「戦乱のペルシダー」

E・R・バローズ/佐藤高子訳

ドットブック版 233KB/テキストファイル 185KB

600円

地底王国の平和は長くはつづかず、獰猛な海賊コルサール人の侵攻にさらされる。若き戦士「疾風のタナー」は捕虜として捕えられ、死刑の宣告を受けようとしていた。だが、突如おそいかかった大嵐が彼を救う。タナーは敵の娘ステララと、どこともわからぬ緑の島に漂着する……ペルシダー・シリーズ第3弾!
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プロローグ

 ジェイスン・グリドリーは無線通信《ワイアレス》の虫だ。そうでもなければこの物語も書かれることはなかったろう。ジェイスンは当年二十三歳。いやになるほどの男前だ――どんな虫にしろ、虫にしてはハンサムすぎる。事実、かれにはちっとも虫らしいところはない――ごく正常かつ健全なアメリカ青年なのだ。無線通信《ワイアレス》以外にずいぶん多くのことにくわしい。たとえば、航空学、それからゴルフ、テニス、ポロ、といったぐあいだ。
 ところで、これはジェイスンの物語ではない――かれは物語の本筋とは別な一つの点景にすぎない――この物語をあらしめた、わたしの人生における重要な点景だ。そこでジェイスンに関しては、もう二《ふた》こと三《み》こと説明をくわえて、あとは真空管や波《ウエーヴ》や増幅器にゆだねるとしよう。ジェイスンはそういった事柄に関しては専門家だが、わたしはまったくの門外漢なのだ。
 ジェイスンは一定の遺産収入のある孤児だ。スタンフォードを卒業するとターザナにやってきて、二万平方メートルばかりの土地を買った。これがそもそもかれとの出会いである。
 家を建築中、かれはわたしの事務所を根城《ねじろ》にしてわたしの書斎にしょっちゅういりびたっていた。のちにわたしのほうからかれのいわゆる新築の〈研究室〉を訪問して、このおかえしをした――かれの屋敷はラテン・アメリカの農園風の閑静なもので、裏にくだんの広々とした閑静な研究室がある――また、わたしたちは早朝の冷気の中を、馬を駆ってサンタモニカの山々を乗りまわしたりした。
 ジェイスンは、なんでも無線《ワイアレス》の新しい原理とやらを実験中である。それにかんしては何も申しあげないほうがわたしの身のためというものだろう。というのも、それがなんであれ、わたしはこれっぽちの知識も持ちあわせておらず、また、将来も知らずじまいに終わるだろうからだ。
 あるいはわたしは年をとりすぎているのかもしれないし、脳が弱すぎるのかもしれない。またおそらくは、単に興味がないだけなのかもしれない。が、わたしとしては、こと無線《ワイアレス》にかんしては手のほどこしようもないほど無知であるという事実を、この最後の理由に帰着せしめたいと思う。つまり興味がないという理由だ。これで面目も立つ。
 ところでそのわたしにもわかっていることがある――というのもジェイスンが話してくれたからだが――それは、かれがもてあそんでいるそのアイデアというやつが、まったく新しい、誰もが思いもおよばないものを示唆《しさ》しているということだ――とにかくそいつを波《ウエーヴ》と呼んでおこう。
 かれの話では、このアイデアは空電の気まぐれからヒントを得たもので、それをとりのぞく方法を模索しているうちに、大気中に過去におけるどの科学の法則にもしたがわずに作用している伏流を発見したのだ。
 ジェイスンはターザナの別荘に無線局《ステーション》を創設し、さらに、三、四キロ離れたわたしの農場の裏にもう一局設立した。この二局の間でわたしたちはある種の摩訶不思議な媒体《メディア》を通してたがいに話をしあった。この媒体《メディア》というのが、他のあらゆる波《ウエーヴ》、あらゆる局を、それらに探知されることなく、かつ妨害をあたえることもなしに通過するらしいのだ――それは、同じ部屋の中にあって、同じアンテナを通して受信しているジェイスンの普通の無線機にも、ぜんぜん影響をおよぼさないほど無害なものだ。
 とはいえ、ジェイスン以外の者には誰にとってもさほどおもしろくもないこのことが、そもそもペルシダーのタナーの驚くべき冒険物語の端緒を開くこととなったのである。
 ある夜、ジェイスンとわたしとは、毎度のことながらかれの〈研究室〉にみこしをすえて、無数のテーマを論じあっていた。そして、ジェイスンのいつものくせで、話は〈グリドリー波〉――わたしたちは例の波《ウエーヴ》のことをこう命名した――のことにもどりつつあった。
 ジェイスンは、ほとんどいつもイヤホーンをつけっぱなしだった。話をしている相手にとってこれほど興ざめなことはない。しかし、わたしにはかれがイヤホーンをつけっぱなしでいるということが苦にならなかった。人間というものは一生かけて他人の話に耳を傾けなくてはならないものだが、そういった大方の話ほどもわたしをいらだたせない。わたしは時間をかけて沈思黙考しているのが好きな性質《たち》なのだ。
 やがてジェイスンは、頭からイヤホーンをはずすと、「こいつはとても素面《しらふ》じゃいられない!」と叫んだ。
「なんだって?」とわたし。
「例のやつがまたはいってきてるんですよ。声が聞こえる。ごくかすかだが、まちがいなく人間の声だ。相手は人類にとっていまだ知られざる言語をしゃべっているぞ。聞いてると気が変になりそうだ」
「たぶん火星だろ」わたしはいってやった。「それとも金星かな」
 かれは眉をしかめ、それからにわかに表情を変えてちらと笑顔を見せた。かれがよくやるしぐさだ。
「それともペルシダーでしょうかね」
 わたしは肩をすくめた。
「でもねえ、提督さん(かれは、わたしが海岸でヨットのキャップをかぶるのでわたしのことをこう呼んでいる)、ぼくが子供のころはあなたのあの火星やペルシダーのとてつもない物語を一字一句信じていたんですよ。地底世界は、ぼくにとってはシエラ・ネヴァダ山脈の高峰や、サン・ホアキン渓谷や、ゴールデンゲートと同様、実在していたんですからね。ヘリウムの双子都市なんざ、ロス・アンゼルスよりもよく知っているような気がしてたもんですよ。
 デヴィッド・イネスとペリーじいさんが地殻を貫通してペルシダーへ行ったあの旅だって、ぼくにはちっとも不合理に思えませんでしたよ。そう、子供のころのぼくにとっては、あれはどこをとってもみな絶対的な真実だったんだ」
「で、もう二十三にもなった今では、あれはどこをとっても真実であろうはずがないと思ってるんだろ」わたしはにやりとしていった。
「ところが真実なんだよっていいたいところなんでしょ?」かれは笑いながら問いつめた。
「わたしは誰にもあれが真実だといったことはないよ。ひとには考えたいように考えさせるさ。だがわたしにも同じ権利を保留させてもらうよ」
「そんなこといって、あなたはペリーのあの鉄製もぐらには八百キロの地殻を貫通することが不可能だってことをよくごぞんじなんでしょ。妙ちきりんな爬虫類や石器時代の人間が住む地底世界なんて存在しないってことも、ペルシダー皇帝なんていないんだってことも、あなたにはよくよくわかってるんだ」ジェイスンはだんだん興奮してきたが、かれ持ち前のユーモアのセンスが頭をもたげてその場を救った。かれは声をたてて笑った。
 わたしはいった。
「美女ダイアンのような女の存在を信じるのは楽しいね」
「そうですね」かれは同意した。「でもあなたが狡猾な男フージャを殺しちまったんでがっかりだな。ちょっとイカす悪党だったのに」
「悪党ならいつでもごまんといるよ」
「悪党がいるおかげでお嬢さんたちはいつもスタイルがよくて、肌も女学生時代のままつやつやしているってわけだ」
「どうして?」
「追っかけられるもんだからいい運動になるんですよ」
「なんだ、わたしをからかってるのかい」わたしはかれをなじった。「だがわたしが単純な歴史家だということを覚えておいてもらいたいね。もしも逃げるのが娘さんたちのほうで、追っかけるのが悪党だとしたら、その事実をありのままに記録しなくちゃならないからな」
「ご冗談でしょう《バロニイ》!」ジェイスンは正真正銘のアメリカの大学生用語で叫んだ。
 ジェイスンはふたたびイヤホーンをかけ、一方わたしは大昔のほらふきが書いた物語を読むべく目をもどした。この本の著者はバカ正直な読者をあてこんでひともうけするつもりだったのだろうが、どうやらもうけそこなったものと思われる。こうしてわたしたちはしばらくの間すわっていた。
 やがてジェイスンがイヤホーンをはずしてわたしのほうをむいた。「今、音楽がはいってたんです。奇妙な、ぞっとするような音楽だった。それから突然大声でどなる声がはいって、ぶんなぐる音が聞こえたような気がした。それから悲鳴と銃声だ」
「きみも知ってのとおり、ペリーは地底世界ペルシダーで火薬の実験をしていたんだよ」わたしはにやりとしてジェイスンに思いださせてやった。だがかれは真剣な面持ちで、わたしの軽口にはのってこなかった。


……冒頭より

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