「恐怖のペルシダー」

E・R・バローズ/関口幸男訳

ドットブック版 213KB/テキストファイル 149KB

600円

ペルシダーの皇帝イネスは、地底世界に消息を絶ったフォン・ホルストを救出して、部下とともにサリへの帰途に着いた。だが、大河を渡ろうとしたとき上流からあらわれた見知らぬ戦士たちの襲撃をうけ、イネスは虜となる…そこで彼は最愛の妻がおちいった驚くべき事態を知らされる。シリーズ第5弾!
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 ジェイスン・グリドリーが最近無線で連絡をとってきて、地上世界ではいま西暦一九三九年だとおしえてくれたときには、かれのいっていることがほとんど信じられなかった。それというのも、アブナー・ペリーとわたしがあの巨大な鉄のモグラに乗りこんで地殻を突き破ってこの地底世界へと送りこまれて以来、時はまったく移っていないかのように思えるからだ。ところで、この鉄のモグラというのは、地上世界の地下に埋蔵されている鉱物資源を探索する目的でペリーが発明したものである。わたしは、われわれがこの地底世界ペルシダーに三十六年間もいるのだという事実を、ガツンと一発くらわされたような思いで認識したのだった。
 おわかりいただけると思うが、星も月も存在しない世界、太陽がたえず静止したまま天頂にかかっている世界には、時をはかるすべがないのである。したがって、時というようなものは存在しないことになる。わたしは、これがまぎれもない真実であると信じるようになっている。なぜなら、ペリーの身体にもわたしのそれにも、肉体的に時の経過を示す徴候がまったくみとめられないからだ。鉄のモグラがペルシダーの地殻を突き破って飛び出したとき、わたしは二十歳だった。そのときにくらべて現在、外見上ひどく年をとったようには見えないし、そんな感じもしない。
 ペルーが百一歳なのだということをわたしが思い出させてやったとき、かれは、いま少しで発作を起こすところだった。まったくばかばかしいことであり、ジェイスン・グリドリーがわたしをかついでいるのにちがいないと、ペリーはいった。それから、顔を輝かせて、わたしが五十六歳なのだという事実にわたしの注意をうながした。五十六歳! なるほど、わたしがコネチカットにいるのであれば、あるいはそうだったにちがいない。しかし、この地底世界にいるわたしは、依然として二十代なのである。
 この地底世界でわれわれに起こったことのすべてをふりかえってみると、たしかに一見われわれにそう思われるよりもはるかに長い時が経過しているのだということがはっきりわかる。われわれは、きわめて多くのものを見てきたし、すこぶる多くのことをやってきた。そして生活してきたのだ! 地上世界でなら、一生のうちにこれだけの多事多難の半分すら体験することはできなかっただろう。ペリーとわたし――二十世紀のふたりの人間――は、石器時代に生活してきたのであり、この旧石器時代のひとびとに二十世紀の恵みのいくばくかをもたらしてきたのである。かれらは、われわれが到来するまでは石斧と穂先のついた槍(やり)で殺しあいをやってきた。そして、わずか二、三の種族のみが弓矢を持っていたのにすぎなかった。しかしわれわれは、火薬やライフル、大砲の作りかたを教えた。かれらは、そろそろ文明の利器というものに気づきはじめている。
 わたしはしかし、ペリーがはじめてこころみた火薬の実験について忘れることはないだろう。はじめて火薬を完成したとき、そのいばりようときたらたいへんなもので、かれを制止するのに苦労したほどだった。「これを見ろよ!」点検してみるようにとその小量をわたしに示しながら、かれはさけんだ。「さわってみろよ。匂いをかいでごらん。味をみてごらん。今日は、わが生涯で最高に誇るべき日だね、デヴィッド。これが文明への第一歩だ。しかも、長い一歩だよ」
 たしかにそれは、外見的に火薬のあらゆる属性をそなえているかに見えた。ところが、その内面においてはなにかを欠いていたのにちがいない。燃えようとしなかったからだ。燃えないという点を別にすれば、かなりよい火薬だった。ペリーは意気消沈した。しかし、実験をつづけ、しばらく後にだれでも殺せるようなしろものを作りだしたのだった。
 それから、戦闘用船隊が創設された。ペリーとわたしは、名もなき海岸で最初の船を建造したのだった。それは、巨大な棺桶(かんおけ)におどろくほどよく似た、新しい構想をとりいれた平底船だった。ペリーは科学者である。かつて船を建造したことはないし、船の設計についてはなにも知ってはいなかった。しかしかれは、科学者であるがゆえに、すこぶる有能な人物であったから、科学的な基礎にもとづいてこの問題にとりくむのがかれにはふさわしいのだと主張した。われわれは、その船をコロ(ヽヽ)の上で建造した。完成すると、それを水際へとすべりおろしていったのだった。そして、五、六十メートルばかり先へ威風も堂々と船出したのだが、そこでものの見事にひっくりかえってしまったのだった。いまひとたび、ペリーは意気消沈したが、執拗(しつよう)に船の建造にうちこんだ。そして、ついにわれわれは、一隊の帆船を完成した。これは、この広大な、神秘につつまれた地底世界の一隅の海を支配し、文明をひろめ、ペルシダー人が度肝をぬかれるほどのすばやい死をもたらすことをわれわれに可能にしてくれたのだった。わたしがこれからお話ししようとしている、サリを離れてこの遠征に乗りだしたとき、ペリーは、毒ガスを完成させようと努力していた。かれは、この毒ガスが旧石器時代に文明をもたらす点でなによりも効果的ですらあると主張した。




 ペルシダー生まれの人間は、奇蹟ともいうべき帰巣本能を先天的にそなえている。信じていただきたいのだが、かれらにはそれが必要なのである。というのも、もしこの帰巣本能をもっていないと、この地底世界ではいずこであれ、自分のよく知っている土地の目印(ランドマーク)の見えないところまで連れてこられた場合、もはやどっちへ進んでよいのかわからなくなってしまうからだ。太陽がつねに静止したまま天頂にかかっているような世界、道ゆく人を導いてくれる月も星もないような世界、――したがって、こうしたものが存在しないがゆえに、東西南北のない世界を、あなたがご自分の目でごらんになったとき、さもありなんとおわかりいただけるものと思う。わたしがこれからお話ししようとしている数々の冒険へとわたしをいざなってくれたのが、仲間たちのこの帰巣(きそう)本能なのだった。
 われわれがフォン・ホルスト捜索のためにサリを去ったとき、ちょっとした手がかりをたよりにここかしこ、ある土地から別の土地へと導かれ、ついにロ‐ハールに到達して目ざす人物をさがしあてたのだった。しかし、サリへ帰還するのに、きたときのようなまわり道をする必要はなかった。そのかわりに、できりかぎり直線コースをたどって進んだのだった。ただ、どうしても克服できそうもない自然の障害だけは迂回(うかい)しなければならなかった。
 往復にたどった土地は、われわれ全員にとってまったく新しい世界だった。いつものように、おそらくはかつて人の目にさらされることの一度としてなかったであろうこれらの、いわば処女地ともいうべき土地の風景をはじめて目のあたりにして、すこぶる感動したのだった。これは、栄光の頂点をきわめる冒険だった。わたしは全身、開拓精神、探検家精神にふるいたたされたのだった。
 しかし、ペリーとわたしがただふたりきりであてどもなくさまよい歩いた、この、巨大な野獣や身の毛もよだつ爬虫類、野蛮人のばっこする世界、ペルシダーでのはじめてのいくつかの経験が、まったくうそのように思えるのだ。いまやわたしは、ルラル・アズの海辺、サリの国にペリーが建てた兵器工場でかれの指揮のもとに製造されたライフルを武装するわたし自身の部下、一団のサリ人にしたがわれているのである。有史前の地上世界にかつて徘徊していた巨大なライス、つまり小山のような穴熊ですら、われわれにとっては恐れるにたらぬ存在なのだ。恐竜のもっともでかいやつでも、われわれの銃弾の敵ではなくなっている。
 われわれは、ロ‐ハールを離れてから何行程もの長い行進をつづけた。これはおおよその見当で時を測定することができるといっていえなくもない唯一の方法なのだが、何回となく睡眠をとった。その間、ただひとりの人間にも出くわさなかった。われわれの横断していく土地は、野獣のみの棲息(せいそく)する楽園なのだった。カモシカ、赤シカ、巨大なボスの大群が肥沃な平原を移動していたり、あるいは公園然とした森の涼しい木陰にはいつくばったりしていた。小山のようなマンモス、負けずおとらず巨大なマホ、つまりマストドンを見かけた。そして理の当然のこととして、これだけの肉のあるところには肉食獣がいた――タラグ、つまり大きな剣歯虎、巨大な洞穴ライオン、さまざまなタイプの肉食の恐竜。狩手にとって理想の楽園だったが、狩手といってもそこにはけものを狩る他のけものしかいないのだった。この、生きた牧歌的風景に水をさすような人間のひとりとてまだ訪れてはいないのだ。

……巻頭より

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