「栄光のペルシダー」

E・R・バローズ/関口幸男訳

ドットブック版 275KB/テキストファイル 205KB

600円

地上世界の男たちは北極の大穴から、捕われた皇帝イネスの救出にむかう。だが、その一員フォン・ホルスト中尉は地底大陸の森のなかで草食動物の大暴走に巻き込まれ、仲間とはぐれてしまう。水を求めてさまよう彼は、小川のほとりで翼龍におそわれ、その巣のなかへ運び込まれた……ペルシダー・シリーズ第4弾!
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一 生ける屍《しかばね》

 ペルシダーの永遠に真昼の太陽が、太古の昔以来地上世界が目撃したことのないような光景――地底世界ペルシダーのみが今日現出しているような光景――をじっと見おろしている。
 何百頭という剣歯虎が無数の草食動物を、とある広大な森のなかにある空地へと追いこんでいった。これを、地上世界からやってきたふたりの白人――彼らと、はるかかなたのアフリカからやってきた少人数の黒人戦士が、見まもっている。
 この男たちは、ジェイスン・グリドリーの緊急命令により、他の同種族の男たちとともに地球の最北、北極の開口部から巨大な気球に乗ってはいりこんできたのだった。しかし、その物語はすでに話しずみである。
 これは、行方不明となった人の物語なのだ。

「まったく」と、グリドリーがさけんだ。「われわれの足下五百マイルには、巨大な建物がずらりとならんだ、人、人、人で雑踏する通りを自動車がビュンビュンいきかっているなんて、およそ信じられそうもないことだ。電信、電話、無線など、もうありふれてしまってとやかくさわぎたてるものはひとりもいないし、何百万、何千万という人々が自分の身をまもる武器ひとつの必要もなく一生をすごしている。なのに、それと同じときにわれわれは、こうやって地上世界では百万年も昔に絶滅してしまっているはずの剣歯虎にとりかこまれてつったっているんだからな。まったく信じられないよ」
「あれを見ろよ!」フォン・ホルストがさけんだ。「あいつらがこの空地へ追いこんだけものたちを見てみろよ。まだぞくぞくと追いこまれてくる」
 剛毛におおわれ、奔放にのびた角をもった大きな、雄牛に似たけものがいた。赤鹿や大なまけものがいた。マストドンやマンモス、象に似ていながら、すこしも象らしく見えない小山のようなけものがいた。その巨大な頭部は、長さが一メートル二、三十センチ、幅一メートルになんなんとするほどもあった。みじかい強力そうな鼻をもち、下顎から太い牙が二本つきだし、その先端が内側へ、体躯のほうへまがっている。そいつの立っているときの高さは、肩部のところですくなくとも三メートルはあり、全長ゆうに六メートルはあったにちがいない。しかし、そいつが象に似ているようで似ていない原因がその小さな、豚のにそっくりの耳にあった。
 ふたりの白人は、前方の光景に度肝をぬかれてその背後にいる虎のことをしばしばわすれ、たちどまってその空地内に大挙して集まってきたけものたちを驚異のまなざしで見まもった。しかしまもなく、自分たちの生命が助かりたいなら、虎たちにひきたおされるか、あるいはすでに逃げ道をもとめておしあいへしあいしているおびえた草食動物たちにふみつぶされないうちに、樹上の安全な場に到達しなければならないということがはっきりしてきた。
「わしらの前方に、まだ空地がひとつありますぜ、だんな《プアナ》」と、ワズリ族の黒人首長、ムヴィロがいった。
「うん。そこまでひとっ走りしなければならんだろう」グリドリーがいった。「けものたちは、いっせいにこっちのほうへむかってきている。まずやつらに一斉射撃をあびせて、それから立木を求めて逃げるんだ。もしやつらが突進してきたら、各人かってに散らばること」
 一斉射撃でけものたちは、一瞬むこうへむきなおった。しかし、背後にせまる大猫どもを見て、またもや男たちのほうにくるりとむきを変えたのだ。
「そら、やってくるぞ!」フォン・ホルストがさけんだ。そのひと声で、男たちは、唯一の避難所を提供してくれる立木へたどりつこうと、どっとかけだした。
 グリドリーは、一匹の大なまけものに打ちたおされたが、きわどいところでたちあがり、のがれてくるマストドンの通り道をとびのいて一本の立木に到達した。いましもその立木の周囲へと、ばく進するけものたちの奔流がせまってくる。一瞬後、間一髪のところで木の枝のあいだにのがれたかれは、仲間たちをもとめてあたりを見まわした。が、だれひとり見あたらない。それに、人間のようにもろい生きものが、この跳《は》ね、突進する、恐怖にうたれたけものたちの切れ目ない大集団の下敷きになって生きていられるわけもなかった。仲間たちのなかには無事に森へ到達できたものがいたかもしれないと、かれは確信したが、ワズリ族のあとからわずかにおくれてついていたフォン・ホルストのことが気がかりだった。しかし、ヴィルヘルム・フォン・ホルスト中尉はのがれていたのだった。事実かれは、そのへんの木にのぼることもなく、わずかな距離をかけて森の中へとびこむことに成功していたのだ。かれは、のがれてくるけものたちの右手へかけさった。そしてけものたちは、仲間の連中が森へはいったあと、左手へ進路を転じたのだった。フォン・ホルストは、けものの大集団がかんだかいなき声を発し、いななき、うなり、咆哮しながら、すさまじい轟きをあげて遠くへかけさっていくのをきくことができた。
 息をきらし、消耗しかけていたかれは、とある木の根方に腰をおろして息をととのえ、休息をとった。疲労困憊《こんぱい》していたから、ちょっとのあいだだけと思ってかれは、目をとじた。太陽は、真上にかがやいている。ふたたび目をあけたときにも、太陽はいぜん、真上にあった。かれは、自分が眠りこんでいたことに気づいたが、ほんのつかのまだけのことだと思った。長いあいだ眠っていたとは知りもしなかった。どれぐらいのあいだかとなると、だれにもわからない。静止した太陽が永遠に微動もせず天頂にかかっているこの、時のない世界でどうやって時間をはかったらよいというのだ?
 森は無気味に静まりかえっていた。もはや、草食動物のかんだかいなき声やいななき、剣歯虎のうなりや咆哮はまったくきこえなかった。かれは、仲間たちの注意をひこうと大声でよんでみたが、返事はなかった。そこでかれは、例の気球が繋留《けいりゅう》されてある主要キャンプの方角へ、かれらがまちがいなく行くであろうとわかっていた方角へと、ひきかえしていく最短距離だとかれが思った道を、かれらをさがしながら歩きはじめた。しかしかれは、そのつもりだった北へではなく西へ進んでいたのだった。
 かれが見当ちがいをしていたのは、あるいはよいことだったのかもしれない。ほどなく人声がしたからだ。男たちが近づいてくる。かれは、たちどまってきき耳をたてた。声ははっきりときこえたが、そのことばはチンプンカンプンだった。かれらは、友好的であるかもしれない。しかし、この野蛮な世界でそう思いこむほど、かれには自信がなかった。かれは、たどってきた道をそれ、灌木の茂みの背後に身をひそませた。ほどなく、かれがその近づいてくるのをきいた男たちが姿をあらわした。ムヴィロとその戦士たちだった。かれらは、アフリカの一族のあいだで使う土民語を話していたのだ。フォン・ホルストは、かれらだとわかると道へふみだした。かれらに会えてうれしかったが、かれらのほうも同様にかれに会ってよろこんだ。これでグリドリーが見つかりさえすれば、なにもいうことはなかっただろう。しかし、長いあいだ捜索したにもかかわらず、かれらは、グリドリーを見つけることができなかった。
 かれらが現在どこにいるのか、あるいはキャンプがどの方角であるのか、ムヴィロにもフォン・ホルスト同様まるで見当がついていなかった。かれとその戦士たちは、いやしくもワズリ族たるもの森のなかで道に迷うなんてことがありうるとは、と考えてすこぶるくやしがった。そして、フォン・ホルストとかれらが意見を交換しあった結果、わかれわかれになったあと、かれらが逆の方角から大きな円弧をえがくような形で進んできたのは明白のようだった。そうでなければ、かれらがめいめいひとときでもあと戻ったりしたことはないと主張しているのだから、こうやってたがいにひきあうわけの説明がつかないのだった。
 ワズリ族のものたちは、一睡もしていなかったから、ひどく疲労していた。それにひきかえてフォン・ホルストは、充分に眠り休息をとっていた。だから、かれら全員がもぐりこめるような洞穴を発見したとき、かれらは、その暗がりのなかへはいっていって睡眠をとるいっぽう、フォン・ホルストは、洞穴の入口の地面に腰をおろして、将来の計画をねろうとした。そうやって黙然《もくねん》とすわっているとき、一頭のイノシシが通りすぎた。腹ごしらえをする肉が必要だと思いついたかれは、たちあがってこっそりとそのあとをつけた。しばらくすると、そいつは、とあるまがり角にさしかかり、そのむこうに姿を消した。ところが、そいつがそれほど遠くへいっているはずがないと思いはしたものの、二度とその姿をおがむことができそうもないような気がするのだった。それに、道が縦横無尽にいりみだれていたから、やがてかれは、そいつがどっちへいったのかわからなくなってしまい、ついにあきらめて洞穴のほうへひきかえしはじめた。


……冒頭より

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