「ワインズバーグ・オハイオ」

シャーウッド・アンダスン/山屋三郎訳

ドットブック 305KB/テキストファイル 190KB/原書テキスト版 157KB(300円)

500円

アメリカ中西部オハイオ州の一つの町(ワインズバーグ)に住む何でもない普通の人々の心にかくされた秘密の世界が、若いジャーナリストのジョージ・ウィラードを仲介役として、つぎつぎとあばきだされ、いつしかそれらはグロテスクな姿をさえとってくる。発表と同時に大きな注目をあび、以降もアメリカ文学を代表する作品として読み継がれている傑作。

アンダスン(1876〜1941) アメリカ中西部オハイオ州の小都市カムデンの生まれ。父は馬具製造販売商だった。シカゴの広告社につとめながら、作家をめざし、一時ビジネスにも従事したが、1919年に書いた「ワインズバーグ・オハイオ」で認められ、以後作家生活に専念、短編の名手として知られた。ヘミングウェーに大きな影響をあたえた。

立ち読みフロア

 オハイオ州ワインズバーグの町に近く渓谷のはずれに立った小さな木造家屋のなかば壊れかかったベランダの上で、小柄に太った男があちこちいらいらと歩きまわっていた。クローバーの種をまくのだが、おびただしい黄色芥子草《からしぐさ》を生《お》いしげらせるだけにすぎない。長くひろがった畑のかなたには公道が見渡せて、今しも畑がえりの苺《いちご》摘み人足たちを満載した馬車が通っていた。若者や娘の苺摘み人足たちは喧騒《けんそう》のうちに笑いさんざめいた。青シャツをまとった少年が馬車から飛び降りると娘の一人を引きずりおろそうとした。すると、乙女たちは金切り声をあげて、甲《かん》高くそれをののしった。路上の少年の足から蹴り上げられる塵埃《じんあい》の雲が斜めに流れて夕陽《ゆうひ》の面をかすめた。長い畑を越えて、か細い、乙女らしい声が聞こえた。
「さあ、つばさのビッドルバウムさん、髪をくしけずりなさい。眼に入るわよ」それは頭の禿げ上った、むき出しの白い額を、あたかも山なす乱髪でもくしけずるように気ぜわしげな小柄な手でなで上げている当のその男にむかって投げられた声だった。
 たえまなくおどおどと恐ろしい疑惑の念にせめさいなまれているつばさのビッドルバウムは二十年来住みなれた町ではあったが、決して自分をその町の生活の一部だとは考えなかった。あらゆるワインズバーグの人々のうちで、彼に近よった者といえばただ一人きりだった。新しいウィラード・ハウスの持主トム・ウィラードの息子ジョージ・ウィラードとだけは、彼は友だちといえそうな間がらになっていた。ジョージ・ウィラードはワインズバーグ・イーグル社の記者だった。そして夕べになると時おり、つばさのビッドルバウムの家へやって来た。ところで老人はベランダの上を歩きまわりながら、両手をいらだたしげに動かして、ジョージ・ウィラードがやって来て一夕をいっしょに過ごしてくれればいいのにと願うのだった。苺摘み人足たちを満載した車が行ってしまうと、彼は丈の高い芥子草の中をぬけて畑をこえて行った。そして木の柵によじ登ると気がかりそうに路《みち》にそって町の方をうかがった。しばらく両手をこすりあわせながら路をあちこちながめて、そこに立ちつくした。それから急に恐怖に襲われて家へ走りかえると、彼はふたたび自分の家のべランダを歩きまわりはじめるのだった。
 二十年の間、町の謎であったつばさのビッドルバウムもジョージ・ウィラードの前ではその臆病さをいくらか失って、彼の疑惑の海の底に沈められていた影のような個性が、世の中をのぞき見ようとするように頭をもたげてくるのだった。年若い記者が彼のそばにおりさえすれば、彼はまっ昼まの本町通りを歩くことも辞さなかったし、また興奮して語りながら彼の家の前のゆらゆらしたべランダの上を大またに歩きまわるのだった。低くふるえを帯びた声も鋭く甲高くなった。前かがみにかがみこんだ彼の背もまっすぐに立つのだった。漁師に捕えられた魚がふたたび小川に放たれたときのように、一種のたくるように沈黙の人ビッドルバウムは語りはじめた。沈黙の永い年月のあいだ彼の心のうちに積みあげられた種々さまざまな考えを言葉に表わそうともがくのだった。
 つばさのビッドルバウムは多くのことを彼の手で語った。きゃしゃで表情的なその指は、つねに活動性にとんでいて、つねにポケットのうちや、彼の背のうしろにかくれようとつとめながらも、ひとたび現れれば彼の表現機械のピストン棒となるのであった。
 つばさのビッドルバウムの物語は手の物語である。両手のたゆむことのない活動は、たとえていえば籠《かご》の鳥の羽ばたきにも似て彼の名前となった。町のある無名詩人がそれを考えついたのである。彼の手はその持主を恐怖させた。彼はつねにその両手を人目にふれないようにつとめた。そして彼のかたわらの畑中で働く人々や、あるいは田舎道を眠そうな牛の群を駆りたててすぎてゆく人々の、静かな表情のない手を驚異の眼でながめるのであった。
 ジョージ・ウィラードと話を交わす段になると、つばさのビッドルバウムは手を握りしめて、テーブルでも、あるいは彼の家の壁でも、あたりかまわずに打ち叩《たた》いた。叩くことがますます彼を楽しくした。二人で野原の中を歩いているうちに、何か話したいことを思いつくと、彼は木の切り株や、柵の頂板を探しだして、いそがしげにそれを叩きながら、あらたまった心やすさで語りはじめるのだった。
 つばさのビッドルバウムの手の物語はそれ自身一冊の書物にする値うちさえもっている。心をこめて書きあらわせば、それは必ずや、世に埋もれた人々のかずかずの奇異で美わしい人間性を展開して見せることだろう。それは、詩人の仕事である。だが、ワインズバーグでその手が人目をひいたのは、その働きのせいだった。つばさのビッドルバウムはその手でゆうに一日百五十クォートもの苺を摘んだものだ。両手は彼のすばらしい特長となって、彼の名声の源をなした。それにその両手は、そうでなくてさえグロテスクな捉えがたい人間を、さらにグロテスクにした。ワインズバーグの人々がつばさのビッドルバウムの手を誇っていたといえば、それはとりもなおさず彼らが、銀行家ホワイト氏の石造りの新しい家を誇り、またクリーヴランドの秋の競馬で二分十五秒クラスの速歩《トロット》に優勝したウェズリー・マイヤーの栗毛の種馬トニイ・チップを誇っていたのとまったく同じ気持だったのである。
 一方、ジョージ・ウィラードはいくたびとなくその手について質問してみたいと思った。ときにはほとんど圧倒的な好奇心におそわれることがあった。その手の不思議な働きと、そしていつも人目につかれまいと、おどおどしている様子には、何かいわれがあるに違いないと感じられた。しかし、つばさのビッドルバウムにたいしてしだいに芽生えてきた尊敬の念のために、彼の心にしばしば浮かぶ疑惑の念も口にすることができなかった。 ……「
手」冒頭より


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