「人形佐七捕物帳22」

横溝正史作

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400円

本巻収録作品
◆坊主斬り貞宗
◆風流六歌仙
◆緋鹿(ひか)の子(こ)娘
◆本所七不思議
立ち読みフロア
「親分、まあ、まあ、待ってくださいよ。おまえさんは、江戸にきれいなあねさんを残しておいでなさるから、お心いそぎはごもっともだが、こちとらは、なんの楽しみもないひとりもの、旅へ出たときぐらいは、ゆっくりさせてくださいな。なあ、豆六」
「さよさよ。親分みたいに、むやみに急がはったら、なんのための旅やわからへん。わてもう足が豆だらけで、歩かれしまへんがな」
「はっはっは、弱いこというな。これしきのことで、豆を踏みだすようじゃ、まさかのときにゃ役に立たねえ」
「さよか。それにしても、親分、あんたはんは、捕り物ばっかりやと思たら、脚のほうもお達者だんなあ」
「そうよ、口も八丁、手も八丁、そのうえ、脚も八丁とはおいらのことだ」
 と、へらず口をたたきながら、甲州路を江戸へさして旅をつづけている三人づれ、これぞみなさまご存じの、神田お玉が池は人形佐七に辰と豆六。それにしても、この三人が、なんだっていまごろ、甲州路を歩いているかというと……。
 江戸っ子のつねとして、佐七もお題目の信者のひとりで、かねてから、身延山(みのぶさん)へおまいりしたいとねがっていたが、このたびようやく、御用に暇ができたので、日ごろの宿願をはたして、いま、その帰りがけというわけだ。
 ころは旧暦三月の下旬だが、春のおそい甲州路では、花のつぼみはまだかたかった。
 帰路はべつにいそがないから、身延山から甲府へ出て、そこでひと晩泊まりの見物。それから板垣(いたがき)村(むら)の善光寺、酒折宮(さかおりのみや)など参詣(さんけい)して、その日は、四里歩いたきりで勝沼泊まり。
 そしてきょうは、鶴瀬(つるせ)、駒飼(こまがい)などをへて、いま、笹子(ささご)峠(とうげ)へさしかかったところだが、なにせ、だいぶ泊まりもかさねたから、佐七もようやく里心がついてきた。家にはお粂がひとりで待っているかと思うと、われにもなく脚がはやくなるのを、辰にまんまと図星をさされて、佐七もいささかおもはゆい。
「なにさ、おれがさっきからいそいでいるのは、ちと、思う子細があってのことよ」
「はて、その思う子細とおっしゃるのは?」
「笹子をこえれば猿橋(さるばし)よ。こんやはどうで猿橋泊まりだが、その猿橋にお目当てがある」
「あれ、猿橋にお目当てちゅうと、ああ、わかった、親分、あゆやな」
「はっはっは、豆六はさすが大阪ものだけあって、食い意地にかけちゃさとりがはやい。そうよ、あゆだ。桂川(かつらがわ)のあゆときたらまたかくべつ、そいつを思えば、つい、脚も速くなろうというものじゃないか」
「あっ、なアるほど、とれたてのあゆでキューッと一杯、こいつはたまらねえな。そうとわかれば、豆六、てめえの豆なんかにゃかまっちゃいられねえ。いそげやいそげだ」
 と、根がひとのよい辰と豆六、まんまと佐七にごまかされて、われからさきにスタスタと、峠をさしてのぼっていく。
 この笹子峠はのぼり十三町、くだり八町。いまなら、汽車でいっしゅんのまだが、むかしは甲州路きっての大難所、佐七は思うつぼにはまったので、にやにや笑いながら、ふたりのあとから歩いていたが、そのときだ。
 うしろから、さっと三人を追いぬいて、峠のほうへのぼっていったひとりの旅僧、いや、その脚の速いこと、速いこと。まるで風のようなとたとえようか。追いぬかれたとき、ちらりと見たところでは、あかじんだねずみ木綿のあわせに、ボロボロの腰衣をつけ、胸にはこれまたボロボロの頭陀袋(ずだぶくろ)をさげ、おまけに、ひげも月代(さかやき)ものびほうだい、まるで、清水(しみず)清玄(せいげん)か法界坊というかっこう。
「親分、ありゃなんでしょう。ずいぶん、脚のはやい坊主じゃありませんか」
「ふむ、おそろしく脚のはやいやつだな。ああいうやつにかぎって、ろくな人間はねえ。きっと、いわくのある坊主にちがいねえぜ」
 三人がささやきながら、あと見送っているうちに、坊主のすがたは、みるみるうちに遠ざかり、ふうっとすがたは峠にきえた。
 それからまもなく、三人も峠へついたが、坊主のすがたはどこにもみえない。
「はてな、いまのまに、どこかへ消えてしまやアがった」
 峠をこえるとくだり八町、ぞくに七曲がりとしょうする険所である。三人はあたりに気をくばりながら、八合目あたりまでくだってきたが、みると、道端に旅ごしらえの武士がひとり、抜き身をひっさげ、ぼうぜんとして突っ立っている。
 佐七はおもわず足をとめて、
「あ、もし、お武家さま、どうかなさいましたか」
 声をかけると、武士ははじめて、夢からさめたように、抜き身に目をやり、
「あやしい坊主め」
「え? 坊主がどうかいたしましたか」
「ふむ、町人、聞いてくれ、かようだ。拙者がここで一服していると、峠のほうから、坊主がひとりやってきた。いや、その脚のはやいことといったら、まるで風のようだから、拙者もおもわず見とれておった」
「へえへえ、それからどうしました」
「すると、坊主め、拙者のまえまでくると、いきなり、この刀の柄(つか)に手をかけおった」
「へえ、刀へでございますか」
「さようじゃ。拙者もおどろいたが、とっさに身をひらいて、無礼者とばかりに抜き討ちに、ばっさり切りつけたが、とたんに坊主め、すがたを消した」
「へえ、すがたが消えたのですって?」
「さようじゃ。まったく、煙のように消えてしまった。たしかに仕止めたつもりだのに、これ見よ、この太刀先に血のくもりもない」
 なるほど、明光々たる太刀先には、一点のくもりもなかった。
「お武家さま、もしやこの崖下へとびこんだのでは……」
「バカを申せ。そこへとびこめば命はない」
 なるほど、千尋の崖下からは、はや夕もやがわきのぼって、そんなところへとびこめば、肉も骨もこっぱみじんと、砕けてしまうにきまっている。
 武士は刀を鞘におさめると、
「まあ、よいわ。おおかた狐狸(こり)妖怪(ようかい)のたぐいであろう。はっはっは。して、町人、そのほうはいずくへまいる」
「へえ、あっしらは、江戸へかえる途中でございます」
「ふむ、江戸のものだな。ちょうどさいわい、同道いたそう」
「へえ、お供いたしましょう」

 それから、猿橋までのくだりの道で話がほぐれて、名乗りあったところによると、くだんの武士は麹町(こうじまち)、土手六番町にすむ、永瀬隼人(はやと)という三百石取りのお旗本で、甲府からのかえりとしれた。としは三十前後だろう。色白の好男子で、いささか癇癖(かんぺき)のつよそうなのが玉に傷だが、しごく実直な人柄らしかった。甲府勤番を二年つとめたという。
 先方でも佐七の名前をしっていて、
「おお、それでは、いま評判の人形佐七とはそのほうか。その佐七ならたずねるが、いまの坊主をなんと思うな」
「さようで。あっしの考えはだんなとちがいます。あれはやっぱり、ごまのはえかとおもわれます」
「ふむ、拙者もはじめはそう思ったが、ごまのはえならば、懐中物をこそねらえ、武士の魂たる刀の柄(つか)に手をかけるというのは、どういうものであろうな。それにまた、とつじょ姿を消したというのはどういうわけだ。ふつうの人間には、とてもできぬ芸当とおもうがの」
「さようでございます。よほど、早業にたけたやつと思われますが、すがたを消したのは、やはりあの谷底へとびこんだのでございましょう」
「ふむ、しかし、あの谷底へとびこめば命はないぞ」
「さようで。いまごろはきっと、こっぱみじんとなっているでございましょう」
 話のうちに猿橋へついて、その夜は角屋という宿屋へ泊まったが、さて翌日、いっしょに宿をたって、やってきたのは鶴川(つるかわ)である。
 それまで黙りこくっていた永瀬隼人は、鶴川をこえるとまもなく、妙なことをいい出した。
「佐七、きのうのことは、やっぱりそのほうの負けだぞ」
「へえ、きのうのことと申しますと?」
「ほら、あの坊主のことよ。佐七、そのほうはきのう、あの坊主は谷底へとびこんで、こっぱみじんとなったに相違ないと申したな」
「へえ、たしかにそう申しました」
「ところが、坊主め、昨夜拙者のところへまいったぞ」
「え? あの坊主がまいりましたとは?」
 佐七をはじめ辰も豆六も、おもわずあいての顔を見なおした。
 隼人はあおじろい顔をして、
「さよう、あれはたしか、丑満刻(うしみつどき)であったな。なんとなくうすら寒さをおぼえてふと目をさますと、まくらもとに、ぼんやり黒い影がうずくまっている。よく見ると、たしかにきのうの坊主だ。しかも、そいつが刀掛けにおいた刀の柄(つか)に、手をかけているのじゃ」
「へえへえ、それでどうなさいました」
「おのれ、くせ者とばかりはね起きると、坊主め、霧のように消えてしまった。廊下へ出てみたがすがたはみえぬ。宿をさわがすのも気の毒と、そのまま寝てしまったが、念のため、けさ宿のものにたずねると、それらしい宿泊人はないと申す。どうだ、佐七、これをどう考える」
「へえ」
「これがごまのはえならば、きのうも申したとおり、懐中物をねらうはず、それがいちどならず二度までも、刀に手をかけるというのはどういうわけだ」
「だんな、それなら、なぜ宿を立つまえに、おっしゃってくださいません。そうすれば、詮議(せんぎ)のしようもあったものを」
「いや、それだから黙っていた。そのほうに申したがさいご、ただではすむまい。それでは、宿の者をはじめ諸人が迷惑いたす。なに、うせ物があったというわけではなし、拙者ひとりが不快をしのべばすむことじゃて」
 いかにも隼人の人柄にふさわしい、思いやりのふかさだが、それでは佐七の胸がはれない。
 どう考えても佐七には、あの坊主が狐狸(こり)妖怪(ようかい)とはおもえない。なるほど、おそろしく脚のはやい男だが、世にそういう人間もないことはない。また、あの七曲がりの険所ですがたを消したのは、谷底へとびこんだと思わせて、岩角にでもつかまっていたのだろう。
 ただ、ここにふしぎなのは、そいつがなぜ、ほかのものには目もくれず、刀ばかりをねらうのだろう。
「だんな、つかぬことをお尋ねいたしますが、おまえさまのお差し料は、どういう代物でございます」
「これか、これは貞宗(さだむね)だ」
「貞宗といえばたいしたものでございますが、ご先祖からの伝来で?」
「いや、これはちかごろ求めた。甲府に滞在中、さるところで手にいれたものだが、佐七、この刀に不審があると申すのか」
「いえ、そういうわけではございませんが、あの坊主めがお差し料ばかりねらうというのは、なにかいわくがあるのではないかと……」
「ふうむ」
 と、うめいた永瀬隼人は、それきりものをいわなくなった。
 こういえば、刀の出所をいうだろうと思ったが、なぜかそれを口にしたくないようすだ。はやくもそれと察した佐七は、それきり話をほかにまぎらせた。
 いったい、甲府勤番というのは、あまり名誉な勤めではない。江戸の勤めにしくじりがあったか、あまりはかばかしくない連中が回されるとしたもので、一種の譴責(けんせき)処分である。だから、佐七は妻子のこともきかぬようにひかえているのだ。
 こうして、あとは話のつぎほもなく、やがて上野宿もすぎ、やってきたのは堺川(さかいがわ)の関所。
 この関所はぞくに諏訪(すわ)の関所といって、男はのぼりくだりともに、手形なしで通行できるが、女は甲州より江戸へはいるものだけ手形がいる、
 一行四人がぶらぶらと、このお関所のてまえまできたとき、道端にしょんぼり腰をおろしていた旅ごしらえの娘が、ふいに、ふらふらと一同のそばへ寄ってきた。
「あの、もし、お願いでございます」
 と、そういう顔をみると、あねさんかぶりにした顔が、妙にうわずっていて、鬢(びん)のおくれ毛が二筋三筋。としは十七、八だろう、この街道にはめずらしく、色白の、よい器量だった。
「はて、ねえさん、なにか用事かえ」
 きんちゃくの辰がたずねると、
「はい、あの、まことに申しかねますが、あたしをいっしょにお連れくださるわけにはまいりますまいか」
「なんや、わてらといっしょにいきたい? そら、もう、あんたみたいなべっぴんの連れができるのは、願うたりかのうたりやが、ねえさん、あんた、お関所の手形をもってなはるか」
「はい、あの、それをなくしてしまったので……」
「なんだ、手形がねえ? そいつはいけねえ。ねえさん、おまえもしってるだろうが、この堺川のお関所は、江戸へはいる女だけ手形がいるんだ。お気の毒だが、手形のねえ娘をつれていくわけにゃいかねえよ」
 辰に突っぱなすようにいわれて、
「それでは、これほどお願いいたしましても……」
 と、娘はいまにも泣きだしそうな顔色だったが、さきほどよりこの場のようすをみていた隼人(はやと)は、なんと思ったのか、うしろから、
「お女中、手形をなくされたか」
「はい、あとの宿へ忘れまして、取りにかえろうにも急ぎの旅、どうぞお助けくださいまし」
「ふむ、それは気の毒千万。じつは、拙者にもちょうどお女中とおなじとしごろの娘のつれがあるはずで、手形も用意していたが、娘の病気でむだになった」
「え、それでは、それをお貸しくださいますか」
「ひかえろ。見もしらぬ娘に、手形をかそうなどとはもってのほか。しかし、身どもがここへ手形をおとすのを、拾ってつかおうと、つかうまいとそのほうの勝手。なんと、佐七、さようではあるまいか」
「いや、これは、だんなのおっしゃるのがごもっとも。あ、もし、だんな、手形が落ちました」
「なにをバカな。ありゃ紙くずじゃわい。さあ、みなのもの、急いでまいろう」
 と、スタスタといきすぎたあとで、落ちた手形を拾いあげ、娘はおもわず一同のうしろ姿をふしおがんだ。

 ……「坊主斬り貞宗」冒頭より

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