「里見八犬伝」(巻三)

滝沢馬琴作/山田野理夫訳

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犬士の所在はすこしずつ明らかになっていく。偶然の出来事から荘助とすりかわった玉を持つことになった犬山道節《どうせつ》もその一人だった。主君と父の仇、扇ケ谷定正《おうぎがやつさだまさ》の命をねらう道節に加勢する四犬士だが…苦境をのがれて再びちりぢりに落ちていく。馬加大記《まくわりだいき》の陰謀への加担をことわって命をおとすところだった小文吾を救う、田楽一座の花形の美少女、旦開野《あさけの》も、じつは身を隠した犬士だった。いつの間にか長い年月が流れる。彼らは首尾よく出会い、あるいはすれちがい、なかなか全員が顔をそろえることができない。
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 荘助・小文吾の二犬士は、功がありながら賞をうけることなく、稲戸津衛(いなのとつもり)にはかられて、からめとられた。
 「きたないぞ、執事(しつじ)由充(よしみつ)。われらに罪があるなら、まず詮議(せんぎ)すべきではないか。おおぜいで、手ごめにするとは、卑怯ではないか。そのわけをきこう」と二犬士はさけぶ。うらみの眼光がするどい。
 と、津衛由充はかたちをあらため、うやうやしく二犬士にむかい、
 「事情をまだもうしあげていないので、お怒りはごもっともです。これは、わたしの本意ではありません。主君景春(かげはる)のおん母君、箙(えびら)どののおさしずです」と、そのわけをかたる。
 長尾景春には、母をおなじくする二人の妹がいる。第一の妹は、武蔵国豊島郡大塚の大石左衛門尉憲儀(おおいしさえもんのじょうのりかた)(兵衛尉憲重の子)の妻となり、大塚どのとよばれるようになった。長尾・白石・大石・小幡(こはた)は管領憲実(のりざね)以来の四家老で、権勢があった。つぎの妹のほうは、おなじ豊島郡石浜の城主千葉自胤(よりたね)の内室で、橋場(はしば)どのとよばれた。山内・扇谷両管領が不和になってから、大石・千葉両家も長尾家のみかたとなった。
 五年まえ、荘助らが大塚で刑場をさわがせ、大石の家臣、軍手五倍二(ぬるでごばいじ)・簸上社平(ひかみしゃへい)・卒川菴八(いさかわいおはち)などをうった。また、陣代丁田町進(じんだいよぼろだまちのしん)もうたれた。これを箙の大刀自(おおとじ)は承知している。またその翌年、石浜の城内で旦開野(あさけの)という《にせ》少女(じつは犬坂毛野)に、千葉の家臣馬加大記(まくわりだいき)、その子鞍弥吾(くらやご)、そのほかがうたれたとき、犬田小文吾がそれをたすけて、ともに逐電(ちくでん)したことも、箙(えびら)はききおよんでいるという。
 で、箙は、このたび山賊をとらえた二犬士が小文吾・荘助とわかり、とらえることを命じた。
 そのとき、稲戸津衛は箙をいさめ、大塚の一件は無実の荘助を犬塚らがすくったのであり、旦開野は父、粟飯原胤度(あいはらたねのり)らの仇馬加一家をうったのだ、といったが、ききわけてもらえなかった、とも稲戸津衛がなげいた。
 「主君景春は、おん母君に大孝行ですので、いまさら、みなさんがたをたすけよ、とも申しませんでしょう。それで、みなさんがたをすくう手だてはありません。これまでの命運とあきらめてください」と由充はむすんだ。理のとおった老臣のことばに、二犬士はうらみもとけ、嘆息するだけだ。
 荘助は小文吾に、
 「執事の忠義、理義明瞭(りぎめいりょう)、かんじるになおあまりあります。武士は、おのれを知るもののためにこそ死ぬべきです。こうなれば、あとは死をまつだけです」という。小文吾も、
 「いまさらうらむべきことはない。はやく首をはねたまえ」と由充にいった。由充は、
 「しばらくその身を獄(ごく)にとどめる。かさねての沙汰(さた)がありましょう」といい、家来にきびしくまもるよう命じた。

……《第五巻 忠・快刀乱麻の巻 二犬士とらわる…小文吾(こぶんご)・荘助の首実検》より


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