「人形佐七捕物帳(3)」

横溝正史作

ドットブック 135KB/テキストファイル 91KB

400円

佐七は寄り合いの帰り道、「鶴亀」という比丘尼宿(びくにやど、売春宿)に御用聞き仲間と一緒にひやかしに立ち寄る。だがお姫という十七、八のきれいな女が「明晩、ひょっとすると大川端で人殺しがあるかもしれない」と佐七にささやく…この「比丘尼宿」のほか「万歳かぞえ唄」「神隠しばやり」「吉様まいる」「お俊ざんげ」の5編を収める。
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 あらたまの、松飾りもすがすがしい江戸の新春に、ふしぎな万歳があらわれた。
 太夫《たゆう》は侍烏帽子《えぼし》に素袍《すおう》大紋、才蔵《さいぞう》は大黒頭巾にたっつけばきと、なりはふつうの万歳なのだが、妙なことに、ふたりとも、へんな目かつらをつけている。
 目かつらというのは、西洋の悪漢などのつけるマスクみたいなもので、江戸時代お花見などに、一種の仮装としてもちいられたものだが、万歳が、目かつらをつけているというのは珍しい。
 それに、かれらの歌って歩くかぞえ歌というのが、また、おだやかでないのである。
「アーラ、ひとつとせえ、ひとびと仕事にはげまんせ、はげまんせ、かせぐに追いつく貧乏神――貧乏神」
 かせぐに追いつく貧乏なしなら、話がわかるが、貧乏神はおかしいから、つい、うっかりと見物が、
「おい、太夫、それゃちがうぜ、かせぐに追いつく貧乏なしだろう」
 などと、おつにさかしら立って、半畳《はんじょう》でもいれようものなら、
「べらぼうめ、それはむかしの話だ。いまどきは、貧乏神のほうが足がはやいとさ」
 と、三河万歳としては、おっそろしく歯切れのいい啖呵《たんか》をきって、
「アーラ、ふたつとせえ、降っても照っても怠けるな、怠けるな、いまに鬼めの年貢取り――年貢取り」
 と、才蔵が鼓《つづみ》をたたくと、
「アーラ、三つとせえ、みなさん、辛抱しやしゃんせ、しやしゃんせ、泣く子と地頭に勝てやせぬ――勝てやせぬ」
 と、万歳と才蔵が往来ばたで、千鳥がけになって踊ってみせる。
 そもそも、万歳と言うやつは、町々の、戸ごとに祝ってあるいて、ご祝儀にありつくのを、なりわいとしているのだから、往来ばたで歌って踊るというのからして、だいいちおかしいというべきである。
 そこへもってきて、かれらの歌うかぞえ歌だ。
 かせぐに追いつく貧乏神だの、いまに鬼めの年貢取りだの、さては、泣く子と地頭に勝てやせぬ、などという文句は、いかにもお上のご政道にくちばしをいれるようでおだやかでない。
 そこで、
「あの万歳はただものじゃねえぜ」
 と、ひとりがいえば、
「そうだ、そうだ。あの目かつらからして、だいいち怪しい。ありゃアひょっとすると、民衆をアジって、暴動を起こさせようという魂胆じゃねえか」
 などと、なんとなく、薄気味悪くおもっている。
 しかし、当の万歳はいっこう平気で、降っても照っても、江戸の町々を流してあるく。
 目かしらをつけているので、顔はよくわからないが、太夫のほうが平家がにみたいに平たい顔をしているのにはんして、才蔵のほうは、まるで馬がちょうちんをくわえたように、長いつらをしている。
 どっちも、あんまりいい男振りではない。
 きょうもきょうとて、その万歳が、筋違御門《すじかいごもん》そとの加賀っ原で、
「アーラ、七つとせえ、泣いておさめた年貢米、年貢米、うちじゃ妻子が飢えている――飢えている」
 と、れいによって、節おもしろく踊っていると、
「やい、やい、やい、その万歳、ちょっと待て」
 と、ひとだかりをかきわけて、ずかずかと、万歳のそばへよった男がある。見物はそれをみると、おもわず、すわと手に汗握った。
 浅草の鳥越《とりごえ》に巣くっているところから、鳥越の茂平次、一名、へのへの茂平次ともいって、ひとから毛虫のようにいみきらわれている岡《おか》っ引《ぴ》き。
 おびんずるさまみたいに、色のくろい四十男で、顔じゅうにアバタのあるところから、またの名を、海坊主の茂平次ともいう。
 この捕り物帳では、なくてかなわぬ敵役である。
 かねてより、この万歳のうたうかぞえ歌のおかしな意味に気のついていた見物は、さてこそと息をのんだが、当の万歳と才蔵も、しまったというように、顔を見合わせている。
「やい、やい、やい」
 と、海坊主の茂平次は居丈高になり、
「このあいだから、へんな歌をうたって歩く万歳がいるときいていたが、さては、うぬらだな。もったいなくも、お上をないがしろにするそのかぞえ歌、うぬらいったい何物だ。つらア見せろ、その目かつらとって、キリキリつらを見せやアがれ」
 海坊主が反っくりかえって、あわを吹いたから、万歳と才蔵は、迷惑そうに顔を見合わせていたが、やがて、万歳がペコペコしながら、
「親分、どうぞ、それだけはご勘弁を……」
 という声をきいて、茂平次は、おやとばかりに目をいからせた。
「おや、そういう声には聞きおぼえがある。いったい、うぬは何物だ」
 と、茂平次がいよいよ居丈高になるのを、そばから才蔵がなだめるように、
「親分、親分、あんた、まあ、よろしおまっしゃないか。これにはわけのあることだす。ここはひとつ、大目に見といておくれやすな」
 と、なめらかな大阪弁をきいて、海坊主はぎょっとばかりに息をのんだ。
「や、や、や、なんだ、なんだ、てめえたちは、お玉が池の辰《たつ》と豆六」
「しっ、親分、そんな大きな声を出すもんじゃありませんや。だが、そうわかれば、親分、この目かつらをとるまでもありますめえ。おい、豆六、じゃなかった、才蔵どん、それじゃボツボツいこうぜ」
「よっしゃ、それなら海坊主……やなかった、鳥越の親分、ごめんやすや、ポンポン」
「四つとやあ、黄泉《よみ》の国から鬼がくる、鬼がくる、血の池地獄に針の山――針の山。親分、おさきに」
 と、辰と豆六がいきかけるのを、
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。辰兄いに豆六兄さん、ちょっとぐれえ、待ってくれてもいいじゃアねえか」
 海坊主の茂平次が、柄にもなく、ねこなで声で呼びとめたから、辰と豆六、はてなとばかりに足をとめた。
「親分、まだなにかあっしらに、御用の筋がおありなんで」
「辰兄い、なにもそう、改まるこたあねえじゃねえか。おれとおまえたちとは長いなじみだ。ちょうどさいわい、いまは正月、ちょっと一杯、つきあってくれてもいいじゃねえか」
 日ごろケチで因業《いんごう》でとおっている海坊主が、いよいよもってねこなで声で切り出したから、辰と豆六、はてなとばかり、気味悪そうに目かつらごしに顔見合わせた。

……「万歳かぞえ歌」より

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