「人形佐七捕物帳17」

横溝正史作

ドットブック版 125KB/テキストファイル 88KB

400円

本巻収録作品
◆松竹梅三人娘
◆鬼の面
◆花見の仮面
◆身代わり千之丞《せんのじょう》
◆戯作《げさく》地獄
立ち読みフロア
 いまでもあちこちでやっているようだが、美人投票という年中行事がある。
 新聞や雑誌の音頭とりで、全国あるいはその地方地方で、ミス日本とかミス東京、あるいはミス大阪とかミス神戸、もっとスケールが大きくなると、ミス・ユニバースなどといって、器量自慢の娘さんのなかから、とくにまたすぐれてうつくしい美人をえらんで、これを何年型のミス何々などと称するのである。
 こうしてえらばれたミス何々のなかには、そのとききりで消えてしまったのもあるが、それを機会に映画入りかなんかして、いまだに美人投票の余沢をこうむっているご婦人もある。
 ところで、諸君のなかにはこういう催しを、ちかごろになってはじまったものであると思っていられるかたがあるかもしれないが、それは大きなまちがいである。
 美人投票は、かならずしも現代の産物ではない。いまから百年まえの江戸時代にも、ちゃんと美人投票のおこなわれた記録がある。しかも、いちどきりではなく、前後九年のながきにわたって、年々歳々ミス江戸がえらばれたのである。
 もっとも、その当時のことだから、ミスなんて舶来語はまだなかった。では、えらばれた美人をなんと呼んだかというと、当世お江戸小町。――
 なるほど、ミスなどという外来語より、このほうがよっぽど風流気があってよろしい。
 さて、では、このお江戸小町はどういうふうにしてえらばれたか、また主催者はどこのなにものかというと、それはこうである。
 そのころ、浅草矢大臣門外にあった錦絵《にしきえ》の版元、蓬莱屋万右衛門《ほうらいやまんえもん》、それがある年の春売り出す錦絵に、なにかかわった趣向はないかと、さんざ頭をひねったすえ、はたと思いついたのがこの美人えらびである。そこで、秋のうちから、お江戸八百八町に散在する絵草紙屋の店さきに、目安箱もどきの投票箱をぶらさげると、そのしたに「憚乍口上《はばかりながらこうじょう》」というようなビラをはりださせた。
 口上というのは、こうである。
 来春、蓬莱屋から売りだす江戸名物錦絵について、ぜひともみなさまのご協力をえたい。
 錦絵も年々歳々、遊女や役者の似顔ばかりでは興味がうすい。このたびはひとつ趣向をかえて、ズブのしろうとから美人をえらんで、その艶姿《あですがた》を一枚絵として売りだしたいとおもうのである。
 ついては、ぜひぜひみなさまご存じの娘さんのなかから、あの娘こそという美人の名をかいて、この箱のなかへいれておいていただきたい。
 また、われとおもわん娘さんが、みずから名乗りをあげるもけっこうである。
 蓬莱屋ではそれらの入れ札のなかより、もっともおおきもの十名さまをえらび、柳橋の『亀清《かめせい》』で審査会をひらくことにする。
 そして、審査の結果、最高にえらばれた美人を、当世お江戸小町として、だいだい的にその艶姿を一枚絵にえがいて、市民諸君におわかちしたいかんがえである。
 というようなことを、当時のことだから候文かなんかでかいて、さいごにずらりとならんでいるのが、イロハ順の審査員先生、いずれも当時名だかい文人墨客のなかに人形佐七親分もはいっている。なにしろ、佐七もいまや江戸の名士だが、なにがさて、めずらしもの好きの江戸っ子のこと、わっとばかりにわき立って、さあ、これがたいへんな人気。
「おい、豆六、おまえはだれに入れる気だ。おれは表通りの近江屋《おうみや》の、おきんちゃんに投票するつもりだが、おめえもそうしろ」
「あかん、あかん、あんなんペケや。わては横町の手習いの先生のお嬢さん、深雪《みゆき》さんがええ」
「ちっ、てめえはあんなのがいいのかい。なんだい、あいつ。リャンコの娘だと思って、いやにお高くとまってやあがる。あんなのどこがいい」
「そら、兄いはそうだっしゃろ。振られた恋の恨みは恐ろしいちいまっさかいにな」
「なにを、この野郎、てめえいまなんといった」
「いいええなあ。あんさんいつか深雪さんの袖《そで》ひいて、ピンシャン跳ねられはったやおまへんか」

 ……「松竹梅三人娘」冒頭より

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