「赤と黒」

スタンダール/大久保和郎訳

愛蔵版
エキスパンドブック(挿し絵入り1巻本) 1101KB/【945円】


普及版
(上)ドットブック 215KB/テキストファイル 231KB
(下)ドットブック 299KB/テキストファイル 325KB/【各420円】

田舎出の貧しい家庭教師ジュリアンは、金持ちへの反感から雇い主であるレナル夫人を誘惑するが、夫人の純粋な愛情に次第にほだされてゆく。やがて二人の仲をレナル氏に知られてしまったジュリアンは夫人のもとを去る。パリに出た彼はラ・モール公爵の秘書に雇われ、公爵の娘マチルドと恋仲になる。公爵は二人の結婚を許すが、そのときレナル夫人の名で、ジュリアンの前歴を暴露する手紙が届く……。1830年代、混乱期のフランスの一地方とパリを舞台に、青年ジュリアン・ソレルの恋と野望の遍歴を見事に描ききったスタンダールの代表作。エキスパンドブックには、ラファエロ・ブゾーニのリトグラフ多数収録。

スタンダール(1783〜1842)グノーブル生まれのフランスの作家。本名アンリ・ベール。母を早くに亡くし、厳格な弁護士の父親に教育された。17歳のとき、ナポレオンのイタリア遠征に参加、のち陸軍省にはいり、ナポレオン没落後は7年間ミラノに暮らした。7月革命後トリエステ領事、チヴィタヴェッキア領事を勤めた。この間、イタリアやパリで豪奢な社交生活を送りながら恋と執筆に明け暮れた。生涯に十人以上の女性と浮き名を流し、なかでもマチルド・ヴィスコンチーニへの報われない恋から生まれたという「恋愛論」は有名。代表作「赤と黒」「パルムの僧院」「エゴチスムの回想」など。

立ち読みフロア
  ちっとはましな連中を千人一緒に入れてみても鳥篭は別段愉快にゃならぬ。(ホッブズ)

  ヴェリエールという小さな町はフランシュ・コンテ地方の最も美しい町の一つに数えられていい。この町の赤い瓦(かわら)をいただいた尖り屋根の白い家々は、たくましい栗の繁みがそのきわめて小さな起伏までもくっきりと際立たせている丘の斜面に広がっている。昔スペイン人に造られ今では廃墟となっている町の城壁の数十メートル下をドゥー河が流れている。
  ヴェリエールの北側は高い山がそびえている。この山はジュラ山脈の支脈の一つである。ヴェラ山の鋸歯状(きょしじょう)の峯々は十月の最初の寒さが来るころから雪におおわれる。山から流れ落ちる奔流(ほんりゅう)はドゥー河に合する前にヴェリエールの町を貫流し、多くの製材小屋の鋸(のこぎり)に動力を提供している。これははなはだ簡単な工業であるが、市民というよりむしろ農民に近いこの町の住民の大部分の懐(ふところ)を多少温めてはいるのである。けれどもこの小さな町を富ませたのは製材小屋ではない。ナポレオン没落ののちにヴェリエールのほとんどすべてのファサードを改築させたほど一般の暮らしがよくなったのは、ミュルーズ製と称するところの更紗織(さらさおり)の製造のおかげなのだ。
  町へはいるや否や人々は、一見ものすごい恰好(かっこう)をした騒々しい機械の轟音に茫然(ぼうぜん)してしまう。奔流の水が動かす水車によって持ち揚げられた二十もの重い鉄鎚(てっつい)が、鋪道をゆるがす轟音を立てて落下するのである。この鉄鎚の一つ一つが毎日幾千とも知れぬほどの釘を造り出す。若々しい美しい娘たちがこの巨大な鎚(つち)の落ちて来るところへ小さな鉄片を差し出すと、またたくまに釘になってしまうのだ。この仕事は一見いかにも手荒いものなので、フランスとエルヴェシー(スイス)との国境となっているこの山岳地帯にはじめて足を踏み入れた旅行者たちの度肝(どぎも)を抜くものの一つに数えられる。ヴェリエールに到着した旅行者が、大通りを登って来る者の耳を聾(ろう)せしめるほどの轟音を立てているあの立派な製釘工場は誰のものかと尋ねると、人々は間延びのした言葉つきで「ああ、あれは町長さんのものですよ」と答える。

……《第一章 小さな町》より


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