「ランボー詩集」

アルチュール・ランボー/金子光晴訳

ドットブック版 196KB/テキストファイル 79KB

300円

描きようのないものを描き、刹那に永遠の輝きをあたえた早熟な天才少年の詩の全貌を示す訳詩集。「第一詩集」「イリュミナシオン 」「拾遺」「解説」「年譜」からなる。長年、これらに親しんだ詩人金子光晴の苦心の訳でおくる。長年、これらに親しんだ詩

アルチュール・ランボー(1854〜91)フランス象徴派の代表的詩人とされ、現代詩はランボーなしに語れないとまで言われるが、生前はほとんど知られることがなかった。ベルギーに近いシャルルヴィルに生まれ、パリに出た。ヴェルレーヌと共同生活を送ったが喧嘩わかれ。のち各地を放浪してさまざまな職についたが、骨膜炎を病んでマルセーユで死んだ。彼の詩作は16歳にはじまり、19歳までの、わずか4年間。亡くなったのも、37歳の夭折だった。

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  Sensation(サンサシオン)

 夏の爽やかな夕、ほそ草をふみしだき、
ちくちくと穂麦の先で手をつつかれ、小路をゆこう。
夢みがちに踏む足の、一あしごとの新鮮さ。
帽子はなし。ふく風に髪をなぶらせて。

 話もしない。ものも考えない。だが、
僕のこのこころの底から、汲(く)めどつきないものが湧(わ)きあがる。
さあ。ゆこう。どこまでも。ボヘミアンのように。
自然とつれ立って、――恋人づれのように胸をはずませ……


  牧神の頭

 緑に金(きん)をまきこぼした宝石筐(ばこ)、しげみの葉蔭(はかげ)から、
接吻(くちづ)けて眠るによい場所、花々をいっぱいつけて、
揺れてさだめないしげみの葉蔭から、
目もあやなそのぬいとりを、たちまち引き裂いて、

 とまどった牧神(フォーン)のあたまがぬっと現われ、双(ふた)つの眼をぎょろつかせ、
まっ赤な花を手あたりしだい、白い歯牙(しが)にかけて噛(か)みさいた。
甕酒(みかざけ)の血でもぬられたように、鳶(とび)いろに輝くその唇が、
さしかわす枝々のしたで、からからとわらった。

 それから、栗鼠(りす)のすばやさで身をかくしたが、
笑いは、葉の一枚ずつにのこって、おののいていた。
飛び立つ鷽(うそ)におどろかされたあとで、金の接吻の森は、
しばしは、ふかいものおもいにとらわれていた。


  ソネット

――ボナハルト党員で、共和党の七十歳代のフランス人たち。君たちは、九十二年の祖父たちのことをおもいうかべてみるがいい。
 ポール・ドゥ・カッサニャックの「国家」より

 九十二年と九十三年の戦死者諸君。
「自由」の接吻の烈しさで、ふるいたった君たちは、
全人類の頭上に、魂にのしかかる軛(くびき)を、ものともせず、
木靴の底でふみ砕いた。

 動乱のまっただなかにおのれを投げ出した偉大な君たち。
ぼろのしたに、愛の火をとび跳ね、おどらせていた君たち。
なじみふかい畦(あぜ)や畝(うね)のいたるところに、もう一度よみ返らせるつもりで、
おお、けだかい愛人の「死」が、君ら兵士たちをばら播(ま)いた。
穢(けが)された尊厳を、わが血で洗いきよめた人たち、
 ヴァルミーの戦死者よ。フルーリユの戦死者よ。イタリーの戦死者よ。
君ら。憂わしくもやさしい瞳をした百万人のキリストよ。

 丸太棒で脅かされるように、王権のもとで屈従していた僕らは、君たちを
「共和国」の礎のもとに永眠させた。
カッサニャックの人たちが、君たちのことを、僕にくり返し、くり返し話してくれた!


  びっくりしている子供たち

 夕靄(ゆうもや)が濃い。雪もちらちら降りだして、
窖(あなぐら)のあかあかとした風抜き窓の外べりに
のぞきこんでる黒い影。うしろむきに並んだそのお尻。

 一人、二人、五人の子供がひざまずいて、いじらしいじゃないか、
なかでパン屋のおやじさんが、こんがりと、
でっかいパンをやきあげる手先をじっとながめている。

 おやじさんは、強そうな、まつ白な腕をまくりあげ、
鼠(ねずみ)いろの捏粉(こねこ)を上手にかたちにして、
燃えさかる竃(かまど)の穴に、ひょいと入れる。

 パンの焼けるうまそうな音にきき惚(ほ)れて、
おやじさんは、にったりほほえんで、
若いころのはやり唄を、鼻でうたいだす。

 子供たちはしゃがんだまま、身じろぎ一つするものはない。
母さんのおっぱいのようにあったかい、
パン焼き部屋の火照(ほてり)でからだがとけそうだ。

 菓子パンふうに手のこんだ
おあつらえの特製パンが
焼けあがって竃から出されるとき、

 まっ黒に煤(すす)でくすぶった梁(はり)のしたで、
香(こう)ばしいパンの皮と
蟋蟀(こおろぎ)がつれて歌うとき、

 熱い穴からふきつける生命(いのち)の息吹で、
ぼろでつつんだ子供たちのこころが
夢中になって、我を忘れてのり出して、

 ほんとうに、生きてる甲斐(かい)を感じていた。
ふりつのる雪の六花で蔽(おお)われて、
あわれな五人のキリストは、

 まっ赤に凍えた小さな鼻を、
鉄の格子におしつけて、
なにか、ぶつぶつ呟(つぶや)いている。

 しまった! 目(ま)のあたりの天国の
光まばゆさに目がくらみ、
あんまりかがみ込みすぎたので、

 半ズボンのお尻がびりっと裂け、
ぼろシャツのまくれあがったはしが、
寒風にびらびらひらめいているよ。

……「第一詩集」巻頭の詩より


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