「里見八犬伝」(巻四)

滝沢馬琴作/山田野理夫訳

エキスパンドブック 1093KB /ドットブック版 229B/テキストファイル 188KB

700円

苦難につぐ苦難…だがついに八犬士は一同に集結する。犬江親兵衛仁《いぬえしんべえひとし》、犬塚信乃戌孝《いぬづかしのもりたか》、犬川荘助義任《いぬかわそうすけよしとう》、犬村大角礼儀《いぬむらだいかくまさのり》、犬坂毛野胤智《いぬさかけのたねとも》、犬山道節忠与《いぬやまどうせつただとも》、犬飼現八信道《いぬかいげんぱちのぶみち》、犬田小文吾悌順《いぬたこぶんごやすより》の八人は八つの霊玉をたずさえて会し、里見家の父祖の地で盛大な法要をおこなう。南総安房《なんそうあわ》はようやく平定されようとしていた…
立ち読みフロア
 波の上にうかびでた代四郎は、ぬすまれた金箱(かなばこ)と、親兵衛(しんべえ)の大小の刀をもっている。親兵衛は、代四郎に感謝して、
 「それにしても、毒にあてられた従者(ともびと)と水夫(かこ)らはどうしているか。船にまいろう」という。
 代四郎は小舟をこいで親船につけ、金箱、頭領(かしら)の首などをうつした。従者、水夫らはたおれたままだ。親兵衛のうちたおした盗人(ぬすっと)どもが、くるしんでいる。
 親兵衛はまもり袋を額(ひたい)におしあてて念じ、たおれているみかたの胸をなでてまわった。
 従者らは吐(は)きつくしてすがすがしくなり、われにかえった。盗人らも息をふきかえし、頭領の首を見ておどろいた。この盗人どもをしばりあげ、船柱(ふなばしら)につないだ。それから問いただすと、今純友査勘太(いますみともさかんた)は、小盗人五、六十人をしたがえて、ひそかに陸にあがり、蜑崎(あまざき)十一郎照文(じゅういちろうてるふみ)をおびきだした、という。
 親兵衛はおどろき、
 「賊が、蜑崎おじらのゆくてにいるのに、そのことを蜑崎おじは知らない。どうする?」というと、代四郎はこれにこたえて、親兵衛とわかれてからのことをかたった。
 奥郡(おくこおり)の家臣と称したのは、海賊の頭領、今純友査勘太の手下で、鋸鮫五鬼五郎(のこぎりざめごきごろう)という小頭領だ。したがうもの四、五人も、小盗人だ。照文も代四郎も、すこしも知らずに三十町ばかりきた。そこは木だちの深い山だ。水夫の一人が、これは道がちがう、といいだした。五鬼五郎はあざわらって、近道はこっちだ、という。
 さらにいくと、五、六十人のものがあらわれ、それをさしずする今純友査勘太が、照文らに、路用のものといのちをおいていけ、とさけび、手下のものがどっとかかった。照文らは、刀をぬいて手下どもをきりはらい、たちまち乱戦となった。
 そこへ、二、三百人の武者がおしよせてきた。この総大将は卯(う)の花縅(はなおどし)の鎧(よろい)ひたたれに、竜頭(たつがしら)の兜(かぶと)の緒(お)をしめ、鷲羽(わしのは)の矢を二十四本さしてせおい、重藤(しげどう)の弓を左手に脇ばさみ、黄金(こがね)づくりの太刀に虎皮(とらがわ)の尻鞘(しりざや)をかけ、聖柄(ひじりづか)の匕首(あいくち)をそえて、雲珠鞍(うずくら)をおいた桃花馬(つきげのうま)にのっている。ほかならぬ城主隣尾伊近(となおのこれちか)その人だ。
 照文らも、伊近とともに海賊とたたかい、そのおおくをたおし、査勘太・五鬼五郎をとらえた。伊近は、五、六日まえから今純友らがこの蕃山(はやま)にしのびいったときき、城を出て山をとりかこんでいた、という。

……《第七巻 孝 野戦攻城の巻 潮路はるか……苛子(いらこ)の将、隣尾伊近》より

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