「人形佐七捕物帳(11)」

横溝正史作

ドットブック 151KBテキストファイル 99KB

400円

本巻収録作品
◆春姿七福神
◆血屋敷
◆女虚無僧
◆武者人形の首
◆狸御殿《たぬきごてん》
立ち読みフロア

血屋敷

 七代目菱川寅右衛門《ひしかわとらえもん》
 ――お由良様《ゆらさま》の幽霊が出るんです

 神田お玉が池は人形佐七のいちの子分、おなじみのきんちゃくの辰五郎に伯母《おば》がひとりあって、本所の緑町に住んでいることは、いつもお話するとおりだが、この伯母は名をお源といって、両国のおででこ芝居の三味線ひきなんかやっている。
 そのお源が、ひな節句の前日に、ひょっこりと神田お玉が池の佐七の家へやってきた。
「ご免くださいまし。ひさしくごぶさたをいたしましたが、みなさんお変わりはございませんかえ」
「おや、だれかとおもえば、辰つぁんの伯母さんかえ。さあさあ、おあがりなさいよ。きょうは芝居はお休みかえ」
「はい、公方《くぼう》さまのおたか狩りが、葛西《かさい》のほうでございますので、しばらく芝居は休みでございます」
 両国かいわいにある芝居をはじめ見世物小屋は、将軍のお成りがあるときは目障りとあって、取り払いを命じられるのが定例になっていた。
 お粂《くめ》もそれを知っているから、
「おや、まあ、そうかえ。それじゃ、きょうはゆっくりしていけるねえ。ちょっと、おまえさん、辰つぁんの伯母さんだよ。辰つぁん、おりておいでな。本所の伯母さんがおいでだよ」
「おや、お源さん、おいでなさい。そして、辰になにか御用かえ」
「これは、これは、親分さん、いつもお元気でなによりでございます。いえ、きょう参りましたのは、親分さんに折りいってお願いがございまして」
「はて、あっしに頼みというと……?」
 佐七が長火ばちのまえから向きなおるところへ、二階からいきおいよくおりてきたのが辰と豆六。
「おや、伯母さん、おいでなさい。そして、なにか土産を持ってきたかえ」
「まあ、辰つぁんたら。伯母さんの顔をみると、さっそく土産の催促かえ」
「ほっほっほ、ほんにがさつもので困ります。あねさんもこんなのをふたりもかかえて、さぞ骨の折れることでございましょうねえ」
 と、刷毛《はけ》ついでに豆六もいっしょにがさつものにきめてしまうと、
「はい、はい、親分さん、お口に合うかどうか、途中で目につきましたから握らせてまいりました。お茶うけがわりにでも、おあがりくださいまし」
 と、差し出すふろしき包みを、辰五郎は遠慮なくひらいてみて、
「おや、すしかえ。こいつは豪気だ。豆六、さっそく茶をいれねえ」
「おっと、合点や。やっぱり伯母さんやな。そんなら、さっそくよばれまひょか」
 食い意地にかけては人後におちぬ豆六が、お世辞たらたら、まっさきに手を出したのをきっかけに、みんなですしをつまみながら、
「ときに、お源さん。あっしに用事というのは?」
「はい、そのお願いと申しますのは、じつは、わたしのことではございませんので。親分、ちょっとお待ちくださいまし」
 お源は立って上がりがまちにいくと、格子の外をのぞきながら、
「お銀さん、なにも恥ずかしがることはありゃしない。こちらへおはいりなさいよ」
 お源の声に、
「はい」
 と答えて恥じらいがちにはいってきたのは、年のころは二十か二十一。おとなしやかななかにも、どこかきりりとしたところのあるいい娘だったが、辰はその顔を見るなり、
「おや、おまえはお銀さんじゃないか」
 と、目をまるくした。
「辰、おまえこの人を知っているのかえ」
「知らねえでどうするもんですか。親分にもいつか話したことがありますが、菱川流《ひしかわりゅう》の踊りの家元、寅右衛門《とらえもん》さんの養女のお銀さん、あっしとは筒井筒、振り分け髪のおさななじみでさあね」
「あ、すると、こちらが菱川流の……どうりで、豪気に美しいと思った。そして、そのお銀さんがあっしに頼みとおっしゃるのは?」
「はい」
 と、手をつかえたお銀は、うれい顔のさびしいほおに、しいて微笑をつくりながら、
「それがまことに妙な話でございまして……じつは、ちかごろ、宅に幽霊が出るのでございます」
 ときたから、これには一同、あっとばかりにあいた口がふさがらない。
 あっけにとられて顔を見合わせていると、お銀はうすく耳を染めながら、
「こんなことを申しますと、さぞうろんなやつとおぼしめすでしょうが、ここにいるお源さんもよくご存じ、これには深いわけのあること。親分さん、まあ、ひととおりお聞きくださいまし」
 菱川流というのは、宝永ごろから連綿とつづいている踊りの家元で、代々寅右衛門を名乗っている。
 いまの寅右衛門は七代目で、名まえからみるとおっかない男みたいだが、じつはこれがばあさんで、先代のひとり娘である。
 この七代目寅右衛門、わかい時分、死ぬほど焦がれた男といっしょになれなかったとやらで、それいらい男のことはぷっつりあきらめ、ひとすじに芸の道にいそしんできたから、跡をつがすべき子どもがない。
 そこで、幼いときから引き取って育ててきたのが養女のお銀。
 さいわい踊りの筋もいいので、ゆくゆくは、これが八代目を名乗るのだろうと、ひともいえば、お銀自身もそう信じている。
 家族はこの寅右衛門親子のほかに、内弟子のお千ということし十八になる娘と、もうひとり去年の秋ごろ、寅右衛門がどこからかつれてきた喜久太郎という、当年とって十九歳になる若者。
 ほかにお吉という女中がひとりいて、つごう五人暮らしだったが、そこへとつぜん、ことしの正月、不吉な前兆がこの一家をおそったのである。
「はて、不吉な前兆というと?」
「はい、ことしの正月の大雪に、お由良様の姿がありありと、土蔵の壁にあらわれまして……」
 と、お銀がおずおず語るところによると、菱川流の家元には、つぎのような因縁話があるのだった。


……「血屋敷」冒頭より


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