「女房学校」

モリエール/金川光夫訳

ドットブック版 115KB/テキストファイル 48KB

400円

アリスト、スガナレルの二兄弟は、それぞれみなし児の姉妹をもらい受け、いずれは妻にするつもりで育てている。アリストは初老の男だが、ものわかりのいい人物で、相手を信頼して、自由気ままな生活をさせているが、弟のほうは頑固者で、女性の良識を認めようとせず、きびしい態度で相手の意志を押さえつけようとする。結局、アリストは、幸福な結婚にゴール・インするが、スガナレルは振られ男となる。モリエールが女性教育はいかにすべきかという問題をとりあげた最初の作品であり、興行的にも大成功を収めた。

モリエール(1622〜73)フランスの劇作家・俳優。パリ生まれ。オルレアン大学で法学士になるが、劇団を結成して俳優の道をえらぶ。破産して投獄され、その後十年あまりは旅回り役者。58年パリにもどってルイ14世の御前公演で大成功、以後数々の名作喜劇・笑劇を書き、フランス古典劇の完成者のひとりとなった。代表作「才女きどり」「タルチュフ」「ドン・ジュアン」「人間ぎらい」「守銭奴」「町人貴族」「女学者」など。

立ち読みフロア
【クリザルド】 じゃあ、帰って来られたのはあの女(ひと)と結婚するためというわけですか?
【アルノルフ】 ええ、明日じゅうには《かた》をつけようと思っています。
【クリザルド】 ここにいるのはわたしたち二人だけですから、お話ししたところで他人(ひと)に聞かれる心配はありますまい。ひとつ、友人として腹蔵のないところを申してみましょうか? そんなお考えは、あなたのためを思うと身ぶるいがします。どううまく事をお運びになったところで、あなたが結婚なさるなんて、どだい無茶ですよ。
【アルノルフ】 なるほど、するとあなたは、きっとご自身の悩みから推し量(はか)って、わたしどものことを心配してくださるんですな。結婚したら女房の浮気は避けられないと、こうお考えなんですな。
【クリザルド】 それはものの《はずみ》なんだから、誰にだって請(う)け合えません、心配するだけ野暮ですよ。だけどわたしがあなたのために心配するのは、例のあなたの嘲弄癖(からかいぐせ)、なにしろ大勢の亭主どもがさんざんな目にあわされたんですからね。ご承知のとおり誰一人、あなたの毒舌の槍玉に挙げられなかった者はないじゃありませんか。あなたときたら行くさきざきで、内証ごとをばらすのが何よりお好きで……
【アルノルフ】 いいじゃありませんか、だってこれほど辛抱強い亭主の多い町が世界じゅうにありますかい? 女房にすっかり丸めこまれた連中がうようよしてるじゃありませんか? ある亭主はせっせとお金をためる、それを女房が男にみつぐ、これで亭主に角(つの)が生えなきゃうそですよ。これほどみじめじゃないまでも、負けず劣らず恥さらしなのは、女房が毎日男から贈り物をもらうのを見ていながら、これはわたしの人徳よ、なんて言われると嫉妬する気にもならない亭主でしょうな。やたらと騒ぐばかりで骨折り損の亭主もいれば、当たらず触らずほっといて、若い燕(つばめ)が訪ねて来ると、礼儀正しく手袋や外套を脱がしてやる亭主もいます。女房のなかにはしたたか者がいて、情夫のことをいい加減につくろって告げ口をする、気のいい亭主は真(ま)に受けて、まんまとそれに引っかかり、枕を高く高いびき。おまけに無駄骨折ってご苦労と相手の男を憐れんでいる。派手な暮しの言い訳に、自分のつかうお金ぐらいは賭けごとで儲(もう)けますわという女房もある。とんまな亭主はどんな賭けごとか考えもせず、女房の儲けを神様に感謝している。つまりですな、いたるところに諷刺のたねがころがっているんです。これを見て笑わずにいられますかい? こんな間抜けの亭主どもをわたしが……
【クリザルド】 ごもっとも、だけど人を笑えば仕返しをされる怖れがありますぜ。世間とは口うるさいもので、退屈しのぎに何でもかんでも言いふらします。しかしわたしは、どこでどんな噂話を耳にしようと、そんなことで得意がったためしはないですな。その点わたしはごく控え目なんです。そりゃわたしだって、時には手ぬるい連中を非難することもありますし、よその亭主がじっとこらえているのを黙って見ているつもりもありません。だがそんなことをいい気になって言いふらしたためしはないですよ。悪口を言えば仕返しが怖いですし、それに、そんな場合、おれならこうするとか、そんなことはしないとかと大見得(おおみえ)を切ったりするもんじゃないですからね。わたしにしても、どんな運命に見舞われるか知れませんが、何か嫌な目にあったとしても、わたしのやり方なら、人はきっとこっそり笑うだけで済ましてくれましょう。そのうえ、もしかしたら、わたしの身の上を気の毒に思ってくれる親切な人もいるかも知れません。ところがあなたの場合ときたら、そうは問屋が卸(おろ)しますまい。くどいようですが、あなたは危い橋を渡ることになりますぜ。つらい思いをしている亭主どもに、のべつ毒舌を浴びせかけて来たんですから、世間じゃあなたのことを手のつけられない悪魔だと思っています。ひとのそしりを受けたくなかったら、そつのないようになさることですな。ちょっとでも尻尾をつかまえられたら、それこそ町じゅうの人から囃(はや)し立てられますぜ、それに……
【アルノルフ】 いやなに、ご心配はご無用。よっぽどずる賢(がしこ)い奴ででもなけりゃ、わたしの尻尾はつかめませんや。女が男をだますときのあの手この手も、男が女の手練手管(てれんてくだ)にどうやってひっかかるかも、こっちは先刻ご承知なんですからね。細工は流々(りゅうりゅう)、抜かりはありません。それに、わたしが女房にしようという娘は無邪気一点張りで、わたしの顔をつぶす気遣いなんて毛頭ないんですよ。
【クリザルド】 すると、どうだっておっしゃるんです? ひとくちで言ったら馬鹿な女は……
【アルノルフ】 馬鹿な女と結婚するのは、間抜けな亭主にならないためです。正直なところ、あなたの奥さんは賢いかたでいらっしゃる。しかし女の賢(さか)しいのは悪い前兆なんでして、なまじ才気走った女を娶(めと)ったために、ろくな目にあってない連中がたくさんいるんですぜ。かりにわたしが才媛を女房にするとしましょう、女房の話すことといったらクラブやサロンのことばかり。散文やら韻文やらで恋文を書く。おまけに家へは侯爵さまだの文人だのが訪ねてみえる。ところがわたしのほうは、奥さまのご亭主という名のもとに、誰からも相手にされぬまま聖人みたいな顔をしていなくちゃならん。冗談じゃない、そんな高尚なおかたはご免こうむりますよ。ものを書く女なんてのは要(い)らんことまで知ってるものですからね。ま、わたしの求める女房は無知蒙昧(もうまい)で、韻とは何かさえ知らない女です。韻探し(コルビヨン)〔語呂合わせに似た遊びで、Que met-on dans mon corbillon という問に対し、一座の者が順番にon で終る語で答えては次へ回してゆく)をして遊ぶとき、「あなたは何を入れますか?」ってきかれたら、「クリーム・パイ」と答えてもらいたい〔コルビヨンには小さい籠という意味もある。従って右の問は「わたしの小籠に何を入れますか?」の意にもとれる〕。つまり、まったく無知な女ってことですな。あなただからはっきり申しますけど、女房なんてものは神様にお祈りができて、わたしを可愛がってくれて、お裁縫でも知っていたら、それでたくさんじゃありませんか。
【クリザルド】 馬鹿な女に首ったけってわけですな。
【アルノルフ】 才気走った美人よりは、馬鹿で醜い女のほうがよっぽどましですよ。


……第一幕 第一景より


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