「ピ−ター・パン」

ジェイムズ・M・バリー/ 佐伯泰樹訳

ドットブック版 279KB/テキストファイル 139KB

500円

ピーター・パンはロンドンのケンジントン公園で乳母車から落ちて迷子となったことから年を取らなくなった少年だ。ピーター・パンの住む世界はネバーランド、そこには海賊のフック船長やインディアンのタイガーリリーが住み、ピーターと同じように親とはぐれ年を取らなくなった子どもたち(ロストボーイ)がいて、ピーターは彼らのリーダーだった。……幻想と夢にあふれた物語。

ジェイムズ・M・バリー (1860〜1937)スコットランド生まれの英国の劇作家・小説家。エディンバラ大学卒。新聞社に勤めたあとロンドンに出て作家を志す。最初は小説で認められ、のち劇作に転向、幻想劇「ピーター・パン」で大成功を収めた。小説版はその後に書かれた。

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第一章 ピーター現わる

 子どもはみんなおとなになる――ならないのはひとりだけ。まだ幼いうちから、自分もやがてはおとなになると気づくものだ。ウェンディもそうだった。ウェンディは二歳のころ、庭で遊んでいて、花をよけいに摘むと、おかあさんのところへとんでいった。わたしが思うに、そのときのウェンディはそれはもう愛くるしかったはず。だっておかあさんのミセス・ダーリングは胸に手をあてて、「ああ、この子がずっとこのままでいてくれたらいいのに!」と叫んだからだ。母と娘のやりとりはほんのそれだけだったけれど、ウェンディにはぴんときた。わたしもいつかはおとなになるんだわ、と。だれでも二歳をすぎたら気づくもの。二歳という年齢(とし)はおしまいのはじまりだ。
 いうまでもないけれど、一家が住んでいたのは十四号の家。ウェンディが生まれるまでは、ウェンディのおかあさんが一家の主役。美しいひとでロマンチックな心の持ち主、人を小ばかにしたような口もとが、それはそれは愛らしかった。ロマンチックな心はたとえていえば、あけてもあけても中から出てくる、ふしぎな東方から来たあの入れ子の箱。人を小ばかにしたような愛らしい口もとには、キスがひとつついていた。キスは口もとの右すみにあって、これ以上ないくらい目立っていたけれど、ウェンディはどうしてもそれを手に入れられなかった。
 ダーリングおとうさんがおかあさんを射止めたいきさつはこう。おかあさんと幼なじみのおおぜいの紳士たちは、みんな恋しい気持ちにかられて、プロポーズしようと、いっせいにおかあさんの家へとんでいったけれど、おとうさんは馬車でいちばん乗りをして、おかあさんを射止めたというわけだった。おとうさんはおかあさんのすべてを手に入れたけれども、心の奥にある入れ子の箱とあのキスだけはべつだった。箱のことはずっと知らないままだったし、キスのほうはそのうちにあきらめてしまった。ウェンディはナポレオンならキスを手に入れられるかもしれない、と想像した。でもわたしには、キスを求めたナポレオンが次の瞬間には憤然としてドアをバタンとしめる姿が眼にうかぶ。
 おとうさんはウェンディによく自慢をしたものだった、かあさんはぼくを愛しているだけじゃなく、尊敬もしているんだよ、と。株のことをほんとうにわかっている人なんていないにきまっているけれど、おとうさんはよくわかっているような顔をしていた。株がふしぎと上がったり下がったりするから、どんな女の人でもおとうさんを尊敬するのさ、とよく言っていた。
 おかあさんは白いドレスを着て結婚式をあげた。結婚してまもないころはきちんと家計簿をつけていた。まるでゲームでもするみたいに喜んでつけていて、芽キャベツひとつでさえ書きもらすことはなかった。でもそのうちにカリフラワー何個ぶんも書き忘れるようになり、そのかわりに目や鼻のついていない赤ん坊の絵がいくつも見られるようになった。おかあさんは合計金額を書かなければいけないところに赤ん坊の絵を描いたのである。それはおかあさんが心に思いえがいていた赤ん坊だった。
 まずウェンディ、それからジョン、マイケルの順で生まれた。
 ウェンディが生まれて扶養家族がひとり増えたので、はじめの一、二週間のあいだ、夫婦が娘を養っていけるかどうか不安がつきまとった。おとうさんにとって生まれてきたウェンディは自慢の娘だった。けれども、じつに見上げたことにおとうさんは、おかあさんの寝ているベッドのはしっこに腰かけておかあさんの手をにぎりながら、いろいろな出費を計算していた。おかあさんは懇願するようなまなざしで、おとうさんを見上げていた。たとえこれからどうなろうと思いきってやってみるつもりだったけれど、それはおとうさんの流儀とはちがっていた。おとうさんはとにかく紙と鉛筆で計算する人だった。おかあさんに何か言われて気が散ると計算をまちがえてしまい、また最初からやりなおさないといけなかった。
「じゃましないでくれないか」と、おとうさんはおかあさんに頼んだ。
「うちには一ポンド十七シリング、会社には二シリング六ペンスある。会社でコーヒーをがまんすれば、ざっと十シリングの節約になるから合計二ポンド九シリング六ペンス。それにきみの十八シリング三ペンスを足して三ポンド九シリング七ペンス」と、早くも計算をまちがえて、「ぼくの通帳にきっかり五ポンドあるから八ポンド九シリング七ペンス――ゆらさないでくれよ――八ポンド九シリング七ペンス、点を打って位を七けた送ってと――話しかけないで、奥さん――それからうちに来たあの男にきみが貸してやった一ポンド――静かにしておくれ、赤ちゃん――点を打って赤ん坊を送って――ほら、またしくじった!――九ポンド九シリング七ペンスだったっけ? そうだ、九の九の七。さて問題は、一年を九の九の七で暮らせるかということだ」
「もちろん暮らせるわ、ジョージ」と大声でおかあさん。でもおかあさんはウェンディかわいさのあまり公正な立場に立てなかったし、なんといっても力があるのはおとうさんのほうだった。
「おたふくかぜを忘れちゃいけない」と、こわい顔で釘(くぎ)をさしておいてから、おもむろに、「おたふくかぜにかかれば一ポンドいる。低く見積もって一ポンドだから、ことによると一ポンド十シリングかかるかもしれない――だまって――はしかに一ポンド五シリング、風疹に半ギニー、合わせて二ポンド十五シリング六ペンス――指を振るんじゃない――百日咳で十五シリング」というぐあいにまたまちがえる。しかも計算するたびに合計がちがってくる。それでもともかくウェンディは、おたふくかぜを十二シリング六ペンスですませ、はしかと風疹はまとめて一回に診てもらって、無事に生きのびたのだった。
 ジョンが生まれたときも、おとうさんはやはりおなじように大騒ぎをした。マイケルのときはもっとやりくりが苦しかったけれど、ともかく二人とも親に見捨てられずにすんだ。まもなく三人が一列にならんで、子守りに付き添われてミス・フルサムの幼稚園へ通う姿が見られるかもしれない。
 おかあさんは子どもたちのそんな姿を見たかったし、おとうさんのほうは何ごとも隣近所ときっちりおなじでないと気のすまないたちだったから、やっぱり子守りを雇うことになった。といっても、子どもたちのミルク代がかさんで夫婦は貧しかったから、子守りは子守りでもナナという名のしっかりしたニューファウンドランド犬だった。ナナはダーリング夫妻が雇い入れるまで、どこの飼犬でもなかった。でもいつも子どものことを第一に考える犬だった。ダーリング夫妻がナナと知り合ったのはケンジントン公園だった。ナナはそこで暇なときはたいてい乳母車をのぞきこんでまわり、そそっかしい子守り女にいやがられた。するとナナは家まであとをつけていって、女主人に子守り女のことを告げ口してやったものだった。ナナはじつに得がたい子守りだった。子どもを風呂に入れるときには目配りが行き届いていたし、世話をしている子がほんのちょっと咳をしただけで、どんな夜中にでも目をさました。ナナの犬小屋はとうぜん子ども部屋に置いてあった。この子守りには天才的な能力がそなわっていて、咳がひどくて子どもたちががまんできなくなる頃合いをみはからって靴下をのどに巻いてやることができた。ルバーブの葉っぱを使うような昔ながらの治療法を死ぬまでかたくなに信じていたから、細菌がどうのなどという最新流行の話を聞いても、フンと鼻先で笑ったものだった。幼稚園の送り迎えのとき見せるナナのみごとな気くばりは模範的だった。子どもがきちんとしているときは静かに寄りそって歩き、ふらふらと進路をそれるとちょんちょんとつっついて元にもどす、というぐあい。ナナのおかげでジョンがフットボールをやる日にセーターを忘れたことは一度もなかった。ナナは雨にそなえてたいてい傘を口にくわえていた。ミス・フルサムの幼稚園には地下に子守りの待合室がある。ふつうの子守りはベンチに腰かけ、ナナは床に寝そべる、ちがうのはそこだけだった。ほかの子守りたちが社会的に劣った存在としてナナを無視するそぶりを見せれば、ナナはむだ話をする子守りたちを軽蔑した。それからナナはダーリングおかあさんの友だちが子ども部屋にやってくるのをいやがった。それでもやってきたときには、まずマイケルのエプロンを脱がせて青いモール刺繍つきのに着がえさせ、ウェンディの髪をなでつけてやってから、ジョンの髪めがけて突進するのだった。
 これ以上みごとな幼児のしつけは考えられなかった。ダーリングおとうさんもそれがわかってはいたけれど、近所でうわさになっているのではないかとの不安が頭をかすめることもたびたびだった。
 おとうさんはこの街でそれ相応の体面を保たなくてはならなかったからだ。
 ナナはまたべつの意味でもおとうさんの悩みのタネだった。ひょっとするとこの子守りはわたしを尊敬していないのではないか、という気がしたからだ。「ナナはあなたのことをそれは尊敬していますよ、ジョージ」おかあさんはそう言っておとうさんの不安を取りのぞいてから、おとうさんにとくべつやさしくしてあげてねと、子どもたちに眼で合図したものだ。それから楽しいダンスがはじまる。もうひとりの使用人ライザも入れてもらえることがある。長いスカートをはいて、メイド・キャップをかぶったライザはたいへんなおちびさんに見えた。でもこの家に雇われるとき、十歳はこえています、と宣誓したのだった。ほら、はしゃぎまわる子どもたちの楽しそうなこと! でもいちばん楽しそうなのはおかあさん。あんまりめまぐるしくつま先旋回をするものだから、口もとのキスしか見えないくらい。いまおかあさんめがけて突進すれば、キスを手に入れられるかもしれない。これほど天真爛漫で幸福な家族はどこにもなかった。ピーターがやってくるまでは。
……巻頭より

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