「孤独な散歩者の夢想」

ルソー/太田不二訳

ドットブック版 147KB/テキストファイル 113KB

300円

「黙想なさい。孤独を求めなさい……哲理を考えるにはなによりも自省することが必要です……一人でいても退屈しないことを学びなさい。人は孤独に生きると、ますます人間がすきになるものです」と書いたルソー晩年の自我探求の書。

ジャン・ジャック・ルソー(1712〜78)ジュネーブ生まれのフランスの思想家。生後すぐに母と死別、時計屋の父に育てられた。彫刻師の徒弟、家庭教師などをへたあと、ヴォルテール、ディドロ、ダランベールらの「百科全書派」と交わる。1755年に「人間不平等起原論」を著して思想家としての地位を確立。以後「新エロイーズ」「社会契約論」「エミール」を書き、18世紀最大の思想家の一人となる。しかし「エミール」は禁書となり、フランスを追放され、諸国を放浪、晩年はパリに死んだ。告白文学の傑作「告白録」はこの放浪中に書かれ、自己探求の本書とともに、死後に刊行された。

立ち読みフロア
 とうとう私はこの世で一人ぽっちとなってしまった。もはや兄弟も、隣人も、友人も、社会もなく、あるものは、ただ自分自身だけとなってしまった。およそ人間のなかでもっとも人づき合いもよく、もっとも心優しい男が、万人一致で仲間から追放されてしまったのだ。かれらは、限りない憎しみをこめて、どのような苦しみが感じやすい私の魂にもっとも残酷なものとなりうるか、といろいろ考えぬいたあげく、私とかれらとを結びつけている絆《きずな》という絆をすべて、乱暴に断ち切ってしまったのだ。かれらの態度がどうであろうと、私はかれらを愛していたであろう。かれらが人間であることをやめない限り、かれらは私の愛情から逃げていくことはできなかったのだ。だが、いまやかれらは、私にとって赤の他人、見知らぬ人間に、つまり、私にはなんの実在性もない人間となってしまった。それというのも、かれらのほうがそうなることを望んだからなのだ。とはいうものの、かれらから離れ、すべてのものから離れてしまった私とは、いったい何ものなのだろう? このことだけが、私に残された唯一の探求すべき問題である。しかし、あいにくと、この探求をするためには、まず私の境遇を一瞥する必要があろう。それは、かれらから私に到達するためにぜひ通らねばならない思考の道なのだから。
 十五年以上も前から、私はこのようなふしぎな境遇にあるのだが、その境遇は私に、いまだに夢のように思われてならない。私はいつもこんなふうに思うのだ――自分は不消化に苦しんでいる、悪夢をみながら眠っているのだ、まわりに友人のいることを知って苦悩もすっかり和らげられ、やがて目も覚めるのだ、と。そう、私はたしかに、自分でもそれと知らぬうちに、目覚めから眠りへ、というよりは生から死へと一とびにつっ走ってしまったにちがいないのである。私は、どうしてだかはわからないが、事物の秩序からひっぱり出されて、理解しがたい渾沌のなかに落ちこんでしまった自分の姿を見出したのだった。そこでは、私はなに一つ見きわめることもできない。そして、自分のいまいる立場を考えれば考えるほど、自分がどこにいるのか、ということがわからなくなってしまうのである。

……「第一の散歩」冒頭より


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