「危機のペルシダー」

E・R・バローズ/佐藤高子訳

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500円

地底大陸に大帝国を築き上げたイネスは、フージャの策略によって地上に戻らされ、最愛の妻ダイアンと、無二の親友ペリーと離ればなれに! イネスはふたたび地底にとって返すが、時すでに遅し…ペルシダー帝国は爬虫類マハール族の逆襲を受け、そこはふたたび血なまぐさい死闘の場と化していた。「地底世界ペルシダー・シリーズ」第2弾!
立ち読みフロア
プロローグ

 猛獣狩りに出かけるおりもないまま、数年が流れた。だがついに、北アフリカのなつかしい猟場――往年、百獣の王を追って狩猟の醍醐味《だいごみ》を満喫したあの場所――に舞いもどる計画がほぼ完了しようとしていた。
 出発の日取りも決まり、二週間後に出立することになっていた。「夏季休暇」がはじまってキャンプ場のしびれるような解放感を味わう日を、いまや遅しと指折り数えてまちかねている学生でも、これほどの焦慮《しょうりょ》、というか、期待に胸をはずませたことはあるまい。
 そこへあの手紙が舞いこんだ。そしてわたしは予定より十二日も早く、アフリカへ出発したのだった。
 わたはしばしば未知の人々からお手紙を頂戴して、わたしの記事に関してほめられたり、お叱りをこうむったりするのだが、こういったお手紙をいただくということに、わたしは非常に清新な興味を抱いている。この手紙もまたこれまでの多くの手紙と同様、わくわくしながら封を切った。消印がアルジェとなっているのも、この際とりわけ興味と好奇心をかきたてた。それというのも、獲物と冒険を求めて近く旅立つ航海の終着地となろうとしているのがアルジェだったからだ。
 ところがその手紙をすっかり読み終わらないさきに、ライオンのことも、ライオン狩りのこともすっかり念頭から雲散霧消してしまった。そしてわたしはほとんど狂気に近い興奮状態におちいったのである。
 その手紙というのは――いや、この際、諸君ご自身に読んでいただこう。はたして諸君もまた、心をかきたてる憶測や、身をさいなまれるような疑念や、遠大な希望を呼びさます何ものかを、その中から読みとられるだろうから。
 その手紙というのはこうだ――

 拝啓
 どうやらわたしこと、現代文学におけるもっとも瞠目《どうもく》すべき偶然の一つに遭遇したようです。それはとにかく、最初からお話しすることにしましょう。
 わたしは、世界をまたに放浪するのが仕事という人間です。家業もなく、これといった職にもついておりません。
 父は遺産を、そしてそれ以前の祖先は放浪癖をわたしに残してくれました。わたしはこの二つの遺産をあわせ、周到かつ小出しに投資してきました。
 あなたの物語、『地底世界ペルシダー』には興味をひかれました。なにもあの物語がいかにもありそうなことだからではなく、あんな荒唐無稽《こうとうむけい》な駄作を書いて金になるということに、ひとかたならぬ驚異の念を抱いたからです。率直なところを申しあげて、どうかお許しください。でもこの御作にたいしてわたしがどんな気持ちを抱いたかを理解していただく必要があるのです――これからお話しすることを信じていただくためにも……。
 その後まもなく、わたしはサハラ砂漠にむけて旅立ちました。一年を通じて特定の季節に、あるかぎられた地域にだけ、たまに見つかるカモシカの珍種をさがすのが目的だったのですが、追跡しているうちに人里をはるかに離れたところへ来てしまいました。
 結局、カモシカに関するかぎりは成果を得られずじまいだったのですが、ある夜、横になってうとうとしていたときのことです。そこは乾燥しきった流砂のまっただなかにある古井戸の周辺に群生している、ちょっとした棗椰子《なつめやし》の木立のはずれでした。突如として、頭の下の地面から奇妙な物音がたしかに聞こえてくるのに気づきました。
 断続的にカタカタ、カタカタ、という音です!
 わたしの知っている爬虫類や昆虫で、そんな音を発するものはありません。わたしはじっと聞き耳をたてて、一時間もの間横たわっていました。
 やがてついに好奇心をおさえきれなくなって起きあがり、ランプをともして調査を開始しました。
 わたしは生暖かい砂の上にじかに敷物をひろげて寝床にしていました。物音は、どうやら敷物の下から聞こえてくるようなのです。で、敷物を持ちあげて見ましたが何もありません――それでいて物音は間歇《かんけつ》的につづいています。
 わたしは狩猟用ナイフの先で砂を掘りおこしてみました。すると表面から二、三インチのところで何か固いものに行きあたりました。鋭い鋼鉄の切先が木のようなものにあたった手ごたえです。
 その周囲を掘り返してみると、小さな木箱が出てきました。わたしが耳にした奇妙な物音は、この容器から発していたのです。
 こんなものがどうしてここにあるのだろうか?
 中に何がはいっているのだろう?
 持ちあげようとして、その箱が、その下の砂地にさらに奥深くもぐっている非常に細い絶縁線につながれているらしいことに気づきました。
 とっさにわたしは、その箱を力づくで絶縁線から引きちぎろうかと思いましたが、幸い、思い直して箱を調べにかかりました。ほどなく、その箱には蝶番式《ちょうつがい》の蓋《ふた》がついていて、簡単な止め金具で封じてあることがわかりました。
 止め金具をゆるめて蓋を開けるには、わずかの時間しかかかりませんでした。箱の中にごくありきたりの電信器がカタカタと音を発しているのを発見して、わたしは呆気《あっけ》にとられました。
「いったいぜんたいこの機械はここで何をしてるんだ?」
 まず最初に考えたことは、これがフランスの軍用通信器ではなかろうかということでした。しかし実際いって、その地点が人里をはるかに離れていることを考えると、この推測には信憑性《しんぴょうせい》があるように思えません。
 砂漠の夜の静寂の中で、わたしには解明できない通信を伝達しようとしてカタカタと信号音を発している驚くべき物体をつくづく眺めているうちに、ふと通信器の横の箱の底に一枚の紙片が目にとまりました。わたしはそれを取りあげて調べてみました。紙片にはたった二文字、D・Iと書いてあるだけです。
 当時、わたしにはそれがどんな意味を持っているのかさっぱりわかりませんでした。わたしは、はたと困惑しました。
 一度、受信器がしんとしずまった合図に、送信器のキイを二、三度たたいてみました。と、たちまち受信装置は狂ったように働きはじめました。
 わたしは少年時代に使って遊んだモールス信号を何がしか思いだそうとしましたが、歳月のためにそれらは記憶から消えうせていました。この受信器がなんのためにここにあるのだろうかと、あれこれ想像をめぐらしているうちに、いてもたってもいられなくなりました。
 どこかわからないがもう一方の端にいる哀れな男が、必死になって救援を求めているのかもしれない。受信装置が発する信号音の途方もない狂気じみた激しさが、何かそういったことを物語っていました。
 だのにわたしは、その信号を解明する能力もなく、むろん救助してやることもできずに腕をこまねいているしかなかったのです!
 あのインスピレーションがふってわいたのはその時でした。わたしの脳裏に、アルジェのクラブで呼んだ物語の末尾の一節が忽然とひらめいたのです。
「答は、広大なサハラ砂漠のふところのどこか、失われた石塔《ケルン》の下に隠された二本の細い電線の端に秘められているのだろうか?」
 どうもばかげているような気がしました。日頃の経験や知識をあわせて考えても、あなたの突拍子もない物語に真実性とか可能性とかいったものがみじんもないことはたしかでした。――あれは正真正銘の作り話にすぎなかったのです。
 それにしても、その電線のもう一方の端はどこにあったのだろう?
 ここ、大サハラでカタカタと音をきざんでいるこの機械がなんだというのだ――ただのこじつけにすぎないじゃないか!
 もしもこの目で見ていなかったら、はたしてこんなことを信じていただろうか?
 それに、あの紙片に書かれたD・Iという頭文字《かしらもじ》! デヴィッド・イネス――デヴィッドの頭文字だ。
 わたしは自分の想像に苦笑しました。そしてこの世に地底世界などというものが存在し、これらの電線が足もとの地殻を貫通してペルシダーの地表につづいているという仮説をばかばかしく思いました。とはいうものの――
 とにかくわたしは一晩中そこに腰をすえ、焦燥感をあおるような信号音に耳をかたむけ、装置を発見したことを相手に知らせるだけのために時折送信器のキイをたたいていました。翌朝、箱を注意深くもとの穴にもどして砂をかぶせたあと、わたしは召使いをよんで朝食をかきこみ、馬にまたがってアルジェにむけて強行軍の途につきました。
 そして本日、当地に到着した次第です。あなたにこの手紙を書くことによって、なんだか自分で自分を笑いものにしているような気がします。
 デヴィッド・イネスなどという人物は存在しない。
 美女ダイアンもしかり。
 一つの世界の中にもう一つの世界があるはずがない。
 そしてペルシダーはたんにあなたの想像上の王国であって、それ以上の何ものでもないのだ。
 しかし――
 人跡まれなサハラ砂漠で、埋もれた電信器を発見したということ、これはあなたの書かれたデヴィッド・イネスの冒険談と考えあわせてみて、信じがたいまでの事件といえましょう。
 わたしは、現代フィクションにおけるもっとも瞠目すべき偶然の一つ、と申しましたね。さきほどは文学といったのですが――もう一度、率直に申しますと――失礼ながらあなたの物語は文学ではありません。
 それならば――なぜわたしはあなたに手紙を書いているのか?
 いやはや、それというのも、はるかなサハラ砂漠の果てしない静寂の中で、あの不可解な装置が執拗《しつよう》に発する信号音にすっかり神経をやられてしまって、正常な思慮分別《ふんべつ》がつかなくなってしまったからですよ。
 いまでこそ聞こえませんが、あの装置ははるか南の砂漠の地下にとり残されて、いまもなお、むなしく狂おしい訴えをカタカタと打ちつづけているのです。わたしにはそれがわかります。
 それを思うと気が変になりそうです!
 これというのもあなたのせいなのですぞ――わたしをこんな気持から解放していただきたい。
 ただちに、あなたの物語『地底世界ペルシダー』は事実無根であるという電報をください。着地払いでけっこうです。
 敬具
 コグドン・ネスター
 **アンド**クラブ
 アルジェ
 六月一日

 この手紙を読んで十分後、わたしはネスター氏に次のような電報を打った。

 モノガタリハシンジツ
 アルジェニテマテ

 もっとも早い汽車と船を利用して、わたしは目的地に急行した。日のあゆみはのろく、その間のわたしの頭には狂気じみた憶測や狂おしい希望や、身も萎《な》えるような恐怖が渦巻いていた。


……冒頭より

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