「日本の民話(全国編)」
 

藤澤衞彦著

ドットブック版 203KB/テキストファイル 89KB

500円

この全国編には、日本全国どこに住んでいる人でも知っているような、「かぐや姫」「浦島太郎」「瘤(こぶ)とりじいさん」「桃太郎」「金太郎」「はちかつぎ姫」「一寸法師」「花咲(はなさか)じじい」「舌きり雀」などの有名な昔ばなし12編を集めています。

藤澤衞彦(ふじさわもりひこ)(1885〜1967)東京生まれ。明治大学教授。風俗史・民俗学・伝説学・児童文学など、幅広い分野で研究に従事した。日本風俗史学会、日本アンデルセン協会、日本児童文学者協会など多くの学会・協会の設立、育成を手がけ、児童文化図書館長、日本伝説学会会長などを歴任した。主な著書に『日本伝説研究』『日本民謡・童謡研究』などがある。

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浦島太郎

 むかし、むかし、丹後国(たんごのくに)の水の江に、浦島太郎という、りょうしがいました。
 浦島太郎は、毎日毎日、海へ出て、タイ〔鯛〕やヒラメ〔比目魚〕などの魚をつって、家のくらしをたてておりました。
 ある日のこと、浦島太郎は、いつものとおり、海へ出て、一日魚をとっておりました。海のむこうで、お日さまきらきら、《もうじききょうの日もくれるか、はやいなあ》と、釣道具をしまい、船をかえし、釣竿(つりざお)かついで海ばたをもどってきますと、五六人のこどもが一かたまりにしゃがんで、わいわいさわぎながら、なにかやっています。
《なにやってるか》と浦島が、近よって、ひょいと、のぞいてみますと、みんなして、一ぴきのカメ〔亀〕を、棒きれでつついたり、石でたたいたりして、いじめているのでした。みていた浦島は、カメが、かわいそうになって、
「もう、およし、かわいそうなことするなァ、およし、いい子だ」
 と、とめましたが、こどもたちは、
「なんだ、これくらい、カメって、つよいんだぜ、なァ」
「うん、もっとやってみせろ」
《かまうもんか》というふうに、だれか、カメをけとばして、あおむけにひっくりかえしました。
「まあ、まっておくれ、みんな」
「こまるなァ、おらたちのつかまえたカメなんだぜ」
「わかってる、じゃあ、わたしに売っておくれ、それならいいだろう」
「うん、どうする」
 と、カメをつかまえた子らしいのが、カメをいじめる手をやめて、ほかの子たちにそうだんしました。
「おめえ、どうする」
「売ってもいい、もうカメいじめ、あきたからなァ」
「それに、そんなにおもしろい遊びでもないや」
「じゃァ、売っちまおう、それに、ぜにの方がいいや」
「うん、そっちまかせでいいや、どうせ、あしたもとれるカメなんだ」
《だけど、きょういじめられてるカメは助けることができた》と、浦島は、
「やれやれ、いのちあぶないカメさんだった、もう、うっかりおかへあがってくるじゃない」
 と、いいながら、甲羅(こうら)をなでなで、いいました。そして、わざわざ、海ばたまでもっていって、放してやりました。カメは、うれしそうに、首をうごかし、ぶくぶくと、水の中に、もぐっていってしまいました。
 海のほうを見ると、もう、海は、一めんに、とおく、金銀をおどらしてるような、夕ぐれ時の美しさでした。
《このうつくしい海をみていると、わたしも、魚がとりたくなくなる》
 ひとつ、ひとつ、ゆっくりと、まきかえしながら、渚(なぎさ)に、よせている波のしずけさ。浦島は、しばらくじっと見ていましたが、やがて、
《わたしは、りょうしが、なりわいなのだ》
 と、おもいかえすと、よいことをした、きょうの楽しさに、気をよくしながら、わが家へかえってゆきました。

 二三日してから、浦島は、沖釣りに出かけました。波は、日の光の下で、よろこばしげにかがやいて、舟べりによせ、舟とたわむれるによねんもないというようすです。浦島は、きもちのよいほど遠くの沖にこぎだして、青く、美しく、さえわたる、そこらの海に釣糸をたれて、いっしょけんめいに魚をつっていますと、どこか、うしろの方で、誰か、
「浦島さん、浦島さん」
 と、よぶようなので、《おやっ》とふりかえって見ましたが、うしろも、ひろびろとした海、浜はとおく、かすんで、あたりには別の船も見えません。《気のせいだったか》と浦島が、なおも釣りしていますと、また、
「浦島さん、浦島さん」
「おやっ」
 と、おどろいて、また、ふりかえって、ふと、舟べりを見ますと、一ぴきのカメが、首をあげて、浦島をみているようです。
「おまえさんかね、いま、わたしをよんだのは」
 と、浦島が、カメを見ながらいいますと、
「はい、わたくしです。こないだは、どうも、ありがとうございました。おかげさまで、あぶない命を助かりました。きょうは、ちょっと、その礼にまいりました」
 と、いうので、浦島は、こないだ、こどもの手から助けだして、海ににがしてやったカメだと気がつきました。
「まあ、わざわざ礼なぞにくるにはおよばないのに。でも、義理(ぎり)がたい、めずらしいことだ、わたしもうれしいよ」
 と、浦島は、ウキを気にしながら話していますと、カメは、
「浦島さん、あなたは、龍宮(りゅうぐう)にいらしったことがありますか」
 と、たずねました。
「いや。海の中にある、きれいな御殿と聞くばかりで、まだ見たことはない」
「では、ほんの心ばかりのお礼のしるしに、龍宮へおつれしたくおもいますが、いかがでしょう」
「いやありがとう、おまえ、龍宮を知ってるの」
「はい、わたくしは、その龍宮の家来でございますよ。では、すぐと、ご案内いたしましょうか」
「いや、まっておくれ、つれていってもらいたくても、わたしには、とても、龍宮までおよいではゆけないらしい。だいぶ遠いんだろう」
「でも、わけはありません、わたしの背中にお乗りになれば、しぜんとゆかれます」
「えっ、お前の背中に」
「はい」
「へえ、それでゆかれるなら、けっこうなことだ」
「では、お乗りくださいまし」
 カメは、もう、舟べりに、背をだしています。
「おや、カメさんの背は、こないだより、大へん、ひろくなったようだね」
「そうですか、あれから、時もたったことでございます」
 浦島は、まだ、ちょっと、気味わるくおもっていましたが、カメが、
「どうぞ」
 と、うながす声に、
「では、たのむよ、カメさん」
 と、浦島は、カメの背中に、とびのりました。


……冒頭より


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