「地球最後の日」

コナン・ドイル/永井淳訳

ドットブック版 143KB/テキストファイル 118KB

400円

チャレンジャー教授健在! 「失われた世界」で前人未踏の快挙をなしとげた教授は度肝をぬく予言を発表する。その予言どおり、全世界は宇宙の毒ガス帯に包みこまれ、人類は滅亡の危機に直面する。はたしてこの運命をまぬがれる方法はあるのか? ドイルの痛快SF第二弾。他に「物質分解機」と「地球の叫び」を収録。 
立ち読みフロア
 この途方もない大事件も、いずれ時がたてば細部の記憶が薄れてしまうにちがいないから、まだ印象のあざやかな今のうちに、正確に書きとめておかねばならない。だが、こうして筆を進めながらも、わたしは、この驚くべき体験をくぐり抜けたのが、『失われた世界(ザ・ロスト・ワールド)』の四人のグループ――すなわちチャレンジャー教授、サマリー教授、ジョン・ロクストン卿、そしてわたし――であったという数奇なめぐり合わせに、ただただ感嘆するばかりである。
 今から数年前、わたしが『デイリー・ガゼット』紙上に画期的な南アメリカ旅行の報告を載せた当時、やがてそれよりもさらに異常な個人的体験を語る運命にあるとは夢想だにしなかった。これは人類の歴史において前代未聞(みもん)の体験であり、おそらくは歴史の数多い記録の中でも、はるかに見劣りのする低い山々に囲まれた偉大な山巓(さんてん)として、ひときわ目立った存在となるに違いない。事件そのものの異常さはいつまでも消えないだろうが、それにしてはこの驚くべき事件に際してわれわれ四人が同じ場所に居合わせた事情は、ごくあたりまえのものと言ってよかった。事件がおこる前のもろもろの出来事については、できるだけ簡単明瞭な説明にとどめるとしよう。もっとも世間の好奇心が今もなお強く尾を引いていることから判断するに、説明が詳しければ詳しいほど読者には歓迎されるということを、わたしも決して知らないわけではないのだが。
 その日、八月二十七日金曜日――世界の歴史において永久に記憶されるべき日付である――、わたしは出社すると同時に、いまも社会部長の椅子(いす)にあるマッカードル氏をつかまえて、三日間の休暇を願い出た。するとこのスコットランド人は首を横にふり、残り少ないふわふわした赤毛をかきむしってから、あまり気乗りのしない口調で話しはじめた。
「いいかマローン君、実は近々きみにひと働きしてもらおうと思っていたところだ。きみでなければとうていこなしきれないような仕事がありそうなんでね」
「申しわけありません」私は落胆を隠そうとつとめながら答えた。「もちろんどうしてもとおっしゃるなら、この話は引っこめます。しかし大事な一身上の用件があるもんですから。もしできたら――」
「きみの都合はきいてやれんな」
 癪(しゃく)にさわったが、あからさまにいやな顔はできなかった。結局、無理なのはわたしのほうだった。新聞記者に個人の計画をたてる権利はないということを、もうそろそろ悟ってもよいころだった。
「わかりました。休暇は諦めます」わたしは一瞬の間にできるだけ陽気な声に切りかえた。「で、ぼくに何をやらせようというんですか?」
「ロザーフィールドに住む例の勇ましい男と会って、談話をとってほしいんだよ」
「まさかチャレンジャー教授じゃないでしょうね?」と、わたしは叫んだ。
「ところがまさしくそうなんだ。やっこさん先週も『クーリア』紙の若いアレック・シンプソンを追っかけて、帽子をかぶる暇も与えず大通りを一マイルも走らせた。たぶんきみもそのことは警察(さつ)まわりの連中の記事で読んだろう。うちの社の連中だって、どっちみち動物園で放し飼いになっているアメリカワニをインタビューしに行くようなもんさ。だがきみなら大丈夫だろう――彼の旧友だからな」
「なあんだ」と、わたしは心底ほっとして答えた。「それなら簡単ですよ。ぼくが休暇を願い出たのは、ロザーフィールドのチャレンジャー教授を訪ねるためだったんですからね。実は三年前の『失われた世界』への冒険旅行の記念日がやってくるので、彼が当時の隊員全部を自宅に招いてお祝いをしようというわけなんです」
「そいつはありがたい!」と、マッカードルが両手をこすり合わせ、眼鏡の奥で顔をほころばせながら叫んだ。「きみなら彼の意見を聞きだせる。これがほかの人間だったらまともに相手にはしないところだが、あの男はかつて信じられないようなことを実証してみせたから、今度の話だってあるいは本当かもしれん!」
「彼からどんな話を引きだすんです?」わたしはたずねた。「彼はこのところ何をしているんですか?」
「今日の『タイムズ』に載った『科学的可能性』と題する彼の公開状を読まなかったのかね?」
「読んでません」
 マッカードルはひょいと身をかがめて、床から『タイムズ』を一部取りあげた。
「こいつを大きな声で読んでみたまえ」と、ある囲みを指さし、「もう一度聞いてみたいんだ。あの男の言っていることがはっきりのみこめたかどうか、自分でもちょっと自信が持てないんでね」
 つぎにかかげるのは、わたしが『ガゼット』の社会部長に読んでやった手紙である。

 科学的可能

 拝啓――先般貴紙に掲載された、惑星および恒星のスペクトル中のフラウンホーファー線のくもりに関する、ジェームズ・ウィルソン・マクフェイルの独断にみちた愚かな手紙を、いささか賞賛の念をまじえて興味深く拝読しました。彼はこの現象を、まったく重視する必要のないものとしてかたづけております。しかしながら、よりすぐれた頭脳の持ち主には、それが非常な重要性――地球上の全人類の安全をおびやかすほどの重要性をはらむものと見えるかもしれません。科学の専門用語を用いては、新聞記事から自分の考えを借りている無力な人々に、わたしの趣意を理解してもらうことが期待できないので、彼らの知能の限界まで程度をおとして、貴紙の読者にも理解できる一般的な類推を用いながら、状況を説明したいと思います。

「まったく驚いた男だ!」と、マッカードルが感にたえたように首をふった。「彼にかかっては、どんなおとなしい連中でも腹に据(す)えかねて騒ぎだす。あれじゃロンドンに居づらくなったのも無理はない。あれほど偉大な頭脳の持ち主としては、まったく残念なことだよ、マローン君! じゃ、その類推とやらを聞かせてくれ」
 わたしは先をつづけた。

……《一 フラウンホーファー線のくもり》より


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