「忍者からす」

柴田錬三郎作

ドットブック版 240KB/テキストファイル 167KB

500円

一読、やめられなくなる痛快読み物、柴錬立川文庫第4弾! 全国にひろがる熊野神社の末社を諜報網として、隠密行動をとる忍者の組織、熊野神鴉(みからす)党。初代「からす」は異邦の男と倭人の美女のあいだに生まれ、稀代の忍者に育てあげられる。…戦国時代から江戸時代にかけて時代をいろどった有名な人物を、奇想天外な発想でえがく伝奇小説。「忍者からす」「一休禅師」「山中鹿之介」「塚原卜伝」「丸目蔵人」「由比正雪」「幡随院長兵衛」「蜀山人」「国定忠治」の9編を収録。

柴田錬三郎(1917〜78)岡山県生まれ。慶大支那文学科卒。在学中から「三田文学」に作品を発表しはじめ、「イエスの裔」で直木賞受賞。「眠狂四郎無頼控」で一躍、時代小説の第一人者、人気作家となった。代表作には「剣は知っていた」「赤い影法師」「柴錬立川文庫」の連作などがある。

立ち読みフロア

 私が、忍者「鴉《からす》」の存在を知ったのは、かなり以前、武田信玄の軍師山本勘助《やまもとかんすけ》について調べた時であった。
 天文十四年正月二十日――。
 山本勘助は、その稀にみる醜い姿を、諏訪湖畔にそびえる高島城の大広間に、ぽつんと、正座させていた。
 すでに、城の三方は、武田晴信《はるのぶ》の軍勢六千余によって、包囲されていた。
 諏訪勢は、前日の普文寺《ふもんじ》の激闘で、全滅し、城内には、一兵ものこってはいなかった。
 山本勘助は、武田衆に、城内へ雪崩《なだ》れ入ることを許さず、おのれただ一人、跛《びっこ》で、眇眼《すがめ》の、醜怪な小駆を、一歩毎に大きく上半身を傾け乍《なが》ら、運び入れたのであった。
 勘助は、もう四半刻《はんとき》も待っていた。
 ようやく、廊下を近づいて来る人の気配に、勘助は、両手を畳につかえた。
 入って来たのは、目のさめるような美貌の、十七八歳の上掾sじょうろう》であった。侍女三人をしたがえていた。
 城内にのこっているのは、この四人の女性《にょしょう》だけであった。上揩ヘ、諏訪頼茂《よりしげ》の女雅姫《むすめのりひめ》であった。
「山本勘助にございまする」
 勘助は、挨拶した。
 雅姫は、上座から、凝《じっ》と、勘助を見据えていたが、
「父をころしたのは、その方であろう」
 と、云った。
 勘助は、こたえなかった。ただ、頭をさらにひくく、下げただけであった。
 雅姫の云い当てた通りであった。
 二年前の春、勘助は、主君晴信が、諏訪家政略の総進撃を起さんとした際、これをとどめて、単身、諏訪頼茂が拠《よ》る上原城に乗り込み、和議を申出て、巧みに頼茂を、古府中《こふちゅう》の陣営へおびき出し、これを、一刀のもとに斬ったのである。
 いわば、最も卑劣なやりかたで、信州の名家諏訪氏を亡《ほろぼ》したのである。
 それから、今日まで、勘助は、雅姫にむかって、五度び使者を遣《つかわ》して、衷心より歎願の手紙を渡していた。雅姫の返辞は、一度もなかった。
 勘助は、いま、その返辞をききに来たのである。
 沈黙があった。
 勘助は、待った。
 やがて、雅姫の口から、澄んだ声音《こわね》が流れ出た。
「熊野の誓紙《せいし》を貰いとう存じます」
 勘助は、はっと、頭を擡《もた》げて、雅姫を視《み》た。その美しい掾sろうた》けた面差は、すずやかであった。父を殺した男に対する憎しみの色など、みじんもなかった。
 勘助の醜い貌《かお》に、一瞬、苦渋の皺が深く刻まれた。しかし、すぐに、
「けなげなお覚悟でござる。承《うけたまわ》りましてござる」
 と、平伏した。
 戦国秘史《ひし》の挿絵にでもなりそうな、静かな、美しい場面であった。
 甲斐源氏《かいげんじ》武田家の命運を決定する重大な一瞬であった。
 勘助が、五度び使者を遣して歎願したのは、主君晴信の側室になって欲しい、ということであった。
 雅姫の美貌は、あまりに噂が高いものであった。英傑色を好む晴信が、すてておく筈がなかった。しかし、その目的は、さらに政略がからんでいた。
 諏訪家は、信州随一の名門である。これが滅亡した悲惨は、地下人《じげにん》たちの心をいかに痛めているか、容易に想像がつくところである。当然、攻め撃った武田家が、憎悪されている。
 さいわいに、諏訪家の女《むすめ》を、武田家に納《い》れて、その間に出来た男子に、家督を継がせれば、事実上、諏訪家の血が活きることになり、諏訪地方の人々の心をなだめることができるであろう。
 信州経営のためには、まず諏訪地方を治めることが第一であった。これは、晴信の父信虎の時代からの懸案だったのである。
 勘助は、是非とも、雅姫を承諾させたかった。
 雅姫の返辞は、
「熊野の誓紙を、貰いとう存じます」
 それだった。これは、勘助の乞いを承諾することを意味した。


 雅姫の希望した熊野誓紙の文面は、ただの一箇条だけであった。
 すなわち、
『武田晴信と雅姫との間に誕生した男子は、将来屹度《きっと》武田家の世嗣とすること』
 それであった。
 これは、すでに、勘助の胸中にあったところである。
 しかし、雅姫自身が、この一片の、いわば遠い将来の空約束によって、父を殺した男にむかって、その主君に身を任せようと承諾したのは、果して、苦しい時の神だのみ、単純な信仰にすがっただけであったろうか。

……「
忍者からす」巻頭より

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