「O・ヘンリー短編集(2)」

O・ヘンリー作・大久保博訳

ドットブック版 209KB/テキストファイル 112KB

400円

「庶民の文学」の第一人者、O・ヘンリーの代表作続編。この巻には「最後の一葉」「賢者たちの贈り物」など最も有名な作品のほか、今なお多くの人に愛され続けている「馭車台から」「ポリ公と讃美歌」「お好み料理の春」「運命の衝撃」など10編の作品を収録している。
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    馭者(ぎょしゃ)には馭者としての物の見方がある。それはおそらく、ほかのどんな天職に従っている人の見方よりも一途(いちず)なものだと思う。馬車(ハンサム)の高い、ゆらゆらと揺れ動く馭者台から見れば、世の中の人間なんてみなそこいらをウロチョロしている微粒子(びりゅうし)みたいなもので、何の価値もない存在なのである。ただし、その微粒子がどこか遠くへ行きたいという気持ちをおこしたときは別であるが。そのときでも馭者はエヒウであり、みなさんは運送貨物なのである。たとえみなさんが大統領であろうと、ゴロツキであろうと、馭者にとってはただ運賃をはらってくれるもの、にしかすぎないのである。馭者はあなた方を乗せ、ムチをならし、あなた方の背骨をゆさぶり、そしておろすだけのことである。
  運賃を支払うときになって、もしみなさんが、公定料金は先刻承知だぞというような態度を見せようものなら、軽蔑というものがどういうものであるか、とくと知るようになる。また、財布(さいふ)は家に忘れてきてしまったなんていうことになろうものなら、あの ダ ン テの想像力でさえまだまだ生温(なまぬる)いものだということをいやでも思い知らされるにちがいない。
  別に途方もない理屈から申しあげるわけではないが、馭者が一つの目的にひたむきであったり、人生について凝(こ)り固まったような見方をしたりするのは、それはその馬車の独特な構造のためからのようである。この棲木(とまりぎ)の雄鳥(おんどり)は、地上高く、さながらゼウス大神(おおみかみ)のごとく最高の座に鎮座(ちんざ)ましまし、二本の気まぐれな革ひものあいだにみなさんの運命をにぎっている。ほかになす術(すべ)もなく、愚にもつかぬ恰好で、閉じこめられたまま、まるでおもちゃの首ふり人形よろしくピョコピョコと頭をさげながら、みなさんは罠(わな)にかかったネズミのようにすわっているのである……固き大地に立ちてありせば、執事たちから深々と頭をさげられる身のみなさんでさえもですぞ……そしてこのゆれ動く棺(ひつぎ)のわずかな隙間から天上をあおいで、チューチューとあわれな声で自分の願いを聞いてもらわなければならないのである。

……《馭車台から》より  


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