「ロボット宇宙船 」

A・E・ヴァン・ヴォクト/川村哲郎訳

ドットブック版 286KB/テキストファイル 166KB

500円

ミストラが事務的な調子でいった。「さあ、こんどは窓の外をごらんになるといいわ」スティーヴンズは、眉をひそめるようにして彼女を見た。「窓だって!」と彼はいった。何かあると予想はしていたものの、彼は気の遠くなるような驚きにおそわれて、息をあえいだ。「これは、どうしたんだ!」空は暗かった。下には、茫々たる靄(もや)のひろがりがあった。やがて、最初のショックが去った。下界はものの形も生命もない混沌の中にあった。奇妙に円い感じがあって、それが非現実の世界に仕上げの一筆を添えていた。これに似た茫々たるながめをどこかで目にした記憶があったが、ようやく彼はそれを思い出した。百マイル、もしくはそれ以上の高空から撮られたV2号の写真が、これとそっくりの異様な効果を見せていたものだった。…ヴァン・ヴォクトの描く一種異様な世界!

A・E・ヴァン・ヴォクト(1912〜2000)カナダのウィニペグ生まれ。20世紀半ばを代表するSF作家のひとり。39年、「アスタウンディング・サイエンス・フィクション」誌に処女作「黒い破壊者」を発表してSF界にデビュー。「宇宙船ビーグル号の冒険」の巻頭を飾る「キアル」がそれで、以後50年代まで活躍した。代表作「スラン」「イシャーの武器店」「非Aの世界」など冒険的要素の濃い作品が多い。

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プロローグ

 最初に意識にのぼったのは、闇の中から低くいう男の言葉だった。
「そういう傷についちゃ、聞いたことはありますがね、ドクター、見るのはこれがはじめてですよ」
 それで、彼は、横丁から彼に向けて発射された――と、そこまでははっきりと、記憶にあった――弾丸は、ただ彼に傷を負わせただけにすぎなかったことに気がついた。つまり、彼はまだ、生きていたのだ。おれはまだ、生きている!……歓びが熱湯の中のゼリーのようにとけ、彼はふたたび、深い眠りの底に沈んでいった。知覚がもういちどよみがえったとき、女の声がいっていた。
「タナヒルだわ……カリフォルニア州アルミランテのアーサー・タナヒル……」
「たしかかね?」
「わたしはこのひとの叔父さんの秘書ですもの。どこにいたって、顔を見ればわかりますよ」
 ここにいたって、ようやく彼は自分に名前や出身地があることを思い出した。身体は徐々に力を回復していた。そして、突然、彼は身じろいだ。
「よし」低くおし殺した声がいった。「窓からおっぼり出して、楽にしてやれ」
 闇がたちこめ、放り出され、墜落する感覚が襲い、大きく一つ、ゆすぶられる感じがした。男が短い笑い声をもらし、女の声がいった。
「もし宇宙船が時間どおりにあそこへこなかったら、わたしは――」
 ついで彼は前方へつよくおしやられる感じをおぼえ、どこかうしろのほうに、はげしく鼓動する音があるのを耳にした。そうした感じは、やがて闇の中に絶えた。そのとき、男の声がいった。
「むろん、会葬者はたいへんな数になるだろう。だいじなのは葬式のとき、彼が死人らしくみえることで……」
 彼は夢の中で人質になっているという意識に、身体中で抵抗していた。だが全身はすっかり麻痺しており、死人のようにひっそり横たわっているほかない彼の耳には、どこか近くで奏(かなで)られる葬送の曲の音が大きく、おごそかに聞こえていた。ついで、万力(まんりき)にでもはさまれたような恐るべき一瞬がおそい、蓋がぴっちりとしめられた。
 墓穴の土が木箱にあたって、うつろな音をたてた。木箱には彼の枢(ひつぎ)がはいっていた。心には闇が吸取紙のようにおし当てられていたが、なおも必死の闘争をつづけるものが、彼の内部にはあったにちがいない。なぜなら突然、彼は長い眠りを痛切に意識したからだった。
 彼はまだ枢の中にいたが、そのとき、ひんやりとした新鮮な空気が顔をなでた。黒い闇の中で、タナヒルは手を差し出した。枢は四壁も天井も繻子(しゅす)張りで、手にはそのやわらかな感触があったが、やがてあの冷たい空気がゆっくり鼻の孔にただよい込んできた。恐怖の意識が強まって、ふたたび緊張がよみがえってくると同時に、彼は物音を耳にした。サクサクと土を掘る音。
 なに者かが彼の墓をあばいているのだった。男の声がいった。
「よし、箱をあげて、はやいところ、枢を引っ張り出せ。船が待っている」
 反動はあまりにも大きく、人間にはとても耐えられるものではなかった。そのあと、意識を取りもどしたとき、彼は病院のベッドに身を横たえていた。

……冒頭より


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