「パニック・ボタン」

エリック・フランク・ラッセル/峯岸久訳

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500円

アンタリア人の乗った宇宙船は、とある惑星に着陸した。そこをいち早く領有するためだった。ところが、なんとそこにはひとりの地球人が小屋を建てて住んでいた。さてどうしたものか。これが、惑星獲得競争を描いて皮肉な結末に至る「パニック・ボタン」である。このほか、時代にとり残されてゆく年老いた男の、異星人との心の交流を詩情豊かに描いた「追伸」、異形の宇宙生物が地球の法廷に立たされる「証人」など、得意のストーリー・テリングで読者を飽きさせない、6編からなるE・F・ラッセルの軽妙な傑作短編集。

エリック・フランク・ラッセル(1905〜78)イギリスのSF作家。エンジニアとして働きながらSFを書き始め、アメリカの「アスタウンディング・ストーリーズ誌」でデビュー。以後もおもにアメリカの雑誌に作品を発表した。「人類家畜テーマ」の代表作「超生命ヴァイ トン」のほか、「大いなる爆発」、短編集「宇宙の深淵より」など。

立ち読みフロア
「めぐり合わせの法則からいって」とラガスタが重々しくいった。「――いつまでも運に見離されたままでいるなんてことは、あり得ないんだ」彼は太って、油のようになめらかだったが、これは多くのアンタリア人に見られる典型的な風貌だった。その声も同じように太くて油のようになめらかだった。「誰でも遅かれ早かれ自分の毛の中に、虫の代わりに宝石を見つける時が来るはずだよ」
「自分の考えをいったらどうだ」と、たとえ話の嫌いなカズニッツが促した。
「そういう時が来たんだ」ラガスタは続けた。「――喜ぼうじゃないか」
「ぼくは喜んでるよ」カズニッツが全く何の熱も見せずに答えた。
「その顔でね」ラガスタがいった。彼は草の茎を一本引き抜くと、その上にどんな異国の細菌が潜んでいるかにもお構いなく、くちゃくちゃと噛んだ。「われわれは定住に適した、新しい無人の世界を発見したんだ。こうした世界は、誰かの見積もりによれば、少なくとも一億はあるはずだということになっているが、実際には、発見は非常にむずかしい。宇宙は広大なんだ」彼はまた少し草を食べてから、こう結んだ。「だが、われわれはその一つを発見したんだ。これは、最初に発見したものの権利によって、わが種族の所有物となる。これによってわれわれは、すばらしい報酬を受けるに値する英雄となるはずだ。それなのに、きみの顔と称するものの上には、熱狂的な喜びの色というやつが、まるで見当たらないね」
「ぼくは何ものも自明のこととは取らないんだ」カズニッツがいった。
「するときみは、ここでこの巨大な不動産のかたまりの上に坐って、しかもそれを信じないというつもりなのかね?」
「われわれはまだ、優先権を主張する者が誰もいないということを確認する必要がある」
「われわれが接近するにさいして、この惑星に対し、この上ない綿密な調査を加えたのは、きみも知ってのとおりだ。知的な生命は紛れようもない痕跡によって、その存在を暴露せずにはおかない。その痕跡をわれわれは徹底的に探し求めた。そして何を見つけたか? 何一つなかった! 町も、村も、道路も、橋も、耕された畑も、何一つない。全く何一つないのだ!」
「あれは光を受けている側面だけに対する遠距離からの調査にすぎなかった」カズニッツが指摘した。「――もっと近くから眺めてみる必要がある――それも両方の側面を」
 ハヴァーレがドタドタやってきて、二人のそばに坐った。「ぼくは乗員に対して、食事をすませたら偵察艇を出すように命令してきたよ」
「そいつはよかった!」ラガスタがいった。「それでカズニッツの気持もおさまるだろうよ。この男は、この惑星には知的生命が全然いないってことを信じようとはしないんだよ」
「これは信じるとか信じないとかいうような問題じゃない」カズニッツがやり返した。「確認することが問題なんだ」
「もうすぐそれをやるよ」ハヴァーレが答えた。「だが、ぼくは心配してないね。ここは全く無人のように見えるよ」
「進入するさいの一回の観察で、一つの世界を判断するわけにはいかんよ。どんなに長く、かつ熱心にそれをやろうともね」カズニッツがいい張った。「広い地域に拡がった多数の人間が見えないからといって、少数の人間が狭い地域に固まっていることがないとはいえんよ」
「きみは地球人のことをいってるのか?」ハヴァーレが馬のような耳をピクピクさせながら訊いた。
「そうだ」
「この男は、プラクステッドがB四一七でキャンプしている地球人を発見してからというもの、地球人の妄想に取りつかれてるんだ」ラガスタが批評した。
「そして、どうして取りつかれないわけがある? プラクステッドは長い長い旅をたどったあげく、結局失望を味わっただけに終わった。地球人どもがそこに先に着いていたんだ。連中はわれわれがやってることと同じことをやり、できるだけ早く惑星を見つけては、それを強奪しながら、宇宙を走り回っていると聞いている。われわれは、いかなる状況においても、連中とことを構えてはならんと警告されている。われわれは、早いもの勝ちという原則を尊重するよう、厳重な命令を受けているんだ」
「そいつはもっともな指示だね」ハヴァーレが意見を述べた。「偶然の接触がもう何年にもなっているが、われわれと地球人たちは、どんな動機で相手が動いているのか、実際にはまるでわかっていない。お互いに相手に対して、必要以上のことは何も話さないように十分用心している。連中はわれわれが何をつかんでいるか知らない――だが、われわれもまた連中が何をつかんでいるか知らない。こういう状態は避けられないものだ。宇宙を征服するには知性が必要だし、知性ある種族は、本当の力をさらけ出すことによって自分を弱めたりはしない。そしてまたそういう種族は、大きさや力や資源について未測定かつ測定不能の何者かを相手に、戦いを始めたりはしない。きみは地球人を相手に、われわれが何をすればいいと思うのかね――連中の首を打ち落とすのか?」
「もちろん違うとも!」カズニッツがいった。「だが、一千人の地球人から成る戦略部隊が、この惑星の暗い側面のどこかで、頭を集めて高いびきをかいているのじゃないということが確認できたら、もっとずっと幸せな気分になるだろうよ。それまでは、この世界がわれわれのものだとは思わんね」
「相変わらずの悲観論者だな」ラガスタが冷やかした。
「何ものにも期待をかけぬ者は、決して失望を味わうことはないさ」カズニッツがやり返した。
「何たる人生のすごし方だ」ラガスタがいった。「陰鬱(いんうつ)さの中で楽しんでるんだから」
「誰かが最初にこの地に来なければならぬということをたしかめるのに、陰鬱な点などどこにもないね」
「全くおおせのとおりだよ。そして今回は、それがわれわれだということだ。地球人たちが明日か来月か来年かにやってきて、すでにわれわれがいることを見つけた時、連中のしかめっ面(つら)を見るのが楽しみだよ。きみの意見はどうかね、ハヴァーレ?」
「その問題は論議する価値があるとは思わないね」ハヴァーレはどっちか一方につくのを避けて、答えた。「間もなく偵察艇が問題の結着をつけてくれるだろうよ」彼は立ち上がると、ゆっくり宇宙船のほうへ向かった。「ぼくは乗員を行動に移らせるよ」
 ラガスタはそれを見送って、顔をしかめた。「全くなんて仲間を持ってるんだ。一人は何の意見もない。もう一人は敗北主義に沈み込んでいる」
「そしてきみは、まだドアが締まっているのに、尻尾を振っているのさ」カズニッツがすかさずやり返した。
 それを無視して、ラガスタはまた草を噛んだ。二人は、最初の偵察艇が出てくるまで黙って坐っていて、それがゴーゴーいう音と上昇するうなり声とを立てながら発進して行くのを見守った。少し遅れて二番艇が空中へ弾丸のように飛び立った。それから規則的な間隔をおいて偵察艇が次々と発進し、やがて十隻全部が飛び立った。
「時間と忍耐力と燃料の浪費だよ」ラガスタが公言した。「ここには最初の来訪者であるわれわれを除いては誰もいやせんよ」
 カズニッツは餌に飛びつくのを避けた。彼はギザギザした地平線を眺めやった。赤い太陽がそこへ向かってゆっくり沈むところだった。「暗い半球がじきに明るい半球に変わるだろう。偵察艇は夜明け近くにならなけりゃ戻るまい。ぼくは行って、寝台の味を楽しむことにするよ。ぐっすり眠るのは、ずいぶん久しぶりだからな」
「そんなに心配ごとを沢山かかえているのに、何かを楽しむことができるなんて不思議だな」ラガスタが皮肉をこめていった。
「ぼくは宿命論者の抱く平和とともに眠るのさ。正しいと立証されたいという望みと、誤りだと立証されるかも知れない恐れとにさいなまれながら、ひと晩中草を噛んで起きていたくはないね」
 そういいながら彼は宇宙船のほうへ歩いて行ったが、相手が後ろからにらんでいるのは承知していた。すべての乗員同様、彼もすっかり疲れ切っていたので、たちまち寝入ってしまった。日が落ちて間もなく、彼はラジオ・ビーコンのスイッチを入れる音と、そのあとに続く、かすかだが耳につくビ、ビ、イダ、ビという音に、目を覚まさせられた。だいぶあとになってから、ベッドに就くハヴァーレに邪魔され、さらにそのあと、ラガスタに邪魔された。
 夜明けまで三人は夢の中にとっぷり漬かっていたので、外の騒音が十回も反復したのに、偵察艇の帰還を聞きつけた者は一人もいなかった。三人は無意識のうちに声を合わせてぶつぶついったり、鼻を鳴らしたりしたが、その間に九人のパイロットが、疲れ切ってうんざりした顔をして、それぞれの艇から降り立った。十番目は、かんしゃくを起こしたように、草を蹴飛ばしたり、耳をピクピク動かしたりしながら出てきた。
 九人のうちの一人が、十番目を不思議そうに見つめて訊いた。
「なんでそんなにむしゃくしゃしてるんだ、ヤクシド?」
「地球人どもめ」ヤクシドはつばを吐いた。「あのしゃくのたねむしどもめ!」
 それは全くもってひどく下品なことばだった。

「さあ」ラガスタが不機嫌さをありありと見せながらいった。「――きみの見たものを正確に話してみたまえ」
「彼は地球人を見たんだ」カズニッツが割ってはいった。「それで十分じゃないか?」
「きみなんぞに邪魔を入れられたくはない」ラガスタがどなった。「いばらの茂みへでも行ってしゃがんでてくれ」彼はヤクシドのほうへ注意を向け直すと、繰り返した。「きみの見たものを正確に話したまえ」
「わたしはある谷で建物を一つ見つけ、降下して行って、その周りを数回回りました。それはひどく小さい家で、四角い形をしており、板のような岩やセメントで小ぢんまりできていました。地球人が一人、戸口から出てきました。多分わたしの艇の音に注意を引きつけられたのでしょう。その男は、わたしが二度、三度旋回するのを、立ってじっと見ていましたが、その前を横切る時、わたしのほうへ手を振りました」
「そこできみはお返しに手を振ったというわけか」ラガスタがおよそ面白くないという調子で挑発した。
「わたしはその男にしかめっ面をしてやりました」ヤクシドが怒ったようにいった。「しかし、奴がわたしの顔を見たとは思いません。あっという間に飛びすぎましたから」
「その谷にはその家一軒しかなかったのかね?」
「はあ、そうです」
「ごく小さい家だといったな?」
「はあ」
「どのくらい小さい?」
「石でできた小屋といってもいいと思います」
「で、出てきたのはたった一人きりの地球人なんだな?」
「そのとおりです。かりに中にもっといたとしても、姿を見せる気にならなかったのでしょう」
「そのあばら屋が小屋といっていいぐらいだとすれば、中にそう沢山いられるわけはないな」ラガスタが水を向けた。
「全くです。最大で六人でしょう」
「近くに宇宙船とか偵察艇が停まっているのを見かけなかったか?」
「いいえ、その気配もありませんでした。その家があるだけで、ほかには何一つありません」ヤクシドがいった。
「そのあときみはどうしたね?」
「わたしは、その一軒だけの家は、どこか近くにある地球人の野営地に属する前哨(ぜんしょう)拠点だと判断しました。そこでその地域の綿密な捜索を行いました。わたしは旋回を繰り返し、しだいにその輪を拡げていって、しまいに二十種類の地平線を包括するだけの領域を調べ上げました。しかし何も発見しませんでした」
「それは十分確かかね?」
「確かです。わたしは半分埋まったキャンプやカムフラージュを十分施したキャンプでも見つけ出せるぐらい低空で飛行しました。が、地球人の匂いさえ見つけることはできませんでした」
 ラガスタは暫く黙ったまま相手の顔を見つめていたが、やがていった。「この話には、どこかおかしなところがある。地球人の駐屯軍が一軒の小屋に詰め込めるはずがない」
「わたしの考えているのもそのことです」ヤクシドが同意した。
「そしてその建物の中にいない以上、それはどこか他の場所にいるに違いない」
「そのとおりです。ですが、わたしのあたった範囲の中では、どこにもその気配はありませんでした。ひょっとしたら、他の偵察艇のうちの一隻が、その上を通って見逃したのかも知れません」
「もしもそうなら、そのパイロットは全くのめくらか、さもなければ操縦装置の前で眠っていたに違いない」
 カズニッツが口を差しはさんだ。「かりにそうであっても、驚くことじゃないね。われわれはほとんど眠らずに到着したし、しかもパイロットたちはその遅れを取り戻すチャンスも与えられなかった。連中が精神的にくらくらしているような時に、意識や感覚の力を十二分に発揮しろといっても無理な話だよ」
「遅れを一刻でも少なくして調査を実施する必要があったのだ」ラガスタが弁解するようにいった。
「それは初耳だね」
「それはどういう意味だ?」
「きみははっきり、調査なんか時間と忍耐力と燃料の浪費だという趣旨のことをいったぜ」
「わたしはそんなようなことはいってない」
 ハヴァーレが割ってはいって、いった。「いったとかいわないなんてことは、全く問題外のことだ。問題は、いまある状況にどう対処するかだ。われわれは一つの惑星の所有権を主張できると期待しながら着陸した。そのあとヤクシドが地球人を発見した。とすれば、地球人どもが最初にここに来たわけだ。これに対して一体われわれはどうするのか?」

……「パニック・ボタン」
冒頭より

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