「ラーマーヤナ」(上・下)

ヴァールミーキ/阿部知二訳

(上)ドットブック 475KB/テキストファイル 215KB
(下)ドットブック 466KB/テキストファイル 207KB

各900円

古代インドのサンスクリット語による大叙事詩。詩聖ヴァールミーキの作と伝えられる。ガンジス川の中流に位置するコーサラ国の首都アヨーディヤーを統治するダシャラタ王は3人の妃によって4人の王子を得た。長男のラーマは魔類を滅ぼすためにヴィシュヌ神が人間に化身したものであった。王は長男ラーマに王位を譲ろうとしたが、継母のカイケーイーは、自分の産んだバラタを王位につけ、ラーマを14年間追放するよう王に迫る。ラーマはそれを知ると、自ら森に入った。妻のシーターと弟のラクシュマナも彼に従った。王が亡くなると、バラタはラーマを連れ戻しに行くが、拒絶されたので、ラーマのサンダルを玉座に置いて、王国を守りつつラーマの帰国を待った。ラーマはダンダカの森において有害な羅刹(らせつ)を退治したので、羅刹の王ラーヴァナは彼を憎み、かつシーターの美貌に魅了され、彼女を略奪して、自分の王宮に幽閉した。ラーマはラクシュマナと共にシ一夕ーを救出に出かける。この救出劇の詳細がラーマーヤナの主筋である。途中、ラーマは猿王スグリーヴァの窮地を救ったので、神猿ハヌーマンをはじめとする猿軍の支援を得て、ラーヴァナの王宮がランカー島にあることをつきとめる。ラーマは猿軍とともにランカーに渡り、激戦につぐ激戦のすえ、ついにラーヴァナとその配下の悪魔たちを殺し、 シーターを救出する。1年間ラーヴァナの王宮に幽閉されていたシーターは、身の貞潔を証明するために火神を念じながら火の中に入り、火神はシーターを抱きあげてその身の潔白を証言し、ラーマに手わたす。ラーマは彼女を伴ってアヨーディヤーに凱旋し、王位についた。「ラーマーヤナ」はヒンドゥー教の聖典とされて後代の文学と思想に多大な影響を与え、インド国外でも、ジャワ、マレー、ミャンマー、タイなどの文化に強い影響を及ぼし、中央アジア 、中国や日本にも説話として伝えられた。表紙絵はタイ、バンコクの「ワット・プラケオ(エメラルド寺院)」にある大壁画の一部で 、猿軍とともにランカーを攻撃するラーマとラクシュマナを描いている。

ヴァールミーキ ガンジス川流域のコーサラ国(紀元前6世紀頃を盛期とする)の人であったといわれ、「ラーマーヤナ」の作者とされるが、「ラーマーヤナ」は何百年も語り継がれてきた物語であり、ヴァールミーキはその代表的な編成者とみなされる。そのために彼はインドのホメロスとも称される。

立ち読みフロア
 詩歌にすぐれ聖典に通暁(つうぎょう)する聖者ヴァールミーキはあるとき、ブラフマー神(梵天)の子なる神仙ナーラダにたずねたのであった。
「おお聖なる神の御子ナーラダよ、ただいまのこの世において、いかなる人が最も秀で、学芸に達し、力強く、心けだかく真実にみち、信義を守り、徳高く、寛仁(かんじん)でありましょうか。いかなる人があらゆる生きとし生けるもののために善をなすでありましょうか。いかなる人が世のあらゆる道を知りつくしているでありましょうか。いかなる人が類(たぐい)なく賢明でうるわしいでありましょうか。いかなる人が怒りにも流されず、悪にもまけず、しかもひとたび怒れば神すらも彼と戦うことをおそれるのでありましょうか。いかなる人の勇気が世界を悪より守るでありましょうか。いかなる人に運命はあらゆる祝福を与えているでありましょうか。いかなる人が最善の王であり、天上の王なるインドラ神に比べうるでありましょうか。神の子ナーラダよ、おんみのみがこの地上にかかる人あることを知っておられます。お聞かせありますよう」
 そのとき、神仙ナーラダは天、空、地の三界を知るものとして答えた。
「隠者よ、いまおんみが讃えたごとき稟質(ひんしつ)は世の常のものには与えられてはおらない。しかしながら地上に稀にかかる人のあることを告げよう。いまこの世にラーマの名をもてる誉れ高き人がある。彼は偉大なるイクシュヴァーク王朝のものである。彼は聖徳をつみ、力は抜群である。そのたくましき腕は膝にまで達し、のどには三つの真珠貝のごときかたまりが見え、肩はいかって広く、胸は大きく、頭部は凛々(りり)しく、顔は秀麗であり、あごは強く、頸骨は太い。その目は大きく、時としてやわらかく緑にかがやく。丈は高からず、低からず、容姿は端正である。この気高く、うるわしく、力強きラーマこそは、かぎりなき叡智をもち、雄弁にめぐまれている。彼は正しく、信義を守り、謙譲であり、法にしたがう。彼の性格は純である。その名はかがやき、聡明にして、自己をよく制する。彼は万人を保護し、宗教と階級制度とを守り、近親と友とを助ける。彼はブラフマー神そのもののごとくである。彼は敵をうちくだく。彼は聖典に通じ、弓術にすぐれ、彼にうち倒されたものも彼の勇気を賞讃せずにはおかない。彼は忍耐心に富み、すぐれた記憶力を持ち、学ぶことが深い。情にあつく、人々は彼を愛し、あらゆる川が大洋に注ぎこむごとく、つねにあらゆる人々が彼に寄りつどう。彼は味方にも敵にも公正である。
 このラーマは王妃カウサリヤーから生まれ、万人にうやまわれているのである。おもおもしきこと大海のごとく、力はヴィシュヌ神のごとく、うるわしきこと月のごとく、耐えしのぶことは大地のごとく、怒れば地獄の火のごとく、人を豊かにめぐむことは富の神クヴェーラのごとく、信仰は真実そのものである。
 さて、ダシャラタ王(十車王)はあらゆる人民のよろこびのうちに、この王子ラーマに王冠を伝えようとした。しかし、ラーマが玉座に上ること近しとみるや、カイケーイー妃は彼の追放を王に願い、王はかねて彼女に結んでいた誓約にしたがい、彼女の王子バラタを玉座にむかえることとし、ラーマを森に追いやった。ラーマは抗することなく森へのがれ去った。腹ちがいの弟、心まめやかなラクシュマナはラーマを慕ってともに森へおもむいた。かぎりなくうるわしいラーマの妃シーターは、女性の中の宝玉であり、その美は女神のごとくであったが、彼女もまた、星が月にしたがうごとく森へのがれた。
 かくしてラーマの一行は聖なるガンジス河を渡り、別れを惜しんで送りきたったものたちとわかれ、森深くわけいった。やがてチトラクータ山のほとりに庵(いおり)を結び、静寂に、楽しき日々をおくった。
 ラーマが森へ去った後、ダシャラタ王は心くだけて世を去り、その後を継ぐべきものはバラタ王子であった。しかしバラタはかたくそれを拒んで、気高きラーマを追いもとめて森へ入り、やがてラーマの足下に伏して都へ帰ることを熱願した。ラーマは弟バラタの言葉にうごかされたが、亡き父王の命令を尊重し、王国へ帰ることをうけがわなかった。バラタは、いかにかきくどくも無益であることを知り、ついにラーマの足下にひざまずき、ラーマのサンダルを乞うた。かくてバラタは都へ帰ってそのサンダルを玉座におき、これを王の身代わりとし、みずからは郊外に隠棲(いんせい)して王政の代理となった。

……「一章 ヴァールミーキと『ラーマーヤナ』の由来」
冒頭より

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