「音なし源捕物帳」(巻二)

笹沢左保作

ドットブック 224KB/テキストファイル 77KB

300円

 文政三年も、初秋を迎えていた。
 凄まじいほどの賑わいと盛況を呈する八月十五日の深川八幡の祭礼も無事にすんで、名月を観賞する時期もすぎた。土手下の芒(すすき)の穂が重そうに感じられ、栗飯(くりめし)を食べたくなる季節となった。
 深川や本所の町並みに、ふと初秋の寂寥(せきりょう)感を覚えたりするこのごろだった。活気に溢(あふ)れた行事が終わり、何となく気抜けするような初秋の訪れであった。しかし、そうなったからと言って、退屈するほどの平穏無事な日々が続くわけではない。現に、人が殺された。…「花嫁狂乱」冒頭

本巻には「遠い音」「花嫁狂乱」「鬼の貌(かお)」「黄金の仏像」「雨吹き風降る」の5編を収めた。

立ち読みフロア

 粘るような日射しが、ねっとりと肌に絡みつく。不快な蒸し暑さだった。晴れ渡った青空で、雲は遠くの積乱雲だけである。もう少しカラッとした暑さにならないものかと、誰もが愚痴を洩らしたくなるような昼下がりであった。
 地上はどこを見ても、白っぽかった。その白っぽい明るさが眩(まぶ)しくて、思わず顔をしかめてしまう。乾ききった道に、人影はなかった。
 働きに出た男たちはともかく、女や子どもは家の中に引きこもっている。好んで、炎天下に出ることはなかった。汗はかいても家の中で、ごろごろしているほうがいくらかでもマシなのである。
 白昼の静寂だった。柳の木なども、ぐったりと枝を垂れている。無人の通りで思い出したように動くのは、商家の暖簾(のれん)かお休み処の幟(のぼり)ぐらいのものだった。
 元気がいいのは、油蝉(あぶらぜみ)だけである。あちこちで合唱し、あるいは呼応して、油蝉がここを先途(せんど)と鳴きまくっている。江戸の町が、油蝉に支配されているようだった。
 しかし、人間がまるで、姿を見せなくなったわけではない。場所によっては、例外もある。その例外の場所というのが、両国の回向院界隈に二か所あった。
 一か所は、回向院裏の松林の中だった。そこには、三十人からの男女が集まっていた。大半が物見高い野次馬連中で、頼まれもしないのに足を運んで来ているのである。
 蝉の音に煽(あお)られるように忙しく汗を拭いながら、野次馬たちは人垣を作っていた。人垣の中には、二人の手先を連れた岡っ引の姿があった。
 本所深川に広い縄張りを持っていて、顔役としても通っている岡っ引、回向院の文次郎だった。回向院の文次郎と二人の手先は、男の死骸の傍らにしゃがみ込んでいた。
 死骸の男は三十前後で、遊び人ふうに見えた。肩先から胸にかけてと、腹の真ん中に黒々と凝固した血の跡があった。肌の色が、青黄色くなっている。
 死んで間もない仏ではなかった。子どもが死骸を見つけたのはつい先刻だが、男が殺されたのはおそらく昨夜のうちだったのだろう。手先のひとりが群がる蝿を追い払いながら、死骸にすっぽりと蓆(むしろ)をかぶせた。
 もう一か所大勢の人々が集まっているのは、両国川の垢離場(こりば)であった。回向院の門前である。五、六十人が、両国川の水に浸(つ)かっていた。
 男も女も全裸で、乳のあたりまで水の中に身を沈めている。七日の千垢離と言われていて、一日に千回、七日で七千回の水垢離であった。
 水の中に身を沈めては、元どおりに立つ。それで一回、水を浴びたということになるのである。手には藁(わら)で作った銭緡(ぜにさし)を、持つことになる。

 さんげさんげ、六根罪障
 おしめにはったい、こんごう童子
 大山大聖不動明王、石尊大権現
 大天狗小天狗……

 大声でそう唱えながら、垢離を取るのであった。その大合唱も、さすがに隅田川を越えることはなかったが、両国橋の上までは聞こえたという。
 こうした信心が盛んだった文政三年の夏のことである。もっとも、この蒸し暑さでは水苦行が、かえって楽になる。水浴びをしているのと、変わりないからであった。
 その水垢離の大合唱が微(かす)かながら、回向院裏の松林の中まで聞こえる。信心と人殺し、この奇妙な取り合わせだけに、大勢の人たちが集まっているのだった。
 人垣が割れて、小者を従えた回り方の同心が姿を現わした。三つ紋付きの絽(ろ)の黒羽織に着流し、髷(まげ)を小銀杏(いちょう)に結い、博多の帯に雪駄ばき、大小の刀のほかに朱房(しゅぶさ)の十手を背中に差し込んでいる。八丁堀の旦那独特のスタイルであった。
「お役目、ご苦労さまでございやす」
 立ち上がった回向院の文次郎が、苦虫をつぶしたような顔に、何とか愛想笑いを浮かべた。
「うん」
 軽く頷いて、同心は十手の先で蓆を持ち上げた。
「刀傷でござんすね」
 文次郎が一緒になって、死骸を覗き込んだ。
「肩口に斬りつけておいて、腹を刺しやがったな」
 およそ武士らしくない、伝法な口のきき方をするのも、回り方同心の特徴の一つであった。
「昨夜遅くなって、殺(や)ったもんでござんしょう」
「血糊(のり)の固まりようから推して、そんなところだろうよ」
「こんなところへ連れ込んだんですから、下手人は仏の顔見知りでござんすよ」
「仏の身許は、割れたのかい」
「へい。つい目と鼻の先、小泉町の伝兵衛長屋に住んでおりやした定吉って左官職人で、年は三十一と喰(くら)っておりやすが気ままな独り身で……」
「壁塗り職人かい。それにしちゃあ、崩れた感じだぜ。遊び人かと、思ったがなあ」
「まあ、遊び人も変わらなかったようでござんすよ。この半年、仕事もしねえで、ぶらぶらしていたそうなんで……」
「そいつは、どういうわけだい」
「この正月に、怪我を致しやしてね」
「普請場でかい」
「足場の組み方が悪くて、崩れ落ちたんでござんすよ。そのために定吉は、右腕の骨を痛めやしてね」
「仕事にならなくなったんだな」
「へい。それで親方が月々の、食い扶持(ぶち)をくれてやることになったそうでしてね。まあ、定吉のほうも食うには困らねえってわけで、遊んで暮らしていたんでござんしょうよ」
「だがな、文次郎」
「へい」
「仏の右腕が、不自由とは思えねえぜ。こうして右手に、手拭いを握っているじゃあねえかい」
「へい」
「手拭いを使えるのは、右腕が自由に動くってことの証拠だ」
「それが旦那、七日前から定吉の右腕が急に動くようになったんでござんすよ」
「骨を痛めていたんだろう」
「折った骨がそのまま、言うことを聞かなくなっちまったそうで……」
「それが、いきなり治っちまったというのかい」
「へい」
「そんな馬鹿な……」
「ところが旦那、本当の話なんでござんすよ。実は、霊験あらたかっていうやつでしてね。ありがてえ霊験のお陰で、定吉の右腕があっという間に動くようになったんで……」
「何の霊験だい」
「旦那も、お聞き及びでござんしょう。八日前から亀沢町の町道場を借りて、祈祷をしている修験者(しゅげんじゃ)でござんすよ」
「うん。風善坊、雨善坊なる二人の修験者のことは、耳にしているがな」
「いやはや、もう大変な評判でしてね。十日間に限り、病を治癒させるための祈祷をする。銭もお供物も、一切いらねえ。そのうえ、定吉をはじめ五人の病人と怪我人が、その霊験によってピンピンしちまったんですからね。もう一日に何十人という男女が押しかけて、大した人気だそうでござんすよ」
「そうかい」
「考えてみりゃあ、定吉ってのも気の毒な野郎で……。せっかく、五体満足になれたってえのに、七日後にはこの始末だ」
 文次郎はどういう意味があってか、大きく舌打ちをした。水を浴びたように、汗をかいている。不機嫌を売り物にしている文次郎にしてみれば、不快感を露骨に示さずにはいられない暑さなのだろう。
「まあ、仏の身近な者、伝兵衛長屋の住人から洗ってみるんだな。それに、刀を使える者に目を光らせるんだ」
 回り方の同心は、蝿を追い払いながら歩き出した。
「ご苦労さまで……」
 同心の後ろ姿に、文次郎が頭を下げた。小者を従えた同心は、人垣の中へ消えた。文次郎は手先たちに、死骸の取り片付けを命じた。三十人からの野次馬連中が、何となく去り難いというように佇(たたず)んでいる。
「いいかげんに、散ったらどうなんだい! 見世物じゃあねえんだぞ!」
 文次郎が、十手を振り回して、そう怒鳴った。野次馬たちは、慌てて松林の中に四散した。だが、ひとりだけ踏み留まって、好奇の目を光らせている男がいた。
「この野郎!」
 文次郎が腹立たしげに、その男のところへ歩み寄った。男はハッとなって、逃げ出そうとした。だが、間に合わなかった。文次郎に襟首を掴まれたその男は、荒々しく地面に引き倒されていた。
……「遠い音」冒頭

購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***