「男の切れ味」(中)

小堺昭三著

ドットブック版 104KB/テキストファイル 43KB

300円

先の見えない時代に、男はいつ、どこで、どんな形で、自分の「切れ味」を発揮すればいいのか。時代と四つに組んだ稀代の切れ者たちの生きざまを描いたノンフィクション。副題「男論…先見力・着眼力・行動力の研究」。昭和を駆け抜けた作家、小堺昭三が、本巻では、「満鉄」の後藤新平、証券王国「野村」の野村徳七、「朝日新聞」の村山龍平の3人を切る!

小堺昭三(1927〜95) 福岡県大牟田市生まれ。株式新聞社に勤めたあと、火野葦平に師事して作家をめざす。1961年に「基地」が芥川賞候補作に、同年「自分の中の他人」が直木賞候補にもなった。梶山季之の推薦で「週刊文春」のルポライターに転進。以後取材記者としての経験を生かしたノンフィクション小説に取り組む。 代表作は「けむりの牙」「西武VS東急戦国史」「明治の怪物経営者たち」「カメラマンの昭和史」など。

立ち読みフロア

後藤新平
……「大風呂敷」といわれつつ「満鉄王国」の礎を築いたプロジェクトリーダー

「満洲経営」の立役者

 ――好悪はべつとして、ロッキード事件でつまずきさえしなければ、田中角栄も、現代の後藤新平になれたかもしれない人である。
 プロジェクト・リーダーとしては後藤のほうがスケールが大きいように見えるが、しかし日本が戦力をもっていた時代に海外においてやれたことであり、田中の場合は戦力なき現代だから国内でしか実現できなかった……そのハンディがある。いずれにしても田中がめざした「列島改造」は、後藤の「満洲経営」を原型としているようなものなのだ。
 プロジェクト・リーダーには意表をつくような独創性はいらない。すでに外国で成功しているものの模倣であってもかまわないし、それらの長所だけを活用してもよい。要は気宇壮大な理想や構想をいだき、先取り精神でもって多くのプロジェクターや専門家たちを演出し、統合しての実行力があるかないか……それが問題なのである。後藤の「満洲経営」には外国にその手本があったし、田中のは七十年前の後藤のそれを活かして、手本にしようとしたところがある。
 後藤が南満洲鉄道株式会社(満鉄)の初代総裁に就任したのは明治三十九年一月。
 日露戦争に勝ってポーツマスにおいて日露講和条約が締結され、日本が得たものは「韓国にたいする指導権」「旅順と大連の租借権」「南樺太の割譲」「カムチャツカにおける漁業権」、それと「満鉄の譲渡」のみ。「一ピシャージの土地も一ルーブルの金も渡さん」とするロシアのほうが逆に、この講和会議では堂々たる勝者になったのである。勝たせてやったのが伊藤博文であることは、さきに書いたとおりだ。
 政府のなかには「ガラクタのごとき満鉄をもらっても仕様がない」とする空気があったし、講和条約締結直後にアメリカから鉄道資本家のハリマンが来日、このように政府に申し入れた。

満鉄初代総裁に

「満鉄をそっくり、わたしに売ってくれないか。人口のすくない荒野ばかり走る、あんな鉄道では経営は赤字つづきですよ。ロシアがその気になってもういちど、貴国に戦争しかけてくれば、たちまち破壊されるだけです」
「そう言うあなたはどうして、赤字にしかならぬ満鉄を買収したがるのです? そのメリットは何なのですか?」
「わたしには巨大な夢がある。世界のレールをわたしの経営する鉄道会社で独占し、一本につないでみたい。それを実現させるためなら、いくら高くとも買収費用など惜しくはありません」
 アメリカ人はもの好きだな、と総理の桂太郎は苦笑しながら、さっそく予備協定覚書なるものをハリマンと交換した。
 そこヘポーツマスから外相の小村寿太郎が帰ってきた。覚書を交換したと聞かされるとかれは猛反対した。アメリカのもう一人の財閥モルガンが「満鉄経営のために心要な資金を日本政府に貸してもよい」と言ってくれているからで、桂太郎はハリマンに覚書中止を通告しなければならなかった。
 最初、政府は満鉄を国営にするつもりであった。だが、それでは世界の列強が納得しないし、当のロシアも「満鉄は譲与するが、その所有権はあくまでも清国政府にある」として、意地わるく、清国の承諾をもとめるよう講和条約のなかに規定していた。

……「後藤新平」冒頭より

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