「赤い小馬」

スタインベック作/龍口直太郎訳

エキスパンドブック 413KB/ドットブック版 188KB/テキストファイル 102KB

400円

少年は父親から赤い小馬の子を贈られ、それを育てることを委(まか)される。愛する小馬ギャビランとの出会いと不幸な別れ。スタインベックの故郷サリーナス・ヴァレーを舞台に一人の少年の成長の過程が、大自然や生き物との交流を通じて生き生きと描かれる。原始的な生命に対する郷愁が一貫してながれる詩的連作集。

ジョン・スタインベック(1902〜68)カリフォルニアに生まれ、終生そこに留まって社会性のある作品と、牧歌的な叙情的作品を書き続けた。代表作「怒りのぶどう」「赤い小馬」「エデンの東」。

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 「こっちへおいで!」と父は命じた。ジョーディーにはぼつぼつまわりの物が見えてきた。彼は箱型仕切りの中をのぞくと、あわててうしろに引きさがった。
 赤い小馬(ポニー)の子が仕切りの中から彼のほうを見つめている。ピンと張った耳が前方に傾き、その目には反抗の光が宿っている。その毛皮はエアデール犬の毛のようにザラザラとして毛深く、そのたて髪は長くもつれている。ジョーディーはグッと喉(のど)がつまり、ハッと息が止まった。
 「よく櫛(くし)ですいてやらずばなるまいよ」と父は言った。「もしおまえが餌(え)をやらなかったり、仕切りをよごれたままにしといたりという話を聞いたら、やっこさんをすぐに売りとばしちゃうからな」
 ジョーディーは小馬の目をこれ以上見つめているのにたえられなくなった。彼はしばらく目を伏せて自分の手を眺めていたが、やがてとても恥ずかしそうに、「これ、ぼくの?」ときいた。だれも答えなかった。彼は片手を小馬のほうにのばした。その灰色の鼻が近づき、大きくフンフン言ったかと思うと、唇がグッと引きさがって、そのがんじょうな歯がジョーディーの指をかみしめた。小馬は頭をあちこち振りまわし、おかしさのあまり笑っているように見えた。ジョーディは傷ついた指をじっと見つめていた。
 「うん、こいつちゃんとかめるようだな」と彼は誇らしげに言った。
 二人の男はいくぶんホッとして笑い出した。カール・ティフリンは気まずくなったので、納屋から出ると、自分ひとりになるため山腹をのぼっていったが、ビリー・バックはあとに残った。ジョーディーとしてはビリー・バックに話しかけるほうが気楽だった。
 「ぼくのかい?」と彼はもう一度たずねた。
 ビリーの口調は職業的になった。「そうだとも! でも、坊やがこいつの面倒をよく見て、ちゃんとしつけをすればだがね。やり方はおいらが教えてやるだ。こいつはまだほんの子供だからな。当分は乗るわけにもいかんだろうよ」
 ジョーディーは傷ついた手をもう一度さし出したが、こんどは赤い小馬も鼻面をなでさせてくれた。
 「ニンジンを手に入れなきゃならないね」とジョーディーは言った。「ビリー、これ、どこで買ったの?」
 「保安官の競売(きょうばい)で買ったのさ」とビリーは説明した。「サリーナスのある見世物が破産して、借金が残ったんだね。それで、保安官がその見世物の持ち物を売り払っていたんだよ」
 小馬は鼻をグッと突き出し、すさんだ目の上にたれさがったたて髪を振りはらった。ジョーディーは鼻を軽くさすった。
 「あのう……鞍(くら)はないんだね?」と彼は静かにきいた。
 ビリー・バックは笑い出した。「おや、忘れていたわい。こっちに来てくんな」
 馬具部屋にはいると、彼は赤いモロッコ皮の小さな鞍を上からおろした。「こいつはほんの見世物用の鞍でね」とビリー・バックはさもさげすむように言った。「やぶの中じゃ役に立たんが、安く売りに出てたもんだからな」
 ジョーディーはその鞍も安心して眺める気になれなかったし、てんで口をきくこともできなかった。彼はピカピカした赤いなめし皮を指先でこすっていたが、長いことたってから、「でも、あれにのせるときれいに見えるね」と言った。このとき彼は、自分の知っているいちばん雄大な、いちばんきれいなものについて考えていた。「もしあれにまだ名前がついていなかったら、ぼくはあれをギャビラン・マウンテンズ(サリーナス平野の東側を走る山脈)と呼びたいと思うね」と彼は言った。
 ビリー・バックにはジョーディーの気持ちがわかった。「ずいぶん長たらしい名前だな。ただギャビランじゃいけないのかね? そいつは鷹(タカ)って意味なんだよ。やっこさんにはいい名前だろ」ビリーはうれしくなってきた。「もし坊やが尻尾の毛を集めといてくれたら、おいらがそのうち、毛綱(けづな)を作ってやれるかもしれんぜ。そいつは訓練用の端綱(はづな)にも使えるだろうしな」
 ジョーディーは箱型仕切りにもどりたかった。「ぼく、あの小馬を学校に連れていけると思う? ……みんなに見せるためにさ」
 しかし、ビリーは首を横に振った。「あれはまだ端綱にもなれておらんでな。おいらたちがここへつれてくるのにだって、ちょっぴり時間がかかっただ。ほとんど引っぱるようにしてつれてきたんですわい。それにしても、坊やは学校に出かけたほうがよさそうだな」
 「じゃあ、今日の午後、こいつを見せるため、みんなをつれてくるよ」

……《贈り物》より

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