「ポワロ登場!」(1〜 7)

アガサ・クリスティ

(1)ドットブック 130KB/テキストファイル 62KB

(2)ドットブック 124KB/テキストファイル 56KB

(3)ドットブック 140KB/テキストファイル 73KB

(4)ドットブック 144KB/テキストファイル 78KB

5)ドットブック 143KB/テキストファイル 77KB

(6)ドットブック 177KB/テキストファイル 113KB

(7)ドットブック 180KB/テキストファイル 119KB

(1)〜(5)各300円
(6)(7)350円

ミステリの女王クリスティの創造したポワロものの面白さ、抜群の冴えは、短編でも遺憾なく発揮される。おなじみヘイスティングズとの絶妙なコンビのやり取りにも、各所でニヤリとさせられ る。このシリーズには、6巻と7巻に重厚なポワロもの中編4編をくわえ、ポワロもの中短編全集といってもよいほど、ほとんどの作品を収めた。

第1巻収録作――「マースドン荘園の悲劇」「格安アパートの冒険」「ハンター荘の謎」「百万ドル公債の盗難」「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」/小西宏訳

第2巻収録作――「消えた遺言書」「戦勝舞踏会事件」「マーキット・ベイジングの謎」「呪われた相続」「潜水艦の設計図」/小西宏訳

第3巻収録作――「ヴェールをかけた貴婦人」「プリマス急行」「消えた鉱山」「チョコレートの箱」「コーンウォールの謎」「クラブのキング」/小西宏訳

第4巻収録作――「黄色いアイリス」「四階の部屋」「ジョニー・ウェイヴァリーの冒険」「夢」「海上の悲劇」/ 宇野利泰訳

第5巻収録作――「二度目のドラ」「二つの手がかり」「あなたのお庭はどんな庭?」「スペイン櫃の秘密」「二重の罪」/ 各務三郎訳

第6巻収録作――「厩舎街の殺人」「謎の盗難事件」「砂に書かれた三角形」/宇野利泰訳

第7巻収録作――「死人の鏡」「負け犬」/宇野利泰訳

アガサ・クリスティ(1890〜1976)「ミステリの女王」の名を冠されたイギリスを代表するミステリ作家。ベルギー生まれの名探偵エルキュール・ポアロの登場する「スタイルズ荘の怪事件」でデビュー。 「アクロイド殺人事件」「ABC殺人事件」「三幕の殺人」「オリエント急行殺人事件」などの、ポアロもののほか、田舎住まいの詮索好きなおばあちゃんミス・マープルが登場するシリーズなど、膨大な作品を残した。

立ち読みフロア
マースドン荘園の悲劇

 僕は二、三日所用で、町を外にしていたが、かえってみると、ポワロが例の小さな旅行鞄をバンドでくくっているところだった。
「A la bonne heure(ア・ラ・ボン・ヌール)〔ちょうどよかった〕、ヘイスティングズ。あんまり遅いんで、いっしょに行かれんのじゃないかと心配してたんだ」
「すると、なにかまた事件で呼ばれたのかい?」
「そのとおり、だが今度のは一見したところでは、解決の見込みがたちそうもない。なんでも大枚五万ポンドの生命保険に、つい二、三週間前に加入したマルトレイヴァーズなる人物が死亡してね、ノーザン・ユニオン保険会社から、その辺の事情を調査してくれと私に依頼してきたんだ」
「それで?」僕は大いに興味をそそられた。
「もちろん、通常の自殺に関する条項は保険証書に記載してある。つまり契約後二年以内に本人が自殺した場合は、保険金は支払われないのだ。マルトレイヴァーズ氏も保険会社専属の医者から当然診察は受けたのだが、それによると、血気盛んな年頃はいくぶん過ぎてはいるが、きわめて健康な状態にあるというわけで合格している。それがだ、水曜日――つまり一昨日――エセックスにある自邸のマースドン荘園内の庭で、死体となって発見された。死因は、ある種の内出血だと記載されている。これ自体は別段珍しいことではないが、マルトレイヴァーズの財産状態について、最近どうもかんばしからぬうわさが立っていたんだね。そこで保険会社は、調査して故人が破産に瀕していたことが事実であることをつきとめたんだ。
 さあそうなると、話はすっかり変わってくる。マルトレイヴァーズには美人の若い妻があったということはだよ、彼がその妻のためになけなしの金をかき集めて保険料を支払い、しかるのちに自殺したということが考えられるのだ。べつに珍しいことじゃないからね。いずれにせよノーザン・ユニオン会社の取締役である私の友人のアルフレッド・ライトから、とにかく事件の真相を調べてくれと頼んできたのだ。しかし成功する望みはあまりもてない、と彼にも言っておいたよ。死因が心臓麻痺なら、まだしも気が楽なんだがね。心臓麻痺というのは、患者の死因がはっきりしない場合、無能な田舎医者がよく使う言葉なんだ。しかし内出血というやつは、かなりはっきりしたもんだからね。いずれにせよ、もうすこし調べる以外に手がない。五分で、君の旅行仕度をすませるんだ、ヘイスティングズ、それからリヴァプール・ストリートまでタクシーを飛ばそう」
 一時間後に、僕らはグレート・イースタン線のマースドン・リーの小駅で下車した。駅でたずねると、マースドン荘園はそこから約一マイルのところとのことだった。ポワロが歩くことにきめたので、二人は大通りを歩いて行った。
「ところで、どういう作戦なんだい」と、僕はきいた。
「まず医師を訪問するよ。マースドン・リーには、一人しか医者がいないことを確かめておいたからね。ラルフ・バーナード博士さ。ほら、ここがその家だ」
 その家は高級なコッテージ風の建物で、道路から少しひっ込んだところに建っていた。門柱にかかっている真鍮の表札には、医師の名前が書いてある。僕らは通路をわたって、ベルを押した。
 ちょうどうまい時刻に訪問したということがわかった。診察時間にあたっていたが、その時には、待たされている患者が一人もいなかったからだ。バーナード医師は、かなり年輩の、いかつい肩をした猫背の男で、なんとはなしに肌ざわりのいい人物であった。ポワロは自己紹介をしてから、訪問の目的を説明して、この種の事件については、保険会社としても、充分調査せねばならぬ事情を言いそえた。
「ごもっとも、ごもっとも」バーナード医師はあいまいな返事をした。「マルトレイヴァーズ氏は、ああいう金持ちでしたから、多額の生命保険にもはいっていたんですな」
「金持ちだとお考えですか、先生?」医師は、この質問に驚いたようだった。
「ちがうんですか? 彼は自動車を二台持っていましたし、それに非常に安く買ったはずにもせよ、あの美しく大きなマースドン荘園を維持して行くのは、なみたいていのことじゃないでしょう」
「しかし最近は、かなりの損失を受けたとか、聞いておりますが」医師をしげしげとみつめながら、ポワロは言った。
 しかし医師は、悲しそうに頭を振っただけで、
「そうですか? なるほど。それならば、生命保険にはいっていたことは、細君にとっては幸いでしたな。細君というのは、たいへん美しい、チャーミングな若い婦人ですが、このいたましい破局に直面してすっかりうちのめされています。気の毒に、神経がまいっちまったのです。私もできるだけのことはして慰めたのですが、なにしろショックがあまりにも大きすぎるので」
「最近マルトレイヴァーズ氏を診察されたことは、おありですか」
「いや、まるっきりありません」
「なんですと?」
「マルトレイヴァーズ氏はクリスチャン・サイエンティスト(病気に対して精神治療をおこなうキリスト教の一派)だとか、とにかくそれに類したかただと聞いておりましたんでね」
「でも、検死はなさったんでしょう?」
「いたしました。園丁が呼びに来ましたから」
「で、死因は、はっきりしていたんですね?」
「絶対たしかです。唇に血がついていましたが、出血の大部分が内出血であることは間違いありません」
「死体は、発見された場所に、そのまま横たわっていましたか?」
「そうです、誰も手を触れてはいませんでした。死体は小さな植え込みのはしに横たわっていました。カラスを射っていたところらしく、かたわらに、カラス射ちの小ライフル銃が落ちていました。内出血は、突発的におこったに違いありません。どうみても胃潰瘍でしょうな」
「射たれたという疑いはないのですね?」
「とんでもない」
「失礼しました」ポワロは謙虚にいった。「ですが私の記憶に誤まりがなければ、最近のある殺人事件で、医師が初めは、心臓麻痺と診断したものの――その後、警官が頭に貫通銃創のあることを指摘したので、前言をひるがえしたということがありましたが」
「誰が見てもマルトレイヴァーズ氏の死体には、弾創は一つも発見できますまい」バーナード医師はそっけなく言った。「さて、みなさん、ほかにご用がないのでしたら――」
 僕たちは気を利かした。
「いろいろと質問に答えてくださってありがとうございました、先生。死体解剖の必要はございませんでしょうね?」
「むろんありません」医師は、卒倒せんばかりだった。「死因は明瞭です。したがって私の職業がら、故人の近親者をいまさら不当に苦しめる必要は認めません」
 そういって医師は、背を向けて、我々の顔前でドアをピシャリとしめてしまった。


……「マースドン荘園の悲劇」冒頭より


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