「オリヴァ・トゥイスト」(上)

ディケンズ/北川悌二訳

ドットブック 775KB/テキストファイル 215KB

500円

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オリヴァは貧民院で生まれた孤児だった。あるときオリヴァは、孤児仲間からクジで代表に選ばれ、薄い粥(かゆ)を「もう一杯ください」と哀願する。たちまちオリヴァは反逆児とみなされ、葬儀屋に払い下げられる。だがいじめにあって、ついに意を決して脱走を企てた。めざすは大都会のロンドンだ。しかし途中で知り合った若い男の案内でたどり着いたロンドンは……無垢な少年の、幸福を求める姿を描いたディケンズの名作。ドットブック版には、19世紀の英国を代表する挿し絵画家クルックシャンクの手になる原書挿し絵をいれてある。

チャールズ・ディケンズ(1812〜70)英国ポーツマスに生まれる。幼い頃から本好きで向学心の強い少年だったが、貧窮のため独学。議会報道記者として経験を積み、「ボズのスケッチ」を手始めに小説を書きはじめる。以後、ユーモアを交えた哀感のこもった作風でヴィクトリア朝の代表作家になった。社会悪に対する告発は、革命なしの社会改革に貢献したとも評される。代表作「ピクウィック・ペイパーズ」「オリヴァ・トゥイスト」「デヴィッド・コパーフィールド」「二都物語」「骨董店」「クリスマス・カロル」など。

立ち読みフロア

 さまざまの事情からその名はあげず、架空の名もつけずにおくが、ある町の公共施設には、大なり小なりたいていの町に古くから伝わる共通な施設がある。すなわち、教区貧民院である。そして、この貧民院で、ある日、この章の巻頭にその名をかかげられた人物が生まれたが、その出生日について、ここでわざわざそれを示すのは、やめることにしよう。とにかく、この話のいまの段階では、読者にとって、それが重要なものとは、思えないからである。
 教区の医者の手で、嘆きと苦しみのこの世に生みだされてからずっとながいこと、この子が名前をもつようになるまで成長するかどうかは、大いに疑問を投げられていたことだったが、もし子供が死ねば、こうした伝記は、おそらく書かれなかったであろう。また、書かれたにしても、それは二ページにもならぬもの、いかなる時代・国の文学にも存在しないほどの簡潔で忠実な伝記という、この上なく貴重な価値をもつことになっただろう。
 貧民院で生まれた事実そのものが、人間の身にふりかかる最大の幸福、うらやむべきことと主張する気は、さらさらないが、この話の場合には、これは、オリヴァ・トゥイストにとって、ねがってもない最高のことだった。事実、オリヴァに呼吸の仕事をさせる困難な仕事――これは面倒な習慣で、楽に暮らすにぜひ必要なことだが――があり、しばらくのあいだ、毛くずを入れた小さな布団(ふとん)の上で、あえぎながら、この世とあの世のあいだを不安定に往き来し、あやうくあの世ゆきをするところだった。さて、この短い期間に、オリヴァが気のつくお祖母(ばあ)さん、案じてくれる叔母(おば)さん、経験のある看護婦、深い知識をたくわえた医者に見守られていたら、彼が間(ま)もなく死亡したであろうことは、まちがいのないこと、疑問の余地のないことだった。しかしながら、そばにいるものといえば、ただビールをふだんよりもっとひっかけて酔眼朦朧(すいがんもうろう)とした貧民院のお婆さんと、こうした仕事をうけおいでやっている教区の医者だけだったので、オリヴァと生命力は、自分の力だけで、この生死の戦いを戦いぬいた。その結果、少しもがいたあとで、オリヴァは呼吸をはじめ、くしゃみをし、三分と十五秒よりもっとずっとながいあいだ、言葉という好都合な道具をもたぬ坊やの赤ん坊から期待し得るかぎりの大きな泣きわめきをたてて、その教区に新しい負担を増した事実を、貧民院の住民に知らせた。
 オリヴァの肺臓がこの自由で適切な活動の最初の証(あか)しを立てたとき、鉄の寝台の上に無造作(むぞうさ)にかけられたつぎはぎだらけの掛け布団(ぶとん)がかすかな音をたて、若い女の青ざめた顔が枕から弱々しく上げられ、かすれた声で「死ぬ前に赤ちゃんの顔を見せて」とうつろにいっていた。
 医者は暖炉に顔を向けて坐り、手のひらを炉にかざしたり、こすったりしていたが、この若い女がこういったとき、彼は立ちあがって、その枕もとにゆき、こうした場合には予想もできない親切さをこめて、こういった。
「ああ、死のことを口にするなんて、まだ早すぎるよ」
「まあ、かわいそうに、とんでもないことよ」いかにも満足気に隅で飲んでいた緑のびんを急いでポケットにしまいこみながら、看護婦は口をはさんだ。「かわいそうに、わたしくらいの長生きをし、十三人子供を生み、生き残ったのは二人だけ、しかも、その生き残りは、わたしといっしょに貧民院のお世話になるといったことになったら、そんな大さわぎはしなくなるよ。かわいそうに! ねえ、いい子だから、母さんになることがどんなことか、ちょっと考えてごらん」
 母親になることのよろこびを伝えたこの慰めの言葉が、相応な効果をあげなかったことは、明らかだった。患者は頭をふり、両手を子供のほうにのばした。
 医者は、赤ん坊を彼女の腕にだかせた。母親は冷たい、青ざめた唇を夢中で赤ん坊の額(ひたい)におしつけ、その顔をなで、あたりを狂気じみたようにながめまわし、身をふるわせ、最後にがっくりとして――死んでしまった。医者と看護婦は彼女の胸、手、こめかみをこすってやったが、血は永遠にとまったままだった。彼らは希望や慰めについて語ったが、それは、ずっとながいこと、彼女には無縁のものになっていたのだった。

……《
一 オリヴァ・トゥイストの生まれた場所とその出産事情について》より


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