「西遊記(上下)」

呉承恩/檀一雄訳

(上)ドットブック版 182KB/テキストファイル 112KB

(下)ドットブック版 179KB/テキストファイル 110KB

各400円

中国四大奇書の一「西遊記」を、原本の雰囲気を巧みに生かしながら、冗長なところをカットして作家檀一雄が翻訳した一冊本。「きんとうん」に乗り、如意金箍棒《にょいきんこぼう》をふるい、七十二とおりの変化《へんげ》の術を使って大活躍をする孫悟空、通称八戒《はっかい》として知られ、大食漢で好色家で、少し知恵が足りない猪悟能、宝杖《ほうじょう》をふるって活躍する寡黙な沙悟浄、竜の化身であり、よく人語を解す白馬…これら4名が守護する三蔵法師。「山あれば怪あり」の言葉どおり、大きな山にかかるたび、たちまち狂風が吹きつのり、無数の妖魔怪物が襲いかかる。そして、どういうわけか果てしない空中戦の連続。大人の読み物「西遊記」を知る絶好の一冊。ちなみに女優の檀ふみは一雄氏の娘である。

呉承恩(1504頃〜82頃)江蘇省生まれの官吏・詩人で「西遊記」の作者とされる。しかし、「西遊記」は一人の作とみなすよりも、長年のあいだにいろいろなかたちで語り継がれてできあがった作品とする見方が最近では有力になっている。

立ち読みフロア

 その昔、世界はわかれて東勝神州《とうしょうしんしゅう》、西牛賀州《せいぎゅうがしゅう》、南贍部州《なんせんぶしゅう》、北倶蘆州《ほっくろしゅう》の四大州から成っていた。さて、その東勝神州の辺境に傲来国《ごうらいこく》という国があり、その国の海中に花果山《かかざん》と呼ぶ名山がそぴえていた。山の頂上には高さ三丈六尺五寸、周囲二丈四尺という巨岩が屹立《きつりつ》し、太古以来、天地の霊気に浴していた。
 ある日のこと、不思議やその巨岩がひとりでに裂けて、中からひとつの石の卵が産まれ出た。やがて、その卵は風化されて一匹の石猿《いしざる》となり、目鼻や手足もそろってくると、たちまち、這《は》ったり歩いたりするようになった。驚くべきことには、この石猿、両眼から二条の金光を放ち、それが天上にまで届いたので、玉帝《ぎょくてい》(天上の支配者)は何事だろうかと、さっそく千里眼《せんりがん》、順風耳《じゅんぷうじ》の両大将をして、南天門《なんてんもん》から様子をさぐらせた。千里眼はひと目で千里の外を見ぬき、順風耳はいながら世界のあらゆる出来事を聞き知ることができたので、調査に手間はいらなかった。両大将は見たまま、聞いたままを、つぶさに玉帝に奏上し、なおかれらの意見として、
「かの石猿、今でこそ両眼より金光を放っておりますが、見たところ、ごく普通のものを食い、水を飲んでおりますから、やがてその金光も消えうせることでございましょう」
 と申し添えた。
「されば、何ほどのこともあるまい」
 それきり、石猿のことは、忘れられてしまった。
 ところで、かの石猿はというと、山中にあって気ままに走りまわり、木の実や草の実を食い、谷川の水を飲み、鹿とたわむれ、鶴と遊び、文字どおり「山中暦日《れきじつ》なし」の悠々たる日々を楽しんでいた。ある日、たいへん暑かったので、大ぜいの猿どもと谷川で水をあびていると、そのうちにだれいうとなく、みんなでその川の水源を探ってみようということになった。そこでいっせいに駆け出し、流れに沿って山を登り、まっしぐらに水源へいってみると、そこには一条の滝がかかっていた。みんなはその美しさに感嘆して見とれていたが、やがてその中の一匹が、
「だれか滝壷の中にとびこんでいって、その底を見届けて来る勇気のあるやつはいないか。そしたら、おれたちの王様にするんだがなア!」
 と叫んだ。
 みんなはそれに賛成した。が、だれもみずから進んでその任に当ろうとする者はなかった。さきほどの猿は、二度、三度、と同じことをくり返し叫んだ。すると、たちまちこの石猿がおどり出て、
「よし、おれがやる、おれがやる!」
 と大声で叫ぶなり、さっとばかり身をおどらせて、滝壷の中へとびこんでいった。ところがなんと、滝の内側には水はなく、そこにはりっぱな鉄の橋がかかっていた。今までその橋に気がつかなかったのは、滝がすだれのようにかかって、そのかげにかくれていたからである。さて、橋の上に立って眺めると、向うに、仙人でも住んでいそうな石窟が見える。橋を渡り、近づいてよく見ると、正面に一基の石柱が建ち、その表面に「花果山福地水簾洞洞天《かかざんふくちすいれんどうどうてん》」の十字が大きく刻まれていた。石窟のなかには、以前だれかが住んでいたらしく、かまどや鍋《なべ》や碗《わん》や寝台などの家具類――それらはすべて石でできていた――が発見されたが、今は人の住んでいる様子はなかった。石猿はそれだけ見届けると、大喜びで取って返し、滝の外へおどり出て、叫んだ。
「おい、しめたぞ、しめたぞ」
「中はどんなだったい? 水は深いかい?」と、大ぜいの猿どもが口々にきいた。
「水などあるものか。鉄の橋があって、しかも、その向こうにはりっぱな石の住居があるんだ。おれたちが身をおちつけるには、もってこいの場所だよ。さあ、みんな、あそこへいって、いつまでも楽しく暮らそうよ」
 みんなは小躍りして喜んだ。そこで、石猿はみんなを案内して水簾洞に乗りこみ、ひとしきりみんなの騒ぎが静まるのを待って、かたちを正して、おごそかに宣言した。
「さて、皆の者、『人にして信無くんば、その可たるを知らず』という言葉があるが、おまえらにして初めの約束を忘れていないならば、どうしておれを王として崇《あが》めようとしないんだ」
 大ぜいの猿どもは、それをきくと、たちまち恐れ入って、うやうやしく石猿を礼拝し、大王万歳を叫んだ。かくて石猿は、王位にのぼって、みずから美猴王《びこうおう》と称し、大ぜいの猿どもを従えて、昼は花果山に遊び、夜は水簾洞に眠って、永く王者としての生活を楽しんだ。
 歳月はすみやかに流れて、いつのまにか四、五百年たった。ある日美猴王は、楽しかるべき酒宴の席で、何に感じてか、ふと一滴の涙をおとした。家来の猿どもは早くもそれを見とがめて、一同平伏してたずねた。
「大王様には、何事のご心痛であらせられまするか」
「さればじゃ、わしは今こそこうして楽しく、いばって暮らしているものの、いつなんどき、命が尽きて閻魔《えんま》大王の前によび出されないとも限らない。それを思うとなさけなくなるんだ」
「大王様、よいところへ気がおつきになりました」と、一匹の老猿《ろうえん》がいった。「すベての生きものの中で、閻魔王の手の外にあるのは、仏《ぶつ》と仙《せん》と神聖《しんせい》との三つだけでございます。大王様には、これらのかたにお会いになって、不老不死の術をお学びになるがよろしゅうございます」
「して、それらのものはどこにいるのか」
「古い洞穴の中や、深山に住んでおられます」
「よし、それではわしは、あしたにもおまえらに別れを告げ、世界のすみずみまでもその三つのものをたずねまわり、かならずや不老長生の術を習得してくるであろう」
 一同はさすがは大王様だと、手をうって感心した。そこで翌日は改めて盛大な壮行会が催おされ、その次の日の朝になると、美猴王は枯れ松を折って筏《いかだ》を作り、竹を棹《さお》として、ただひとり果て知らぬ大海へと筏を乗り進めた。

……「一 孫悟空の誕生」より

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