「宇宙の孤児」

ロバート・A・ハインライン/矢野徹訳

ドットブック版 203KB/テキストファイル 111KB

500円

人々は、森、農場、廃墟、迷路などがある〈船〉が世界のすべてと信じて、種族ごとに生活を営んでいた。だが、この〈船〉は、遠い昔に人類がはじめて送り出した恒星間宇宙船だったのだ! 航行途上の反乱で航宙士のほとんどが死に絶え、長い年月のうちに〈船〉は中世的迷信の世界に変貌してしまっていた。しかし、ある日、一人の若者が〈船〉の中を探検しはじめ、真相を明らかにしょうとする……壮大無比な宇宙SF!

ロバート・A・ハインライン(1907〜88) SF界を代表する米国の作家で「SF界の長老」ともよばれる。作品を雑誌ではなく普通の新聞に掲載してSFの質の向上と大衆化に大いに貢献した。『宇宙の戦士』『太陽系帝国の危機』『異星の客』『月は無慈悲な夜の女王』でヒューゴー賞を4回受賞、米国SFファンタジー作家協会は初回のグランド・マスター賞をハインラインに授与した。火星には「ハインライン」と名付けられたクレーターがある。

立ち読みフロア
 二一一九年、ジョーダン財団に後援されたプロキシマ・ケンタウリ探険は、記録に残っている限り、この銀河系において地球の近くにある恒星へ到達しようとした最初の試みであった。その運命がどのように不幸なものになったかは、推測してみるほかないのであるが……
(フランクリン・バック著、ラックス出版社刊、定価三・五クレジット、『近代宇宙ロマンス』からの引用)

「気をつけろ! ミューティがいるぞ!」
 その叫び声にヒュウ・ホイランドは、さっとしゃがみこんだ。卵ぐらいの鉄の玉が、かれの頭をかすめ、隔壁にあたってグアーンと音を立てた。まともにあたれば頭蓋骨を粉砕したにちがいない勢いだった。あまり急いでかがみこんだので、かれの両足は床の鋼板から浮きあがった。身体(からだ)がゆっくりと甲板(デッキ)にもどる前に、かれは背後の隔壁に両足を押しつけて蹴飛ばした。かれは、ナイフを抜いてかまえたまま、通路を真横になって矢のように飛んでいった。
 空中で身体をよじったかれは、ミューティが攻撃してきた通路の曲がり角で、両足を向こうがわの隔壁にあててとめ、ゆっくりと通路におり立った。通路にはだれの姿も見えなかった。かれの二人の仲間は、臆病そうに床の鋼板をすべってきた。
「行っちまったかい?」
 アラン・マホーニイの言葉に、ホイランドはうなずいた。
「ああ……ハッチから降りてくるところをちらりと見たんだ。女みたいだったぜ。それに足が四本あったようだった」
 三番目の男は言った。
「二本足か四本足か知らないが、もうつかまえられないよ」
「だれがハフの名において〔こん畜生〕、あんなもの、つかまえたがるもんか……ぼくは厭だね」
 マホーニイはそう言いかえしたが、ヒュウ・ホイランドのほうは違っていた。
「ぼくはつかまえたいな……ジョーダンにかけて〔危いところで〕、もし狙いがもう二インチ近ければぼくは〈転換炉(コンバーター)〉行きだったんだからな」
 三番目の男はどうも気にくわないというふうに、口を出した。
「きみたち、神聖な言葉を使わずにしゃべれないのかい? もし〈船長〉に聞かれでもしたら、どうするんだい?」
 こいつは、船長と言うときに、うやうやしく自分の額に手をふれた。
 ホイランドはすぐに言った。
「おい、ジョーダンにかけて〔頼むから〕、そう堅苦しいことを言うなよ、モート・タイラー。きみはまだ科学者になっているわけじゃないんだぜ。ぼくだって、きみと同じくらいに信心深いんだ……ときどきは、感情に吐け口を作ってやっても、大した罪じゃないさ。科学者だってやってるよ。聞いたことがあるんだ」
 タイラーは、忠告しようと口を開きかけたが、やめておいたほうがいいと思いついたらしい。
 マホーニイはホイランドの腕をつかんで頼んだ。
「なあヒュウ、ここからもう離れようよ。ぼくら、いままでこんなに高いところまで来たことがないだろ、ぼくはこわいんだ……ちょっとは、足に重さが感じられるところまで、もどりたいよ」
 ホイランドはナイフの握りに手をかけたまま、かれを殺そうとしたものが消えていったハッチのほうを、いまいましそうに眺めていたが、やがてマホーニイのほうに向いてうなずいた。
「わかったよ、坊や……とにかく、下までは長い旅だからな」
 かれは、三人が現在いる階へやってきたハッチのところへ用心しながらもどってゆき、二人はそのあとに従った。それから、よじのぼってきた梯子(はしご)は使わずに、かれは十五フィート下にある甲板まで、ゆっくりと漂うように降りていった。タイラーとマホーニイは、すぐそのあとに続いた。そこから二、三フィートずれたところにあるハッチに入り、また下の甲板へ落下してゆく。下へ、下へ、下へ、まだまだ下へ三人は落下していった。
 何十階もの、無言の、薄暗い、神秘的な甲板(デッキ)。そのたびごとに三人の落ちかたは速くなり、すこしずつ着陸のショックは強くなっていった。
……巻頭より

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