「岡っ引どぶ(2)」

柴田錬三郎作

ドットブック版 184KB/テキストファイル 95KB

300円

柴錬痛快捕物帖第2弾! 本巻には長編「大凶祈願」を収める。

柴田錬三郎(1917〜78)岡山県生まれ。慶大支那文学科卒。在学中から「三田文学」に作品を発表しはじめ、「イエスの裔」で直木賞受賞。「眠狂四郎無頼控」で一躍、時代小説の第一人者、人気作家となった。代表作には「剣は知っていた」「赤い影法師」「柴錬立川文庫」の連作などがある。
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  白い浴衣(ゆかた)に洗い髪
  土手の柳が夜風にゆれて
  まねくその手の
  やれおそろしや
  と見りゃ、どっこい
  河うそ、うそうそ、うその皮
  剥(は)いで、蹴とばしゃ
  どぶんと落ちる神田川
  あと白波と、去(う)せにけり


 いい調子で、口から出まかせを唄いながら、《どぶ》が、ひょいと、首を突っ込んだのは、浅草花川戸の戸沢長屋の木戸口にある質屋であった。
 秋風の立った宵の口で、長屋からは雑多な煮もの焼きものの匂いが、流れ出て来ていた。
「おかみ、いねえか?」
 小声で呼んだが、返辞がないので、すっと入り込み、首をのばして、
「結界の銭函をそのままにしておいたら、無用心じゃねえか。おい、いねえか」
 と、云いつつ、上って行き、
「結界、どこかい、二階かい。それとも、お上(かみ)が、下(しも)とは、こりゃ、どうかい。へへ、尿(いばり)散らすも、下の中、と来た」
 奥の四畳半の唐紙を、がらっとひきあげたとたん、
「おっ!」
 と、《どぶ》は、目をひき剥いた。
 山伏ていの、総髪切り下げ、白衣の男が、この質屋のお内儀を、仰臥(ぎょうが)させ、あられもなく、下肢を大の字にひろげさせて、途方もなく大きな珠数(じゅず)で、その恥部を撫でながら、なにやら、ぶつぶつと、呪文めいたことを、となえている最中であった。
 お内儀は、恍惚(こうこつ)の境をさまようているような表情であった。
「この野郎!」
《どぶ》は、山伏の腰を蹴とばして、つんのめらせた。
「な、なにをいたす!」
 山伏は、真っ赤になって、《どぶ》を睨みつけた。
「いたす、はそっちだろう、このド助平め! さっさと去(う)せろ。ぐずぐずしてやがると、ふんじばって、番屋へしょっぴくぞ!」
《どぶ》は、懐中の十手をひき抜くと、山伏の鼻さきへ、突きつけた。
 ぎょっとなった山伏は、あわてふためいて、おもてへ逃げ出した。
《どぶ》は、みだれた衣類をつくろうお内儀を、冷やかに見下して、
「丁稚を使いに出したチョンの間に、山伏をひきずり込んで、ご開帳とは、おそれ入りやした」
 と、あびせた。
 そういう《どぶ》自身、この質屋の後家を半年前に、手ごめ同様に《もの》にして、月に二度か三度、やって来て、弄(もてあそ)んでいたのである。
 大きな口がきけた立場ではなかった。
「あたしゃ、なにも、悪いことなんかしていないさ」
 お内儀は、ふくれ面で、云った。
「あられもねえざまをさらけ出して、なにも悪いことは、していねえと仰せられるのか」
《どぶ》は、首をふった。
「そうさ。あたしゃ、ご祈祷(きとう)してもらっていただけじゃないか。お前さんが、見た通りさ」
「成程な。ご祈祷というやつも、いろいろあるものだな。女の大切なところを、珠数でなでまわされるご祈祷があるのけえ?」
「あたしのからだの中に、犬神様が忍び込んだ、というのさ。それを追い出してしまわないと、商売はあがったり、男も――お前さんのことだよ――逃げる、というんで、あたしゃ、はずかしいのを、じっとがまんして、ご祈祷してもらってたのじゃないか」
「ちょっ!」
《どぶ》は、舌打ちした。

……「第三話 大凶祈願」冒頭より


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