「日本の民話(四国編)」
 

藤澤衞彦著

ドットブック版 175KB/テキストファイル 62KB

400円

四国地方に伝わる代表的な昔ばなしを集めました。徳島8編、香川4編、愛媛3編、高知5編の全部で20編の、バラエティ豊かな昔ばなしを収録しています。

藤澤衞彦(ふじさわもりひこ)(1885〜1967)東京生まれ。明治大学教授。風俗史・民俗学・伝説学・児童文学など、幅広い分野で研究に従事した。日本風俗史学会、日本アンデルセン協会、日本児童文学者協会など多くの学会・協会の設立、育成を手がけ、児童文化図書館長、日本伝説学会会長などを歴任した。主な著書に『日本伝説研究』『日本民謡・童謡研究』などがある。

立ち読みフロア
幸福の種子(たね)

 むかしむかし、阿波(あわ)の斎部氏(いみべし)に紫卿(しきょう)という少年がおりました。幼い時から、りこうもので、国司(こくし)〔国の政治をつかさどる官〕の藤氏(とうし)にふかく心をかけられ、十三歳で、都に、文章生(もんじょうせい)〔大学寮で文学をならう学生〕の試験をうけにゆきました。
 試験に、《幸福の種子》という題が出ました。その題で、一篇の詩をつくらねばならないのです。紫卿は今まで、とくに、幸福ということについて考えてみたことがなかったので、まして、その種子(たね)になるものがわかりませんでした。《父か》《母か》《藤氏》かと、首をひねってみましたけれど、それは、しあわせの多い一つのようではあるけれど、それで種子の詩をつくるほど、心にせまってきませんでした。第一、生まれてきたことが幸福であるのか、未来が幸福をもってきてくれるものなのかさえ、わかりませんでした。
 紫卿は、筆をもって、やや久(ひさ)しく考えていましたが、どうしても《幸福の種子》がわかりませんでした。でも、だんだん時間がたつので、《その日その日を幸福であることにつとめる》自分の、思っていることを書こうと、紙にむかった時、コーン、コーンと、鐘がなりだしました。それは、もう、コーン、コーンと百をかぞえるほどしか試験の時間がないという知らせの鐘の音(ね)でしたが、生まれつき鐘の音(ね)の好きな紫卿は、せっかく思いついた幸福を詩に書くこともわすれて、コーン、モン、モン、モンと、だんだんとうすれてゆく、鐘のひびきのうつくしさに、うっとりしてしまっていました。
 そのうちに、こんどはコーン、コーン、コーンと、鐘は、三つ打ちつづけられました。もう、試験の時間は終わったという、知らせの鐘の音でした。
《なんという、さえた、よい鐘の音(ね)だ、それに、だれがあの鐘をうっているのだろう、あれほどの打ちかたは、音楽のこころえあるものにちがいない》
 と、思いふけっているところへ、試験官がやってきて、紫卿の試験の紙を、だまって取りあげようとしますので、気づいた紫卿は、
「いま書くところです、まってください」と、たのみましたが、
「試験おわりの鐘が打たれたからね」といって、紙をとりあげられてしまいました。
 試験官は、いったん取りあげて、集めたほかの紙の上におきましたが、ふと紫卿の紙を見ると、何も書いてないので、じっと紫卿を見て、
「秀才(しゅうさい)、どうして、おそいのだね」
 と試験官は、《まァこのちびが、大学寮にはいろうなどとは》というこころで、うすら笑いをして、いいました。すると紫卿が、
「むかし、晋(しん)の左思(さし)がつくった名高い三都の詩は、十年してできあがったということです。詩句は、たくみなのを尊(たっと)んで、はやくできるのを尊ぶわけではありません」
 と答えましたので、試験官は、はずかしめられたように、むっとして、
「ちょっと、なまいきだね。できるなら、まァ、おまえの、その、おそい詩を書いてみるがいい」
 紙をかえしてくれたので、紫卿は、それに一つの詩を書きました。
 試験官はそれに眼をとおすと、おどろいて、また歌いました。

 多幸なりし過去の日をおもうなかれ
 まぼろしの未来の幸福を夢みるな
 父もかなた母もかなた、大学寮はあなた
 試験のみが確実にきょうの日の幸福の種子。

「うまい、しかし、おそかった。来年まで待つんだね。この詩は、天満宮(てんまんぐう)〔菅原道真(すがわらみちざね)をまつる神社〕の廟(びょう)におさめるといいね」
 こういって試験官は、《幸福の種子》の詩を返してくれました。
「そうだ、天満宮の祭神〔文章の神〕に、たてまつろう」
 試験に落第した紫卿は、すぐと、天満宮のある北野をさしてまいりました。


……冒頭より


購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***