまにもよろしく願いますといって帰る。そうするとことに早く全快するという評判でありました。(十方庵(じっぽうあん)遊歴雑記五編)
 この仲のよくない爺婆の石像は、明治時代になって、しばらくどこへ行ったか行くえ不明になっていましたが、のちに隅田(すみだ)川東の牛島の弘福寺(こうふくじ)へひっこしていることがわかりました。この寺は稲葉家の菩提所(ぼだいしょ)で、築地の屋敷がなくなったから、ここへもって行ったのでしたが、もうその時には喧嘩(けんか)などはしないようになって二人仲よくならんでいました。そればかりでなく咳の婆様という名前も人がわすれてしまって、誰がいい出したものか、腰からしもの病気をなおしてくれるといって、たのみにくるものが多くなっていました。そうしてお礼にははき物を持って来てあげるとよいということで、像の前にはいろいろの草履(ぞうり)などがおさめてあったそうです。(土俗談語)
 食べ物を進上して口の病を治してもらった婆様に、のちには足の病気をたのみ、お礼にはき物をおくるようになったのは、ずいぶんおもしろいまちがいだと思いますが、広島市の空鞘八幡(そらざやはちまん)というお社(やしろ)のわきにある道祖神(さえのかみ)の「ほこら」には、子供の咳の病がなおるように、願がけに来るひとが多く、そのお供え物は、いずれも馬の沓(くつ)であったそうです(碌々雑話)。道祖神は道の神また旅行の神で、その上にひじょうに子供のすきな神様でありました。昔は村じゅうの子供は、みなこの神の氏子(うじこ)でありました。馬にのってほうぼうのお産のある家をたずねて来て、生まれた子の運勢をきめるのは、この神様だという昔話もありました。すなわち子供をかわいがるために、馬の沓の入り用であった神なのであります。路を通る人が馬の沓や草鞋(わらじ)をあげてゆく神はどこに行ってもありますが、今では名前がいろいろにかわり、また土地によって話も少しずつちがっています。咳のおば様なども、もしかするとこの道祖神のご親類ではないか。それをこれから皆さんとともに私はすこし考えてみたいのであります。

……冒頭より


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