「人形佐七捕物帳(16)」

横溝正史作

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400円

本巻収録作品
◆百物語の夜
◆二人亀之助
◆きつねの宗丹《そうたん》
◆くらげ大尽《だいじん》
◆座頭の鈴
立ち読みフロア

百物語の夜

 怪談十二カ月
 ――いまにも死霊の乗りうつりそうな顔だ

 またしても人形佐七の手柄話。
 しかも、この度は、うまいぐあいにその場に居あわせた佐七が、奇々怪々な事件のなぞをそくざにといてお目にかけようという、胸のすくような捕り物奇談である。
 江戸時代――わけても文化文政年間は、怪談物の全盛時代で、夏場になると、芝居であろうが、草双紙であろうが、高座の落語であろうが、ヒュードロドロと幽霊が化けてでないことには、いっぱん民衆は承知できなかったものである。
 この流行は、しだいに武家屋敷や町家《ちょうか》にまでおよんで、しまいには素人衆のあいだでも、夏の暑気ばらいとしょうして、あちこちで百物語というのが催された。
 百物語というのは、つまり、ヒュードロドロの幽霊話の披露会《ひろうかい》である。
 あつまったひとのかずだけろうそくをともしておいて、さて、各自がとっておきのものすごいところを、一席ずつ披露する。
 そして、一席すむたびに、ひとつずつろうそくを消していくという趣向だが、さて、さいごに真打ちの話がおわって、ろうそくがことごとく吹き消されたときには、なにがさて、さんざ気味悪いところを聞かされたあとのことだから、鬼気凄然《せいぜん》として一座をおおい、どんな肝っ玉のふといひとでも、ゾッと身震いがでるという話である。
 さて、これからお話ししようというのは、この百物語の席上でおこった事件だが、ここに赤坂桐畑《きりばた》に篠崎鵬斎《しのざきほうさい》翁という旗本のご隠居がすんでいる。
 もとは幕府のお納戸頭かなにかつとめたご仁で、屋敷は赤坂表町にあり、そうとうのご大身だが、いまでは家督を一子光之助《みつのすけ》というかたにゆずり、この桐畑で楽隠居。
 根がいたっての風流人ときているので、つきあいもひろく、ときどきかわった趣向をこらしてあそぶのをなによりの楽しみとしているご老人だが、その鵬斎のおもいついたのが、こよいの百物語という催しで。
 数奇をこらした桐畑の隠居所には、主客あわせてすでに九人あつまっているが、予定よりまだ三人足りない。
 あるじの鵬斎翁はまゆをひそめて、
「これこれ、神崎殿。佐七はひどくおそいが、かならずまいるであろうな」
「はい、五つ(午後八時)までにはかならずまいると申しておりましたが、はて、どうしたものでしょうな。なにかさしつかえがあったのかな」
 と、おなじようにまゆをひそめたのは、おなじみの与力神崎甚五郎《かんざきじんごろう》。してみると、こよいの百物語には甚五郎や佐七もまねかれているとみえる。
「さしつかえがあったでは困る。こよいの趣向は、怪談十二カ月というつもりゆえ、ぜひ十二人そろえたい。あの三人が欠けたのでは、せっかくの趣向もおもしろくない」
「いや、その気づかいにはおよびますまい。約束のいたってかたい男ゆえ、まいるといえばきっとまいりましょう。まあ、もうすこしお待ちください」
 といっているところへ、うわさをすればかげとやらで、
「ええ。みなさん、おそくなってもうしわけございません」
 と、その場へ顔をだしたのは、お待ちかねの人形佐七。
 例によって、きんちゃくの辰とうらなりの豆六が太刀持ち、露払いといったかっこうでくっついている。
「おお、佐七か、おそかったではないか。そのほうの姿がみえぬので、ご主人はだいぶおむずかりだ」
「はっはっは、そういうわけではないが、年をとるとどうも気がみじかくなってな。いや、よいよい、三人の顔さえみればいうことはない」
 と、鵬斎翁もすっかりきげんをなおして、
「さあ、これで趣向どおり、十二カ月あつまったというわけだが、百物語にはいるまえに、いちおう、みなさんをお引き合わせしておこう。なかにはだいぶ顔見知りでないご仁もあるでな」
 と、そこで鵬斎翁の紹介で、いちいち名乗りをあげた人物というのは――。
 まず、だいいちが鵬斎翁のご子息で、いま篠崎《しのざき》の家督をついでいる光之助。
 当時お納戸方につとめている眉目《びもく》秀麗な若侍で、としは二十二、三というところだろう。
 そのつぎは、磯貝《いそがい》秋帆といって有名な剣客。
 年輩は四十前後、妻恋坂にある磯貝道場の名は、天下に喧伝《けんでん》されているから、佐七ももちろんその名は知っていた。
 さて、つぎはすこしかわった人物で、これはちかごろとみになだかくなった怪談作者で、宝井喜三治という男。
 年輩は三十二、三の苦みばしった男振りだが、世間では本名より、お化け師匠でとおっている。べつに喜三治のうちにお化けがでるというわけではなく、ヒュードロドロのお化け狂言がとくいだから、ひと呼んでお化け師匠。
 あまりありがたいあだ名じゃない。
 四人目はこれまたかわった人物で、当時なだかい寄席《よせ》芸人、その名を亀廼家亀次郎《かめのやかめじろう》といって、声色の吹き寄せ、百面相、また、夏場になると幽霊話もやろうというしごく器用な芸人だが、むかしは武家屋敷に奉公していたこともあるとやらで、どこかものがたいところもある人物。
 としは五十ちかくだろう。
 以上四人にあるじの鵬斎、それに神崎甚五郎と佐七の一味三人をくわえた九人が男で、あとの三人は女である。
 さて、その女というのは――
 まずだいいちは、綾乃《あやの》といって、としのころは十八、九、ひとめで武家屋敷の娘としれるかっこうだが、鵬斎翁の紹介によると、知人の息女であるという。
 それにしても、ものがたい武家の娘が、どうしてこんな会合へでる気になったのか、佐七はちょっと妙な気がした。
 なにかおもしろい話でも知っているのかと思ったが、あとになって、そうでもないことがわかったから、佐七はいよいよ変な気がしたものである。
 それはさておき、第二の女だが、これは佐七もよく知っている。
 小菊といって柳橋でもなうての芸者、としは二十三というから、すこし薹《とう》はたっているが、意地と張りとで、押しもおされもせぬ一流芸者。
 さて、いよいよさいごにのこったひとりだが、おそらくこれが当夜における圧巻だったろう。変わったというもおろかなこと、佐七をはじめ辰と豆六も、この女の姿をみたときには、おもわず目をそばだてたものである。
 女の名は薬子《くすこ》といって、巫女《みこ》――つまり、死人の口寄せなどする市子だ。
 としは五十過ぎだろう。緋《ひ》の長袴《ながばかま》をはき、口寄せにつかうあずさ弓をかたてにもって、端然とすわっている。顔はさしてみにくくはないが、白髪まじりの髪をおさげにして、くぼんだ目をギラギラさせているところは、いまにも死霊がのりうつりそう。
 辰と豆六はきみわるそうに顔を見あわせている。

 幽霊のことづけぶみ
 ――お化け師匠の顔色がさっと変わった

 これで一座十二人、あらかた紹介がおわったわけだが、それにしても、よりによってかわった人物ばかり集めたものと、佐七は内心舌をまいて感服していたが、鵬斎翁はこの人選がだいぶとくいらしく、
「さあさあ、これで顔つなぎもすんだから、これからいよいよ百物語だが、こいつはひとつくじ引きで順番をきめることにしようじゃないか」
 と、かねて用意のこよりをひくと、話をする順序はつぎのとおりにきまったのである。

 一月 人形佐七
 二月 きんちゃくの辰五郎
 三月 うらなりの豆六
 四月 神崎甚五郎
 五月 芸者小菊
 六月 お化け師匠宝井喜三治
 七月 剣客磯貝秋帆
 八月 落語家亀廼家亀次郎
 九月 娘綾乃
 十月 篠崎光之助
 十一月 巫女薬子
 十二月 篠崎鵬斎翁

 佐七はこの順番になんだか妙な気がしたが、鵬斎翁もそれに気づいたらしく、
「おやおや、これじゃ今夜の花形、佐七がいちばん前座ということになるじゃアないか。どうだ、もういちどくじをひきなおそうか」
「いえ、これでけっこうでございます。くじというものは、引きなおしたりしないものだそうで」
「さようか。そちがそういうなら致しかたがない。それではみんな、この順番にならんでもらおうか」
 鵬斎のことばに一同は座をたつと、くじの順番に席をこしらえた。
 なんせ十二畳と十畳をぶちぬいたひろい部屋のなかに、十二人の主客がばらりと散ったのだから、ひとりひとりの間隔はかなり開いている。
 やがて、そのあいだへ一本ずつ燭台《しょくだい》が持ちだされると、ほかの行灯《あんどん》はぜんぶ吹き消された。
 二十二畳の畳数に、ろうそくが十二本、それもポツポツまをひらいて立っているのだから、座敷のなかは怪談がはじまるまえからすでに、おどろおどろしき空気につつまれている。
「さあ、いよいよ席もきまったから、それでは佐七に皮切りをしてもらおうか。おっと忘れていた。あとからきた三人にはまだいわなかったが、話がすむとひとりずつろうそくを吹き消して、それからむこうの離れ座敷へいって、鏡をのぞいてくることになっているんだが、いいだろうね」
 これまた、百物語によくある趣向だから、佐七をはじめ辰と豆六もうなずくと、やがて佐七がおもむろにひざをすすめた。
「それじゃ、わたしがごめんこうむって、前座をつとめることにいたしましょう」
 と、そこで佐七が話したのは、いつか諸君も読まれるだろう『お玉が池』の物語。
「と、そういうわけで、わたしどもの話は、はじめはいくらか怪談じみておりましても、筋を運ぶにしたがって、しりがわれてくるので困ります。わたしの話しはまあこれくらいで勘弁していただきとうございますが、ここにもうひとつ妙な話がございます。それも今晩、ここへくる途中でおこったことなので、それをおまけにもうひとつお話しいたしましょう」
 と、佐七がひざをすすめたから、一同はおもわず利き耳をたてた。
「ここへくる途中、わたしどもは溜池《ためいけ》のそばをとおりました。みなさまもご存じのとおり、あのへんは昼でも寂しいところでございます。わたしはそこをとおりながら、辰や豆六にむかって、どうだ、ここは怪談におあつらえむきの場所じゃないか。この葭《よし》のなかから、ヒュードロドロとお化けでもあらわれたら、それこそ宝井の師匠の話の種だぜ、などと冗談をいっておりました。ところが、わたしの言葉もおわらぬうちに、葭のなかからぬっとあらわれましたので」
「ひえっ、あらわれたというのはなんですかえ」
 むこうのほうから亀廼家亀次郎が、とんきょうな声であいづちをうった。
「さあ、なんですか、わたしにもよくわかりません。髪をこうさんばらにした若い男で、体じゅう水びたしになっておりました。それがかぼそい声で、親分さん、お玉が池の親分さん、と、こうわたしを呼びとめるのでございます」
「へへえ?」
 こんどはお化け師匠の宝井喜三治が、おもしろそうにひざを乗りだした。
「それからどうしました」
「わたしもこれにはぎょっとしました。おまえさんはなんだいと尋ねましたが、あいてはそれに答えようとはしないで、親分さんはこれから、鵬斎翁の百物語においでになるのだろうと、こう尋ねます。そうだと答えると、それではすみませんが、これを宝井の師匠にお手渡しをしてくれと……ほら、この手紙をわたしにわたしますと、そのまままた、葭《よし》のなかへ消えてしまいましたので」
 と、ふところから取りだしたのは一通の結びぶみ。
 これには喜三治も驚いて、
「えっ、わたしに手紙ですって?」
「はい、さようで」
「いったい、あいてはどのような男でございました」
「それがいまも言ったとおり、全身水びたしになった若い男で、髪をこうさんばらにして……そうそう、片目がスーッとたてに切られたようにつぶれておりました」
 それを聞くと、喜三治はにわかにガタガタ震えだした。
 佐七はその様子をみながら、
「師匠はそういう男に心当たりがありますか」
「め、滅相もない。そして、その男はどういたしました」
「それがさっきもいうとおり、葭のなかへ消えてしまって、それきり姿はみえません」
「おやおや。すると、さしずめ、幽霊というわけですが。いや、さすがはお化け師匠だ。幽霊とおつきあいがあるなどとはおうらやましい」
 と、これは落語家《はなしか》の亀廼家亀次郎、わざとおどけた調子でいったが、だれも笑うものはない。なんとなくしらけたその場の空気に、佐七は頭をかきながら、
「いや、これはよけいなことをいって、みなさんのお話のじゃまをいたしました。それでは、わたしの話はこれだけです」
 と、かたわらのろうそくを吹き消すと、約束どおり、座敷をでて、離れにしつらえた鏡をのぞきにいったが、そのとちゅうで、妙な男からことづかった結びぶみを、宝井喜三治にわたしてやった。
 喜三治の席は、ちょうど離れへいくわたり廊下への出口のそばにある。
 ところが、ことのきの喜三治のようすというのがまことに妙だった。
 わなわなと震える手先で結びぶみをひらいた喜三治は、ひとめそれをひらいて読むと、ふいにさっと顔色がかわったのである。
 まるで目にみえぬものから逃れようとするように、はんぶん腰をあげたが、ふたたび力なくその場にすわると、それきりがっくり肩をおとしてうつむいてしまった。

……「百物語の夜」冒頭より


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