「人形佐七捕物帳19」

横溝正史作

ドットブック版 134KB/テキストファイル 99KB

400円

本巻収録作品
◆日食御殿
◆角兵衛獅子(かくべえじし)
◆呪(のろ)いの畳針
◆花見の仇討(あだう)ち
◆艶説(えんせつ)遠眼鏡
◆水芸三姉妹
立ち読みフロア

 元朝や神代のことも思わるる
 いや、まことにけっこうなもので、元日の朝ばかりは貴人も貧者もない。かみは錦(にしき)のしとねに寝る公方様(くぼうさま)から、しもは野に伏す非人こじきにいたるまで、この朝ばかりは気すずやかに、心あたらしく、日ごろは仲のわるい友だちでも、妙に懐かしくなろうというもの。
 ここに神田お玉が池の人形佐七というのは、江戸一番とうたわれる御用聞き。
 親の代から十手捕(と)り縄(なわ)をあずかる身分だが、家には恋女房のお粂(くめ)のほかに、きんちゃくの辰五郎(たつごろう)という、いささかそそっかしい江戸っ子と、その反対に、これはまたしごくのんびりとした大阪ものの、うらなりの豆六というふたりの子分があって、ときには夫婦げんかもやらかすが、まずはめでたい一家眷族(けんぞく)だ。
「ええ、親分もあねさんもおめでとうございます。昨年じゅうはいろいろお世話になりましたが、こんねんも相変わらずよろしくお願い申し上げます」
「はいはい、わてのような他国もんが、うらなりの兄いやの、豆六にいさんなどと、世間からもてはやされますのんも、これひとえに親分やあねさんのおかげだす。どうぞこんねんもよろしゅう、お引き回しのほどをお頼みしまっさ」
 と、日ごろはいたってがさつなふたりも、けさばかりはきちんとひざっ小僧をそろえて、いうこともなかなか神妙だからかわいい。もっとも、これだけの口上をのべるのに、ふたりともゆうべはろくすっぽ眠りもせずに考えたという。
 佐七もさすがにこころうれしく、ふたりのあいさつをにっこりとうけて、
「いや、辰も豆六もめでたいな。おいらのようなものでも、世間からお玉が池の親分と立てられるのは、みんなおまえたちの働きがあってのことだ。ことしもうんと働いて手柄にしようぜ。お粂、おまえからもなんとかいってやんねえな」
「はいはい。辰つぁんも豆さんもおめでとう。あたしのようながさつもんだが、どうぞ末長く見捨てないでおくれ」
 と、お粂もうれしそうにあいさつをのべれば、
「よしよし、これで御慶はすんだ。それじゃひとつ神仏にお参りしよう」
 と、日ごろ信じる成田様と、ご仏壇の位牌(いはい)をおがむと、いよいよあとはお屠蘇(とそ)に雑煮。なにはなくとも、かちぐり、黒豆、するめ、こんぶに数の子。お正月のごちそうにあまりうまいものはないが、これでもお粂が心をこめてつくったものである。
 ここであっさり親分子分の年始がおわると、
「それじゃお粂、出掛けるから羽織を出してくれ。辰や豆六にも新しいのを出してやんな」
「あいよ」
 と、お粂が箪笥(たんす)から出したのは、ものは粗末でもひと手をかりずに、お粂がせっせと縫いあげた着物である。
「辰つぁんも豆さんも、粗末なものだが、これを着ておくれ」
「おや、あねさん、ありがとうございます。あっしらの着物まで縫っていただいて、こんなありがたいことはございません」
「ほんまにもったいない話や。こないに子分をかわいがるあねさんが、どこの世界におますやろ。ありがとうて涙がこぼれますわ」
「ほっほっほ、豆さんはあいかわらずお世辞がいいね。でも、そういわれるとあたしもうれしいよ」
「それじゃお粂、いってくるぜ」
 と、三人とも紺の香も新しい股引(ももひ)きに、つっかけ草履で、まずイの一番にやってきたのは、日ごろひいきになる八丁堀(はっちょうぼり)の与力、神崎甚五郎(かんざきじんごろう)のお役宅だ。
 役付きの旗本の年始登城は三日ときまっているから、甚五郎もきょうはのんびりとしている。
「やあ、佐七か。よくきてくれたな。そちがくるのを楽しみにさっきから待っていた」
「だんな、明けましておめでとうございます」
「ああ、めでたいな。おお、辰も豆六もいっしょか。ふたりともきょうは豪勢にいいなりをしているじゃないか。なに、あねさんに縫ってもらったのだと。ああ、佐七、そのほうはよい女房を持って仕合わせだな」
「恐れ入ります」
「はっはっは、まあ、こっちへ寄っていっぱい飲め。辰も豆六も、そう四角張らんでもいいぞ。いや、仕合わせといえば、わしもおまえたちのような手先を持って、こんな仕合わせなことはない。おかげで奉行所でもうんと鼻をたかくしていられる」
 と、甚五郎もすっかり上きげんだ。
 そこは気のあった与力に岡(おか)っ引(ぴ)き、すっかり快く酔いがまわって、やっと、おいとまをしたのが昼下がり、佐七がさんざん辞退するのもきかずに、甚五郎は駕籠(かご)を三丁あつらえてくれた。
「親分、これからどちらへ回りますんで」
「うん、音羽の親分のところへ伺おう」
 音羽の親分というのは、このしろ吉兵衛といって、佐七の亡父伝次とは、杯の飲みわけをした兄弟分、伝次の死後は親代わりとなって、なにかと佐七の後見をしているのである。
 八丁堀から音羽まではかなりの距離がある。
 甚五郎の好意の駕籠に乗った三人が、それからまもなくやってきたのは九段の坂下、爼橋(まないたばし)の付近である。
 なにしろ、酒がはいっているところへ、いいぐあいに駕籠に揺られたものだから、佐七はすっかりよい気持ちになった。われにもなく、駕籠のなかでうつらうつらとしていると、そのとき妙なことが起こったのである。
 その日は朝から上天気で筑波颪(つくばおろし)はいささか膚につめたかったが、空には一点の雲もとどめず、まったくおあつらえむきの元旦(がんたん)日和だったのが、三人が駕籠にのったころから、妙に世界が暗くなってきたのである。
 時刻はいまだ午(うま)の下刻。日が暮れるにはずいぶんまがあるはずだのに、幽然としてあたりがかげってきたから、さあ、たいへん。
「ああ、あれ見や。おてんと様が欠けてきたぜ」
「ああ、日食だ、日食だ。おてんと様が欠けるぞ。いまに世界がまっ暗になるぞ」
 道いく回礼者が、くちぐちにさけびながら、足をとめて空を仰いでいる。
 江戸時代でも日食の知識はあったから、それほどあわてはしなかったが、なにしろこれが元旦のことだから、なんとなく異様に不吉な感じがしたにちがいない。
「日食だ、日食だ。それ、みんなはやく家へかえってお禊(はら)いしろ」
 と、右往左往に駈けちがうひとびと。しかし、佐七はねっからそんなこともご存じない。いいぐあいそうに、駕籠のなかでいびきを立てていたが、そのうちにあたりはいよいよ暗くなり、空にはひとつふたつ星影がみえはじめた。どこかで鶏が鳴き出したのは、ときならぬ暗黒に、おおかた時刻をまちがえたのだろう。
 やがて太陽は、すっかり欠けて、下界は暗夜のやみにつつまれた。
 これには駕籠かきもはたと当惑して、ぴたりと三丁の駕籠をとめたのが、さっきもいったとおり、九段坂下の爼橋付近である。
「親分、親分、どうしましょう。あいにくちょうちんも持っておらず、この暗がりじゃ動きがとれません。おや、三人ともよく眠ってござるようだ」
 三組みの駕籠かきが駕籠をおろして、当惑した目で空をあおいでいるときだった。暗やみのなかからバラバラと飛び出してきたのは数個の人影、これが無言のまま、ずらりと三丁の駕籠を取りまいたのである。

 ……「日食御殿」冒頭より

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