「にんじん」

ルナール作・辻昶訳

エキスパンドブック 269KB/ドットブック版 139KB/テキストファイル 110KB

400円

特異な家庭環境におかれた「にんじん」は、やはり特異な子どもなのか? 子どもの不潔さ、残酷さ、うそつき根性などをリアルに描写しながら、なおそこにエスプリと詩情を漂わせたルナールの佳品。F・ヴァロトンの素朴な原書挿し絵を多数収めたエキスパンドブックがおすすめです。
立ち読みフロア
 「きっとそうよ」と、ルピック夫人。「またオノリーヌが、とり小屋の戸を閉めるのを忘れたんだわ」
  なるほど、窓ごしに見ると、そのとおり。広い庭のむこうはじには、とり小屋の小さな屋根が見えるが、闇の中に、あけっぱなしになった戸の黒い、四角な影が浮きあがっている。
 「フェリックス、おまえ、閉めにいってくれるかい?」ルピック夫人が、三人の子のうちで一番年上の男の子にきく。
 「とりの世話なんかするために、生きてるんじゃないよ」と、フェリックス。血色が悪くて、ぶしょうで、臆病(おくびょう)な男の子だ。
 「じゃあ、おまえは、エルネスチーヌ?」
 「まあ! あたしにですって、ママ。こわくって、とてもよ!」
 兄きのフェリックスも姉のエルネスチーヌも、ろくに顔をあげずに返事をする。ふたりはテーブルの上にひじをつき、額(ひたい)がふれあわんばかりのかっこうで、本に読みふけっている。
 「まあ、あたし、なんてばかだったんだろう!」と、ルピック夫人。「忘れてたわ。《にんじん》、おまえ、とり小屋を閉めにいっておいで!」
 夫人は、末っ子にこういうあだ名をつけていた。この子が赤毛で、顔がそばかすだらけだったから。テーブルの下で遊ぶともなく遊んでいたにんじんは、立ちあがって、おどおど答える。
 「でも、ママ。ぼくだってこわいよ」
 「なんだって?」と、ルピック夫人。「大きななりをした男の子がねえ! 冗談(じょうだん)じゃないよ。さあ、さあ、早く行っておいで!」
 「知ってるわよ。この子は、おすの山羊(やぎ)みたいに気が強いのよ」と、姉のエルネスチーヌ。
 「世の中にこわいものなしってやつさ」と、兄きのフェリックス。
 こうおだてられて、にんじんは得意になり、このおせじを無にしては恥ずかしいとばかりに、もう、ひるむ心とたたかっている。勇気をつけようと、とどめの一撃(いちげき)、行かなきゃ、ごほうびにほっぺたをぴしゃりだよ、と、母親が言う。

……《めんどり》より


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