「オズの魔法使い」

ライマン・フランク・ボーム/ 高杉一郎訳

ドットブック版 298KB/テキストファイル 47KB

300円

カンザス名物の大竜巻に家ごと運ばれたドロシーは、見知らぬ土地にたどりつき、頭にわらの入ったかかし、心臓がないブリキのきこり、臆病なライオンたちと出会う。故郷カンザスに帰りたい一心のドロシーは、変わった仲間たちと、どんな願いもかなえてくれるというオズの魔法使いに会うために、エメラルドの都をめざす……世界中で愛され続ける魔法と冒険がいっぱいの物語。

ライマン・フランク・ボーム(1856〜1919)米国ニューヨーク州生まれ。小さいときからものを書くのが好きで、新聞記者をへて作家に。『オズの魔法使い』を代表とする「オズ」シリーズのほか、たくさんの児童書を書いた。

立ち読みフロア
 みなしごのドロシーは、カンザスの大草原で百姓をしているヘンリーおじさんとエムおばさんの家に、ひきとられてきました。おじさんの家は、広い広い草原のまんなかにたっている一軒家(いっけんや)で、どっちをむいてみても、ほかには一軒の家も一本の立ち木も見あたりません。
 たったひとつの部屋に、煮炊(にた)きをするかまどと、食器戸だながひとつ、食卓がひとつ、いすが三つ、ベッドが二つおさまっているだけの、とても小さな家でした。大きなベッドはおじさんとおばさんのもので、小さなベッドはドロシーのものでした。
 屋根裏部屋も、地下の貯蔵庫もありませんが、そのかわりに竜巻(たつまき)ぐらというのがありました。カンザスでは、どんな大きな建物でもふきあげて、やがてたたきつぶしてしまう大きな竜巻がときどきまきおこるのですが、そういうときに急いでにげこめるように、地中にほった小さな穴のことです。部屋のまんなかにあるあげぶたを上げて、はしごづたいにおりられるようになっていました。
 カンザスでは、つよい太陽がかんかんと照りつけるので、あたりは灰色にかわききって、草でさえ、緑があせて白ちゃけています。おじさんの家も、はじめはちゃんとペンキがぬってあったのですが、太陽と雨のために、いつのまにかペンキがはげおちてしまって、いまはあたりとおなじような灰色になっています。
 エムおばさんが、はじめてこの家へきたときには、よく笑う、若くてきれいなお嫁さんだったのですが、カンザスの太陽と風にさらされているうちに、すっかりふけてしまって、このごろはすこしも笑わなくなりました。
 ヘンリーおじさんは、朝から晩まではたらきづめで、口もめったにききません。
 ですから、この家へひきとられてきたドロシーが、あかるい声をたてて笑うと、エムおばさんは、「この子はなにがそんなにおかしいんだろう?」というような顔をして、いつまでもじっとドロシーの顔を見つめます。
 ドロシーだけが、青白い顔なんかにはならずに、いつでも笑い声をたてているのは、トトがいるからです。トトというのは、長い絹糸のような毛をふさふさとたらした小さな黒犬で、おかしなかっこうをした鼻の両がわに、いたずらそうな小さい黒目を光らしていました。トトは、一日じゅうドロシーにじゃれついていますが、ドロシーのほうでも、トトをとてもかわいがって、いつでもその相手になっています。
 ところが、きょうにかぎって、ドロシーとトトはじゃれたり、ふざけたりしません。戸口の階段のところでは、ヘンリーおじさんが暗くなってきた空を心配そうにながめていますが、ドロシーも、トトをだいたまま戸口のところに立って、空をながめています。エムおばさんだけが、台所で皿をあらっていました。
 そのうちに、遠い北の方角から、低いうめき声が風にのって聞こえてきたかと思うと、草原の背の高い草がザワザワと大きな波をうって、いっせいに頭をさげました。と思うまもなく、こんどは南のほうから、ヒューッというするどい口笛のような音が聞こえてきて、そっちがわの草もザワザワと波うちはじめました。
「おい、エムや! 竜巻がくるぞ。わしは牛や馬を見てくるからな」
 おじさんは、おばさんにそういってどなると、家畜小屋のほうへかけだしていきました。
 皿をあらうのをやめて、戸口のところまで出てきたエムおばさんは、空もようをひとめ見るなりびっくりぎょうてんして、かな切り声をあげました。
「ドロシー、はやく竜巻ぐらのなかへにげるのよ」
 それを聞いたトトが、ドロシーの腕のなかからとびだして、ベッドの下にかくれました。ドロシーが夢中になってトトをつかまえようとしているあいだに、きもをつぶしたエムおばさんは、大いそぎであげぶたをあげ、はしごづたいに穴のなかへかくれてしまいました。ようやくトトをつかまえたドロシーが、おばさんのあとにつづこうと、部屋のまんなかあたりまできたときのことです。ものすごい風のうなり声といっしょに、家がグラグラと大きくゆれはじめたので、ドロシーは足がふらついて、いきなり床の上にペターンとしりもちをついてしまいました。
 と、ふしぎなことがおこったのです。
 家がぐるぐるっと、二、三度まわったかと思うと、ゆっくりと空中にうかびあがったのです。まるで軽気球にでも乗ったようでした。
 北からふく風と南からふく風が、ちょうどドロシーの家のところで衝突して竜巻になり、ドロシーの家はその竜巻のまんなかにはいってしまったのです。
 なにもかもまっ暗で、家のそとではものすごい風のうなり声が聞こえています。しかし、はじめのうち、家が二、三回くるくるっとまわったり、家がひどくかたむいたりしたあとは、ただゆらゆらとゆれているだけなので、ドロシーは、自分がまるでゆりかごに乗せられた赤ちゃんのようだと思いました。
 そんなふうにして、何時間もすぎました。そとでは、あいかわらず風がうなりつづけていて、いまにも耳がつんぼになってしまうのではないかと思われましたし、心ぼそくなってもきました。竜巻がやんで、家がもう一度地面の上にたたきつけられたら、自分たちは粉みじんになってしまうのではないかと、ドロシーは心配になりました。
 しかし、何時間たっても、そんなおそろしいことはなにひとつおきないので、くよくよするのはやめようと、ドロシーはゆらゆらゆれている床の上をはっていって、ベッドのなかにもぐりこみました。すると、トトもあとについてきて、ドロシーのそばで横になりました。
 まもなく、ドロシーとトトは、ぐっすりねむりこんでしまいました。

……巻頭より

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