「人形佐七捕物帳(4)」

横溝正史作

ドットブック 145KB/テキストファイル 121KB

400円

佐七の幼な友達、巳之介(みのすけ)は男色家で、怪人物大日坊の加持祈祷所(かじきとうしょ)のお小姓銀弥(ぎんや)にほれていた。だが大日坊が毒殺され、銀也は首なし死体で発見される…この「三人色若衆」のほか、「幽霊姉妹」「浄玻璃《じょうはり》の鏡」「生きている自来也」「河童の捕り物」の5編を収めた。
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「親分、たいへんだ、たいへんだ」
「親分、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」
 神田お玉が池はおなじみの、人形佐七の住まいへ、いましもあわをくってとびこんできたのは、いわずとしれたきんちゃくの辰五郎と、うらなりの豆六という、そろいもそろったあいきょう者。
 朝風呂からのかえりとみえて、ふたりとも気味悪いほどてらてらと、額を光らせているのである。
「あ、痛ッ、な、なんだ騒々しい、どんな一大事かしらないけれど、もう少し静かにできねえものか」
「ほんとに、びっくりさせるねえ。おどかさないでおくれ。あたしゃすんでのことに、親分の耳をつき破るところだったじゃないか」
 秋立つと、目にはさやかに見えないけれど、風の音にもおどろかれる朝のこと、ひと足さきにお湯からかえった人形佐七は、いましも至極のんびりと、恋女房のお粂に耳あかをとらせているところだった。
「ひえっ、こいつは驚いた。いつもながらおむつまじいことで、これじゃ湯当たりどころのさわぎじゃねえぜ。なあ、豆六」
「ほんまにいな。朝っぱらからあねさんに耳あかとってもらはったら、さぞや世間のことが、よう聞こえるようになりまっしゃろ」
「そうよ、いまにてめえたちが天下の一大事を聞きこんで、どなりこんでくるだろうと、耳の穴をかっぽじって待っていたんだ」
「そらまあ、えらい手回しのええことだんな」
「そうとも、御用聞きは万事、これくらいの心掛けじゃねえとつとまらねえ」
 と、佐七は笑いながら、
「冗談はさておいて、辰、豆六、そのえらいこっちゃの一件を聞こうじゃねえか」
「おっと、そのこと、そのこと」
 辰と豆六はにわかにひざを乗りだすと、
「親分、ゆうべまた出ましたぜ」
「出たとはなにが出たんだ」
「なんやちゅうて、親分、ほら、あの自来也《じらいや》やがな」
「なに? 自来也がまた出たと?」
 佐七はおもわずいきむ拍子に、あ、痛ッ、と、耳をおさえて、
「おお、いてえ、だしぬけに脅かすもんだから、もう少しで片耳ふいにするところだった。お粂、もうよそう。そして、辰、豆六、その自来也が出たというのは、いってえどこの家だえ」
 佐七はにわかにひざを進めた。
「へえ、なんでも浅草橋場《はしば》の川岸にある、蔦《つた》の家《や》の寮だということで」
「蔦の家といや、柳橋の芸者家か」
「そやそや。なんでもそこへ、いま、小花という芸者衆が、病気保養にきてるんやそうだすが、そこへさして、ゆうべ自来也が押しこんだちゅうので、いやもう、そこらじゅうえらい騒ぎや」
「ふむ、その小花になにか間違いでもあったのか」
「いや、そのほうはさいわいに、小花も、女中のお芳《よし》というのも、よく寝込んでおりましたので、あやまちはなかったそうですが、ここにまたしても、妙なものが盗まれました」
「妙なものって、こんどはなんだ」
「それが、親分、小花の銀のかんざしが一本きりで」
「なんだ、銀かんざしが一本きりかえ」
「へえ、それだけやちゅう話だす。ほんまにけったいなやつやおまへんか。せっかく、危ない目えして忍びこんでおきながら、いつも盗んでいくのは愚にもつかんものばっかり、さっぱり気のしれんやつやなあ」
「ふうむ」
 と、佐七は腕こまぬくと、
「そして、やっぱり例のやつがのこしてあったんだろうな」
「へえ、そりゃもう、いつものとおりで、壁のうえに墨くろぐろと、左書きの文字で自来也と、たしかに書き残してあったそうです」
「ふうむ」
 と、佐七はもういちど、うめくように鼻から息を吐きだして、小首をかしげたものである。

……「生きている自来也」より

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