「山椒魚戦争」

カレル・チャペック作/樹下節訳

ドットブック版 211KB/テキストファイル 213KB

600円

一商船の船長が、インドネシア方面の海中で、山椒魚に似た奇妙な動物を発見する。彼は、この動物が人になれるうえに利口なことを知って、真珠採取に利用することを思いつく。そして、この仕事の企業化を、同郷人である実業家にもちかける。山椒魚は、まず単純な海中作業に利用されるが、やがて、人間はさまざまな技術を教え、言葉までさずけて、彼らを高度な仕事につけはじめる。知識と技術を獲得した山椒魚はいろいろな権利を主張しはじめる。そして……。痛烈なSF的諷刺によって、政治的・経済的・技術的・文化的な激動の時代を皮肉ってみせたチェコの奇才チャペックの代表作。

カレル・チャペック(1890〜1938)チェコスロバキア北部の炭鉱町に、医師の息子として生まれる。プラハ大学で哲学を学び、ベルリン、パリに留学。その後、作家生活にはいり、1921年に戯曲「RUR(ロボット)」「虫の生活」を発表、とくに前者は諸外国で舞台にかけられて大反響を引き起こした。「ロボット」という言葉は、彼の造語である。以後「マクロプロスの処方」「クラチカト」「山椒魚戦争」など、SF的手法の長編未来小説を次々に完成するとともに、「園芸家の一年」や、多くの自筆挿絵入りの旅行記など、親しみのわく読み物にも健筆をふるった。

立ち読みフロア

 『山椒魚には精神があるか』という問題について、『デイリー・スター』紙の行なったアンケートは、この点興味のある材料を提供している。このアンケートに対する回答のうちから、有名人の言葉をつぎに引用してみよう(もっとも、真偽のほどは保証の限りでない)。

 私は一度も山椒魚を見ておりません。しかし、自身の音楽をもたない創造物には、精神もないものと確信しております。(トスカニーニ)

 精神の問題はしばらく論外としよう。しかし、私がアンドリアスを観察しえた限りでは、彼らには個性はないと言いたい。彼らはたがいにそっくりそのままであって、すべてが同じように勤勉であり、同じように有能である……。さらにまた、同じように表情がない。一言にして言えば、彼らの間においては、標準という近代文明の理想が具現されているのである。(アンドレ・ダァルトゥア)

 もとより彼らに精神はない。この点、彼らは人間に似ている。(ジョージ・バーナード・ショー)

 ご質問は、私にいろいろなことを考えさせました。たとえば、私は私の飼っているシナ犬のビビーが、小さくても美しい精神をもっているのを知っています。それから、私のペルシアネコのシディ・ハヌムにも魂がございます。それもなんて誇り高い魂でしょう! けれども、山椒魚はどうでしょうか? この哀れな動物が、大変有能で知的であることは間違いないと思います。話すことも教えることもできますし、大きな利益をも与えているのですもの。けれども、醜いとあってみれば、どうしようもないではございませんか。(マドレーヌ・ロッシ)

 彼らに精神はない。精神ありとせば、われわれは彼らに対して、人間とひとしい経済的平等を認めねばなるまい。しかるに、そのことたるやまさに不合理と言うべきである。(ヘンリ・ボンド)

 彼らには、セクス・アッピールがございません。これは、精神がないということと同じでございます。(メイ・ウェスト)

 彼らは、面白い泳法とスタイルとをもっている。われわれは、多くのことを彼らから学ぶことができる。特に、長距離水路の場合にそうである。(トニー・ワイズミューラー)

……「山椒魚の体細胞的素因について」より


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