「ランボーの手紙」

アルチュール・ランボー/祖川孝訳

ドットブック版 174KB/テキストファイル 85KB

300円

ランボーの人となり、その文芸観を知るには最も重要な手紙。そこには赤裸々な心がのぞいて見える。

目次

ランボーの文学生活時代の手紙
 1 学生時代 一八七〇年における手紙
 2 見者 一八七一年における手紙
 3 病者 一八七二年における手紙
 4 呪われたる者 一八七三〜七五年における手紙
アルチュール・ランボーをめぐりて
 「地獄の季節」破棄説の真相
 アラビアヘのランボーの最初の逃亡(一八七八年)
 ランボーの青年期とその周囲
 ブリュッセル事件の前夜
訳者あとがき

アルチュール・ランボー(1854〜91)フランス象徴派の代表的詩人とされ、現代詩はランボーなしに語れないとまで言われるが、生前はほとんど知られることがなかった。ベルギーに近いシャルルヴィルに生まれ、パリに出た。ヴェルレーヌと共同生活を送ったが喧嘩わかれ。のち各地を放浪してさまざまな職についたが、骨膜炎を病んでマルセーユで死んだ。彼の詩作は16歳にはじまり、19歳までの、わずか4年間。亡くなったのも、37歳の夭折だった。

立ち読みフロア
A・ランボーよりP・ヴェルレーヌへ
 一八七三年七月四日付 金曜日午後

 帰って来てくれ給え、帰って来てくれ給え、親愛なる友よ、ただひとりの友よ、帰って来てくれ給え、僕は誓って善良になる。君に対して不機嫌にしていたのも、ただの冗談を、意地を張っていただけのことだ。なんとも云えないほど僕は後悔しているのだ。帰って来てくれ給え、そうすれば、そんなことはすっかり忘れられてしまうだろう。あんな冗談を君が真に受けたとはなんと不幸なことだろう。これで二日、僕は泣き通しに泣いている。帰って来てくれ給え。勇気を出してくれ給え。親愛なる友よ。なんにも失われてはいないのだ。もう一遍、旅をしさえすればいい。僕たちはこちらで、うんと勇気を出して、辛抱づよく生活しよう。ねえ、後生だから。それに、そうした方が君のためにもいいのだ。帰って来てくれ給え。君の身の廻りのものは全部そのままにしてある。僕たちの口論にはなに一つ本当のことはなかったことを、今では君も分ってくれていることと思う。あの恐ろしい瞬間! だが、君は、僕が君に船から降りて来るようにと合図をした時、なぜ降りて来なかったのだ? 二年間一緒に暮らした揚句の果てが、ああいう瞬間に辿り着こうとは! 君は何をしようと言うのだ! もし君がこちらへ帰って来るのがいやなら、君のいるところへたずねて行こうか。
そうだ、悪かったのは僕だ。
ああ! 君は僕を忘れやしないだろう、ねえ? 
いや、君は僕を忘れるなんてことはできない。
僕はいつも君という人間をつかんでいる。
 ねえ、君の友に返事をくれ給え。僕たちはもう一緒に暮らさなくてもいいのか。勇気を出してくれ給え。直ぐ返事をくれ給え。僕はこれ以上ながくここに逗留していられない。君の善良の情(なさけ)にだけ耳を貸し給え。
 至急、僕が君のところへ行くべきかどうか言ってくれ給え。
 一生涯、君のものなる
 ランボー

 至急返事をくれ給え、僕は月曜日の晩までしかここにいられない。僕はいまだに一文無しだ。これを投函することも出来ない、君の書物と原稿はヴェルメルシュ君に託した。
 もし君にもう再び逢えないことになるなら、船員か兵隊になる積りだ。ああ、帰って来てくれ給え。たえず僕は君を思って泣きくれている。逢いに来いと言ってくれ給え、僕は行くよ、どうか、そう云ってくれ給え、電報をくれ給え。僕は月曜日の晩、出発しなければならない。君はどこへ行くのだ? どうしようと言うのだ。

【今はただひとつの願いしかなかった。つまりヴェルレーヌにもう一度よりを戻してもらうことだった。あの冷い自信に満ちた彼、いかにも尊大ないかにも頑固一徹な彼、その彼を、もう一度優しみの籠ったかつての彼に戻そうとして彼を求める愛惜の思いにランボーはへたへたに打ちくだかれている。身勝手放題な真似ばかりして、痛い目に逢って、今や思う存分知らせられた、僕がなにもかも悪かった。許してくれ、善良になってみせる、ただ一人の友よ、彼は心で誓った、彼に手紙をしたためながらも、いくらでも泣けた、彼にしてはみっともないほど涙が後からこみ上げて来て仕方がなかった。
 しかも、ランボーは身動きがとれぬ、一文なしである。今日が四日の金曜日、すると、とにかく月曜日まで待ってみよう。路銀(ろぎん)はおろか、煙草を喫うにも食べるにも困った。もともと、ヴェルレーヌがいた頃から既に窮迫していた。ひと月の実入りは百フラン、たかだか百五十フランを越えない。月曜になればもう此処にのんべんだらりと留っているにもいられない状態である。財布の中味を検べるのはただ凄惨な思いに気が遠くなるだけで、思い出すだけでも恐ろしかった。ここ二、三日すれば一ペニーもなくなり、手紙を投函するにも事欠く有様を思うと自然と手足から冷え込んで来るようだった。現実は想像以上に峻烈を極めたものである。こうして彼はひとりとり残されて静まり返った泉の底のような部屋を眺め廻した。――下着、ワイシャツ、帽子入れ、などがあった、しかし売り飛ばしてみたところで金目になるようなめぼしいものはなかった。
 その翌日だった。眼を覚すと、ヴェルレーヌからの、あの「海上にて」の手紙が着いていた。正に自分の手紙を投函しようとしていた寸前であった。ヴェルレーヌからの手紙を読み返しているうちに、そこに述べられている自殺の決意も次第に信じられないものに思われて来た。ぎりぎり一杯ののっぴきならぬ厳しさはどこか欠けているようだった。一方では、どんなことがあっても二度と君には顔を合わすまいと言って置いて、他方では、手紙をくれと言い、自殺の手紙にその返事の受取り場所まで明示してある。凡そ自殺の覚悟などおぼつかないように思えた。
 彼は本然の自分の姿に返った。今までの彼とは打って変わった、突然の旋廻とも云うべき変化である。封をしてあった自分の手紙をまたもやとり出すと、彼はそれにこう付け加えた。】

A・ランボーよりP・ヴェルレーヌへ
 一八七三年七月五日

 親愛なる友よ、「海上にて」と頭書してある手紙をうけとった。今度こそは君が間違っている、それも大いに間違っている。だいいち、君の手紙には確実なものが何ひとつない、君の細君はやって来ないか、或は三月たったら来るか、知れたもんじゃない。自殺するという件についても、君という男を僕はよく知っている。で、君は自分の細君と自分の死を待ちながら、暴れ騒ぎ、うろつき廻り、人をうんざりさせようとしているのだ。いったい、君は、お互いの怒りが、どちらも本当のものでなかったということにまだ気付かなかったというのか! でも、君の方が、最後に悪かったことになるだろうぜ、僕が君に呼びかけてからでも、心にもない感情を頑として守り続けたのは君だからね。君はほかの連中となら、僕とよりももっと気持のよい生活が出来るとでも思うのかね。よく考えてみ給え。――ああ、そんなことが出来るものか!
 ただ僕と一緒にいる場合にのみ、君は自由でいられるのだ。しかも、僕は今後非常に優しくすると誓っているし、自分の悪かった点はなにもかも悔いているし、漸くはっきりした精神が得られ、君をとても愛しているというのだから、若し君が帰って来るのを、或は僕を君のところへ来させるのを、いやがったりしたら、それこそ君は重罪を犯すわけだ。そして、一切の自由の喪失と、恐らく君が今まで体験して来たもののどれよりも、もっとみじめな苦労とに長年後悔されることだろう。その上で、君が僕を知るまでどんな人間だったか、よく考えてみ給え。
 僕はというと、僕は母の家へは帰らない。巴里へ行く。月曜の晩出発するように努めよう。君がそうさせるのだが、君の服はすっかり売り払わねばならぬことになるだろう。他にどうしようもない。まだ売り払ってはいない。月曜日の朝にならなければ取りに来ないだろう。もし君が巴里へ手紙をくれるなら、サン・ジャック街二八九番地、L・フォレン宛にくれ給え。
 もちろん、君の細君が帰って来るのなら、僕は君に手紙を書いたりして迷惑をかけるようなことはすまい。手紙は決して書かぬことにしよう。
 ただ一つほんとの言葉は、こうだ――帰って来てくれ給え、僕は君と一緒にいたい。僕は君を愛している。もし君がこれを聴いてくれるなら、勇気と真剣な気持をみせてくれ給え。さもなければ、僕は君を憐む。でも僕は君を愛する、君に接吻する。そして再び会おう。
 ランボー
 もし僕を呼びよせるのだったら、月曜日の晩か火曜日の昼までは、グレイト・コオル街八番地にいる。

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