「人形佐七捕物帳(6)」

横溝正史作

ドットブック 123KB/テキストファイル 91KB

400円

佐七一家が近所に越して来た俳諧の師匠に弟子入りして連句をひねりはじめた。だが師匠の家にある池の中に鏡らしきものがあり、しかも幽霊が出るという。やがて師匠が殺されているのが見つかり、池の中からは千両箱と何者かの死体があがる…連句には謎がこめられていた…この「お玉が池」のほか、「ふたり後家」「三日月おせん」「狸ばやし」「若衆かつら」の5編を収めた。

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 おしゃべりお竹
  ――いまにひと騒動起こりそうで

「髪はからすのぬれ羽いろっていいますが、ほんとに、ねえさんのお髪《ぐし》のことですね。くせがなくて、素直で、そして、まあ、このつやつやとしておりますことといったら……」
「お竹さん、あいかわらず、お世辞がいいわね。いくらほめたって、なんにも出ないよ」
「とんでもない。そんなつもりでいうんじゃありません。ほんに髪はからすの……」
「いいわよ。わかったわよ、お竹さん。おまえさんのお世辞のいいのは、通りもんなんだから。それより、お半ちゃんはどうしたの」
「え、お半ちゃんがどうかしましたか」
「なんだか、とってもしょげてたわよ。お師匠さんにひどくしかられて、おひまが出るかもしれませんと、涙ぐんでいた。どんなしくじりがあったのかしれないけれど、まだ若いんだから、まあ、たいがいに堪忍しておやりな」
「そんなこといってましたか。ひまを出すなんて。そんな……あの子はどうも、気が弱くていけないんですよ。それでつい、してはいけないってことをしてしまうんです」
「いったい、なにをしたのさ」
「それがねえ。わたしどものように、ご新造さんや、お嬢さんあいてのしごとをしておりますと、つい殿方からへんなことを頼まれるんでございますよ」
「へんなことって……ああ、そうなの? 付けぶみなんかの橋渡し……?」
「そうなんでございますよ。だから、あの娘《こ》の弟子入りのときも、それだけは懇々といましめておいたんです。どなたに、どんなに頼まれたってこれだけはけっしてお引き受けしちゃならないって……それだのに、あの娘は気が弱いもんですから、頼まれると、つい……」
「そうなの。それで、おまえさんにがみがみいわれたのね。でも、うらやましいじゃないの。あたしもたまにゃ、艶書《ふみ》でもつけられる身になってみたい。お半ちゃん、だれからかことづかってきてくれないかしら」
「とんでもない」
「ほ、ほ、ほ、ほんとにとんでもないわね。こんなおばあちゃんになっちゃ、だれだって、はなも引っかけてくれやアしない」
「ご冗談を……いえね、ねえさんに思いをこがしてる男なら、それこそヤマほどあるんですが、それがそれ、ぬしある花ですからね」
 神田お玉が池は佐七の住まい。
 お粂《くめ》はどこへ出かけるのが、出入りの女髪結いお竹をよんで、きょうはとんだおめかしである。
 となりの部屋では、佐七がつまらなそうに鼻毛を抜いているそばで、辰と豆六が、これまたつまらなそうにヘボ将棋。
 いや、岡っ引きが鼻毛をかぞえ、子分がヘボ将棋にからだをもてあましているようじゃ、まことに天下泰平である。
 佐七はきくともなしに、となりの部屋の会話をきいていたが、やがて、にやりと笑うと、
「おい、お竹さん、そのお粂がぬしある花かえ。花は花でも、どくだみかなんかの花だろ」
「あれ、親分のお口のわるい」
「おまけに、そのぬしというのが野暮な十手をふりまわすやつだから、これじゃ、おっかながって艶書《ふみ》をつけるやつもあるめえ。どうだ、お粂、そんなに艶書がつけてもらいたきゃ、もらえるようにしてやろうか」
「いやだねえ、おまえさん、冗談だよ」
「親分、あねさんに艶書がくるようにしてやるって、いったい、どうするんで」
「後家にしてやるのよ」
「あれ、まあ、おまえさん、縁起でもない」
「なにをいやアがる。こんなれっきとした亭主がありながら、お半ちゃん、だれからか艶書《ふみ》をことづかってきてくれないかしら……おのれ、よくもぬかしゃアがったな。よし、後家にしてやる。おれが死ねばいいんだろ」
 と、佐七の声が巽《たつみ》あがりにはねあがったから、さあ、よろこんだのが辰と豆六で。
 このお粂佐七のご両人、日ごろはいたって仲がいい。
 夫婦仲のいいのはけっこうみたいなもんだが、これも度がすぎると困ることもあるもんで。ことに、二階に居候をしている辰と豆六、どっちもひとりもんだけにたまらない。
 いかに近ごろのみじか夜とはいえ、階下からきこえる喋々喃々《ちょうちょうなんなん》に、蒸し殺される思いである。
 だから、ときどき夫婦をけしかけて、はなばなしくけんかをやらせては、涼をとることにしているのだが、ことにきょうは、女房の結いたて亭主ちょっとほれ、なんてことになってはたまらんと、さきほどより警戒おさおさ怠りなかったところだから、しめたとばかり、
「そうそう、女でもいちばん味のいいのは、後家さんだというから、親分も……」
「あねさんがかわいいと思わはったら、ひとつ、後家さんにしてあげるんやね」
 と、図にのってはやし立てそうになったから、あわてたのは髪結いのお竹で、
「まあ、辰つぁんも豆さんも、なにをいうんだね。縁起でもない。そうそう、それで思い出しましたが、お半がしくじった一件というのも、つまりはその、後家さんなんですよ」
「後家さんがどうしたと?」
 佐七の声はまだ荒っぽい。
 お竹はいよいよあわてて、
「いえね、お半が艶書《ふみ》をたのまれたのが、黒門町の後家さんなんです。それがばれて、ご養子さんからねじこまれ、あやうくおとくいさんを一件しくじるところだったんですよ」
 と聞いて、はてなとばかり、首をひねったのがきんちゃくの辰で。なにせ、この辰五郎というのが、大江戸女細見《さいけん》ともいうべきで、女にかけては好学博識の徒。
 どこそこの娘は器量はいいがわきががするとか、どこそこの後家はすましているがときおり芳町《よしちょう》がよいをするなアんてことを、すみからすみまで知ってるほどの兄いだから、後家ときいては黙ってはいられない。
「黒門町といやア、あそこにゃ、甲州屋と越後屋に若後家がいて、町内でふたり後家と大ひょうばんだが、お竹さん、お半ちゃんが艶書をたのまれたのは、そのひとりとちがうかえ」
「へっへっへ、だまっているところをみると、図星やな。お竹さん、すると艶書をつけたというやつは、湯島の境内へ出てる嵐梅之丞《あらしうめのじょう》とちがうのんか」
「まあ、それじゃ、そんなうわさがこのへんまできこえているんでございますか」
「それゃこちとらは地獄耳よ。なんでも、越後屋の後家のお栄と、甲州屋の後家のお幸が、梅之丞のとりっこで、女だてらにとんだ鞘当《さやあ》てをやってるってえじゃないか」
「さあ、それなんですよ。おとくいさきのことをとやかくいうのはなんですけれど、それでいまにひと騒動起こるんじゃないかと、心配してるんでございますよ。親分、きいてください。こうなんです」

……「ふたり後家」冒頭より

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