「黒死荘殺人事件」

ジョン・ディクスン・カー/平井呈一訳

ドットブック 293KB/テキストファイル 254KB

600円

 「黒死荘」と呼ばれるまがまがしい因縁つきの邸宅を舞台にしての心霊実験……その主催者が密室のなかで惨殺死体となって発見されるところから、事件は急テンポで展開する。怪奇・陰惨な犯罪に挑むヘンリー・メルヴェール卿。謎解きの妙味を満喫させるディクスン・カーの代表作。

ジョン・ディクスン・カー(1906〜77)
米国生まれだが英国に長く住み、一九三十年代に「密室トリック」ものの第一人者となり、その後は怪奇性を強調した作風の多数の作品を残した。代表作「火刑法廷」「帽子蒐集狂事件」「皇帝のかぎ煙草入れ」「三つの棺」など。

立ち読みフロア
 口も八丁、手も八丁、それのまるでかたまりみたいな老メリヴェール卿が、先日来、例のごとく陸軍省のデスクの上に、両足をでんとのせて納まりかえりながら、だれか黒死荘事件のてんまつを書くやつはいないかねと、しきりとぼやいているが、どうせそれが自分の名声に箔《はく》をつけたいためであることは、いわずともわかっている。このところ、かれの株も、だいぶ下り坂になっていた。勤務先の役所も、いまはもう諜報局とは呼ばれなくなって、たんに情報部と名前がかわり、そこでの仕事といったところで、まず、ネルソン記念碑を写真に撮るよりも、まだしも危げが少ない程度のものになっていた。
 わたしもかれも、おたがいに警察に縁故があるわけではなし、それにこっちは数年前に、すでにかれの配下からは身を引いていることだしするから、いまさらそんなお鉢《はち》を持ちこまれる筋合はない、ごめんこうむりますよと、わたしははっきり当人に、いっぽん釘をさしておいた。だいいち、われわれの友人であるマスターズ――この男は、げんざい、ロンドン警視庁の犯罪捜査課の主任警部になっている――にしてからが、あの事件はあまり書きたくはあるまい。そんなわけで、けっきょく、では君が書くべきか、それとも誰かほかの人間に書かせるべきか、ひとつ掛け値のないトランプの勝負できめたらどうだと、一も二もなくわたしは手詰めの雪隠場《せっちんば》に追いつめられてしまった。ほかの人間というのが誰だったか、今ちょっと忘れたが、とにかく、ヘンリー・メリヴェール卿でなかったことだけは確かだ。
 わたしがそもそもあの事件にかかりあうようになったのは、あれは一九三〇年の九月六日の雨のそぼ降る晩、ノース・クロス・クラブの喫煙室へ、ディーン・ハリデーがのっそりはいってきて、あの驚くべき話を聞かしてくれたときに始まる。ここで一つ、声を大きくしてぜひいっておかなければならないことがある。それは、かりにもし、ディーンの家の血統に流れているあの忌《いま》わしい業病《ごうびょう》の筋がなく、また、かれがカナダを何年か流浪していた間に、むちゃ酒をあおった祟《たた》りからくる、あの発作さえなかったら、よもやあんな危険な神経状態におちいらなくてもすんだろう、ということだ。クラブで見かけるかれは、赤茶色の口ひげをはやした、年齢《とし》のわりにふけた顔の、髪の毛が赤く、広い額の下に皮肉な目を光らし、痩《や》せて骨ばった体つきにしては、元気によく動きまわる男だったが、でもその元気なかげに、どうもいつ見ても、なんとなく暗い影が――昔の痕跡《きずあと》みたいなものがどことなくまつわりついている、といった感じがした。そういえば、いつであったか、クラブで仲間が寄り集まって、世間話に花を咲かしていたとき、誰だかが精神病患者に関する新しい学術語について、ながながと一席ぶっていたところ、ハリデーが話の最中に、いきなり横あいから話の腰を折って、「君たちは知らないかもしれんが、げんにぼくの兄貴のジェイムズがそれでね――」といって、声をたてて笑っていたことがあった。
 わたしはかれと昵懇《じっこん》になる少し前から、かれの身の上はあらまし知っていた。クラブの喫煙室では、せいぜい世間ばなしをするぐらいが関の山で、おたがいの身の上話までは出ない。ハリデーに関するわたしの知識は、ことごとく、偶然にもかれの伯母にあたるベニング夫人という人と懇親《こんしん》だった、わたしの姉から仕込んだものであった。
 なんでも姉の話によると、ハリデーは、ある茶の輸出商人の二男坊とかで、父親はすでにありあまる巨富を占めたので、そのころはもう商売にもさして身を入れず、じじつまた、店も輸入商としては、だいぶもう時世遅れなものになっていたとみえる。頬ひげ豊かな、七面鳥そっくりの鼻つきをした父親は、同業者の連中には鼻つまみで通った、名代《なだい》のやかましやだったそうだが、伜《せがれ》たちにはけっこう甘いおやじだったらしい。もっとも、ハリデー家の事実上の家長ともいうべきは、当の老人の姉にあたるベニング夫人で、この人が何かにつけて目を光らしていたのである。
 ディーンは若いころから、ずいぶんいろいろの世間を渡ってきた男だった。大戦前のケンブリッジ大学出身者としてのかれは、ごくもう凡庸な卒業生の一人にすぎなかったが、卒業と同時に戦争が勃発《ぼっぱつ》すると、同窓のだれかれたちと同じように、横のものをついぞたてにもしなかったようなお坊ちゃん育ちのかれが、一躍して、ヘーエあの男がと誰もが驚くような、りっぱな模範兵になった。やがて勲何等章だかと、榴散弾の幾片かを体内にみやげにもらって除隊すると、たちまちそれから本気にぐれだした。もめごとは起こす、いかがわしい手どり女から、約束不履行のかどで訴訟はおこされる。――本家の面々は、いずれも腫《は》れものにさわるように、怖じ毛をふるうという有様。で、とどのつまり、身状《みじょう》の悪いのは他国へ修行に出せば治るという、イギリス人一流ののんき千万な楽天主義から、ディーンはカナダへ遠島《おんとう》になったのである。
 とこうするうち、兄のジェイムズは老父の死に会って、これはハリデー家の跡目を継いだ。このジェイムズという男は、伯母のベニング夫人の大の気に入りで、寵愛すこぶる厚く、何事につけジェイムズはこうだった、ああだったと、諸事まるで清廉謹直《せいれんきんちょく》のお手本みたいにいわれていたが、ナニそのじつは、この男、芯《しん》の腐った、見栄《みえ》っぱりのけちくさいお体裁屋にしかすぎなかったのである。よく商用を口実に、近県旅行などにでかけると、あちこちのなじみの女郎屋に酒びたりで二週間もぶん流し、そのあげく、髪などなでつけて何食わぬ顔で、ランカスター・ゲートの本宅へこっそりもどってくると、どうもこのごろ体の調子が悪くて……と、いとまことしやかに狸《たぬき》をきめこむ。――そういった男であった。わたしはこの兄のこともうすうす知っているが、いつもにこにこしながら、そのくせしじゅう何か屈託のありげな、ひとつ椅子に長く腰をおろしていられない、こそこそそわそわと落ちつきのない男であった。もっともそれも、最初から良心というものを持ち合わさない人間なら、べつに仔細もなかったのだが、なまじちっとばかりの良心があるばかりに、その良心がついには、わが手でわが首を締めるようなことになったのであった。ある夜、かれは自宅にもどると、ピストル自殺をしてしまった。

……「一 黒死荘」より


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