「説きふせられて」

ジェーン・オースティン/阿部知二訳

ドットブック 422KB/テキストファイル 231KB

800円

「物語の進め方も、主人公アンの人間像とその恋との描出も、落ちついた、深みをもった、淡いものである。一見淡々としているようでありながら、底にはものやわらかな暗愁の気がこもり、さり気ない筆つかいのうちに人生の機微をするどくとらえ、人間心理の屈折を追求している。近代におけるもっともすぐれた心理小説の先駆といっていい」訳者はこう語る。この作品はオースティン最後の作であり、現代では、多くの作家、批評家たちによって、彼女の完成をしめすものと考えられている。

ジェーン・オースティン(1775〜1817)英国ハンプシャーに牧師の娘として生まれる。結婚せず外面的には平凡な生涯を送ったが、創作意欲は旺盛で平穏な日常生活のなかに展開するドラマを的確な人物描写によって描き上げた。「分別と多感」「高慢と偏見」「エマ」「説きふせられて」など六つの作品で知られる。モームは「高慢と偏見」を世界十大小説の一つとして挙げた。

立ち読みフロア
 サマセットシャのケリンチ邸の主人ウォルター・エリオット卿は、自分のたのしみのために読書する場合には、准男爵名簿以外の書物を手にしたことのない人だった。退屈な時間には、それに心を集中させ、気分がふさいでいるときには、それになぐさめを見いだした。はるかな昔に爵位を授けられた家柄でいまもつづいているものについて読みながら思いをめぐらすとき、心は強く刺激されて賛嘆と畏敬とにみたされた。前世紀ほとんど無数に乱造された授爵者たちの記録をひるがえしていると、家政のわずらいごとからひき起こされた不愉快な感情も、ひとりでにあわれみと軽蔑との感情に変化した──そして、もしそれらのページをいくらながめても効果のないときでも、自分の家の系譜だけは、いつもながらに興味ふかく読むことができるのだった──このお気に入りの書物は、いつもきまったページで開かれていたが、そこにはつぎのように書いてあった。

 ケリンチ邸のエリオット家
 ウォルター・エリオット、一七六〇年三月一日出生、一七八四年七月一五日、グロスタ州サウス・バークの郷士ジェイムズ・スティーヴンスンの娘エリザベスと結婚。同夫人(一八〇〇年死亡)〔作者は、一八〇一年と書くべきであった。いまは一八一四年の夏であり、彼女の死は十三年前となっている〕とのあいだに、一七八五年六月一日出生の長女エリザベス、一七八七年八月九日出生の次女アン、一七八九年十一月五日死産の長男、一七九一年十一月二十日出生の三女メアリあり。

 もともと印刷者の手で組まれた文章は、まさにこのとおりだったのだが、ウォルター卿は、自分自身と家族との便宜のために、メアリの生年月日のあとに、つぎのような言葉を書きくわえていた──「一八一〇年十二月十六日、サマセット州アバークロスの郷士チャールズ・マズグロウヴの嗣子チャールズと結婚」──そしてまた、自分が妻をうしなった月日も、正確に挿入してあった。
 本にはそれにつづいて、この伝統あるりっぱな一家の起源と歴史とが、おきまりの用語でのべられていた。一家がまずチェシャ州に定住したしだい、ダグデイル〔ウィリアム・ダグデイル卿が一六八二年に出版した貴族名鑑〕にのせられた事項──**州庁に勤務したこと、ある選挙区から三期連続して国会議員に選出されたこと、チャールズ二世即位の年に、国王に忠誠を誓って准男爵に叙されたことなどが、歴代当主の夫人のメアリとかエリザベスとかいう名といっしょに、どうどうたる十二枚折り版の二ページをうずめていた。そして最後には紋章とその題銘とを示しながら、「本居、サマセット州ケリンチ邸」と結ばれていたが、この結びの部分には、またウォルター卿の手蹟で、つぎのように書きたされていた。

 推定相続人、二代ウォルター卿の曾孫、郷士ウィリアム・ウォルター・エリオット。

 ウォルター・エリオット卿の性格は、はじめからおわりまで、虚栄のかたまりだった。風采と地位とについての虚栄である。青年時代には、めざましい美貌だったが、五十四歳の現在でも、やはりひじょうに優雅な人であった。女性でさえ、彼ほど自分の容姿を誇りに思うものはまれだったろうし、成りあがりの新貴族の従者でも、彼ほど自分の社会的地位に満足をおぼえることはなかっただろう。彼にとって、美貌であることの祝福にまさるものは、准男爵であることの祝福だけだった。だから、その二つの祝福を一身にあわせ受けた、ほかならぬこのウォルター・エリオット卿こそは、彼がもっとも熱烈な愛情と尊敬とを払うべき対象だったのである。
 彼が自分の美貌と地位とに愛着したのには、一つだけもっともと見るべき理由があった。なぜならば、彼の品性よりはすべての点でくらべようもなく高い品性の夫人をえたのは、この二つのもののおかげだったにちがいないからである。エリオット夫人は、良識があり心のやさしい、世にもすぐれた女性だった。彼女が、若い日の一時の迷いからついエリオット夫人になったことだけを大目に見るならば、そののちの判断や行動は、どんなきびしい批判にも耐えるものであった。──十七年のあいだ、彼女は夫の欠点をうまくあつかい、やわらげ、またおおい隠したりするいっぽう、彼の本来の品格を助長してきた。彼女自身としては、この世でもっとも幸福というのではなかったが、自分の義務や友人や子供たちによって充分生きがいを感じていたので、それらを見捨ててこの世を去らなければならなくなったときには、心残りがないどころではなかった。三人娘──その二人は、十六と十四とになっていたが、──母親とすれば、おそろしい遺産をあとに残すことであった。いや、うぬぼれ屋の愚かな父親の権威と指導にゆだねてゆくことは、おそろしい負債を残すことであった。けれども、彼女には、ひじょうに親密な友だちが一人あった。これは、彼女にふさわしい、気のこまかくつく、たのもしい婦人で、彼女に対する強い愛着から、ケリンチ村の彼女の近くに移ってきていた。そういうわけで、エリオット夫人は、おもにこの婦人の配慮と助言にたよって、それまで自分が娘たちに注意深く与えてきたりっぱな志操や教養が、よく助言され維持されるようにと、あとを託したのであった。
 この女友だちとウォルター卿とを知っている人たちは、二人が結婚するのではないかとあれこれ推測をたくましくしたが、結局そういうことにはならなかった。──エリオット夫人の死から十三年たったが、二人はやはり近しい隣人であり、親しい友だちであるというだけで、それぞれ男やもめとやもめとのままでいた。
 そのラッセル夫人は、年輩でもあり、ものがたい性格でもあり、またきわめて裕福だったから、彼女が再婚など考えてもいないということについては、世間に釈明するまでもなかった。世間というものは、女が再婚しない場合よりもする場合に、不条理にも不満を感じるものなのだ。しかし、ウォルター卿が男やもめをつづけていることについては、説明が必要である。──それで説明するならば、ウォルター卿は、(はなはだ不当な申し込みをしてひそかに失望したことが一、二度あってから)善き父親として、かわいい娘のために独身ですごすことを誇りとしていたのである。事実、長女のためなら何を捨ててもおしくないと称していたが、これまでのところ、あまりそうする気持ちになったことはなかった。エリザベスは、母が持っていた権利とか社会的地位で受けつげるかぎりのものを、十六歳で受けついでいた。彼女は、ひじょうに美貌でひじょうに父親に似ていたので、いつでも父親からはなはだしく尊重され、二人はほんとうに気があって、むつまじかった。ほかの二人の娘は、まるで軽くあつかわれていた。でも、メアリは、チャールズ・マズグロウヴ夫人になったことで、「人工的」に重みがついた。アンは、心が優雅で性質がうるわしかったから、真に理解のある人には高く評価されたにちがいないが、父や姉には、まったく問題にされなかった。彼女の言葉はすこしも認められず、彼女の便宜はつねにあとまわしにされた──彼女は、ただのアンでしかなかったのである。
 しかし、ラッセル夫人にとっては、それに引きかえ、アンはいとしくてならない大切な名づけ子で、お気に入りの仲よしだった。夫人は、エリオット家の三人娘をみんな愛していたが、彼女たちの母親の再来のように感じられるのは、アンだけだった。

……
冒頭より

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